私の出産 女優・紺野まひるさん 出産は大変……でもその先にある“楽しいこと”を知ってほしい

私の出産 
女優・紺野まひるさん 
出産は大変……でもその先にある“楽しいこと”を知ってほしい

妊娠・出産インフォ

各界で活躍する著名人が経験した出産にまつわるエピソードをお聞きする「私の出産」。第一回目にご登場いただくのは、元タカラジェンヌで、現在もテレビドラマや映画、舞台など幅広く活躍されている女優の紺野まひるさんです。
紺野さんは2012年に第一子を、昨年には第二子を出産。現在は、産休から仕事に復帰し、女優としてのお仕事をこなしながら二人の女の子を育てるママとして奔走中。そんな紺野さんが、自身の出産体験を語ります。

 

ひどいつわりも「赤ちゃんが元気な証拠」と言い聞かせた

――第一子を出産されたのは35歳とのことですが、女優としての仕事もあるなか、紺野さんが出産を決意されたきっかけは何だったのでしょうか。

紺野さん(以下紺野):妊娠、出産で産休をすることへの不安――仕事の上での自分のポジションが危うくなるんじゃないかという不安――は、私のような職業でなくても、多くの働く女性が抱くことだとは思います。ただ、幸運にも私たちの仕事は定年というものがありませんから、やろうと思えば死ぬまで仕事ができます。けれども、出産に関してはどうしても“限り”がありますよね。そう思うとやっぱりできる限り早い方がいいかなと。なので、決意とかそういうものではなく、ごく自然に子どもを産みたいなと思ったんです。幸い所属事務所も、とても理解があったので、そこは環境に恵まれたと思っています。

――働く女性にとっては、職場の方々の理解というのはとても重要なことですよね。

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紺野:ええ。とはいえ、妊娠したい、子どもがほしいと思ってもすぐできるわけでもないですし、そのタイミングを計るのは難しいです。私も希望より少し遅れてしまいましたので。また、実際に出産・子育てを経験すると、妊娠して産むことよりも育てることの方が体力や精神力がすごく必要だということを知りました。一般論で言っても、早く産むことは悪いことではないとは思いますし、私自身、もう少し早くに産んでいたらなと思うことはあります。ただ35歳と38歳で出産して、今の子たちに巡り合えたので、やっぱりこのタイミングがベストだったんですよね。

――妊娠されてから、いつごろまでお仕事は続けていらっしゃいましたか?

紺野:ギリギリまで仕事はしたかったですし、妊娠を理由に周囲に迷惑だけはかけたくありませんでしたから、2人目の妊娠時は9カ月ぐらいまで仕事をしていたんです。お腹が目立っていたので、ベッドで寝ている役だったりしたのですが(笑)。

――9か月というと妊娠後期ですもんね。かなり元気な妊婦さんだったんでしょうか?

紺野:健康ではあったんですが、つわりが本当にひどかったんですよ。仕事がない日はずっと暗い部屋の中で寝ていたくらいです。ちなみに、つわりが収まったのは出産後のことです。

――それは辛かったでしょうね……。

紺野:産んで1分ぐらい経って収まるまで、妊娠初期からずっと吐き気と嘔吐と闘っていました。つわりで仕事を降板してしまったこともあり、その時は申し訳ない気持ちでいっぱいでした。同時に赤ちゃんに元気に育ってもらうために、元気でいなくちゃいけないと自分自身に言い聞かせたのを今でも覚えています。

――いつ頃からお腹の中に赤ちゃんがいると実感されましたか?

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紺野:胎動を感じたら「あっ、いる!」って思うって言いますけど、私は常に気持ちが悪かったので、そういう穏やかな気付きはありませんでした(苦笑)。そうそう、二人目の時は更につわりがひどかったので、計画出産だったこともあり、出産が近づいたときに先生に相談したら「では、少し早めに産みましょう」と言ってくれたんです。ただ、夫は“調査魔”なのでものすごく調べた上で「辛いだろうけど……やっぱりもうちょっとがんばってくれ」と却下(苦笑)。まぁ、たしかに赤ちゃんは一日でもお腹の中にいた方がいいわけですし、私も受け入れました。お腹に向かって「まだ出てこなくていいよ。もうちょっといていいからね」と吐き気を我慢しながら語りかけていましたね。なんか、つわりの話ばっかりですいません(苦笑)。

 

どんな出産方法であっても、産む母親が幸せならそれが一番

一人目も二人目も、妊娠中はつわりに大変苦労したという紺野さん。続いて、出産当日のお話、また出産についてのスタンスについてもお伺いしました。

――出産当日の様子についても、覚えていらっしゃることをお聞かせいただけますか。

紺野:私の場合、ふたりとも帝王切開なんですよ。妊娠前に子宮筋腫を患っていて、それを取り除く手術をしていたので妊娠初期の段階から帝王切開になることは決まっていたんです。ですから出産方法としては少し特殊かもしれないのですが、私はいとこが帝王切開で4人産んでいたので、さほど心配はありませんでした。

――親しい方で経験者がいると違いますよね。

紺野:ええ。出産直前、麻酔をして体の感覚がなくなる中、意識はすごくしっかりしていたんです。心配はしていなかったとはいえ、さすがに病室にガラガラと運ばれるときは不安になりましたが、いざ出産する段階となると、先生がいろいろ話かけてくれてすごく安心できました。「はい、今切りましたよ」とか「あ、頭が見えました」とか実況してくれて(笑)。そして最後に、「ほら! 生まれました」と赤ちゃんを見せてくれた時の感動は今でも忘れられません。痛みはなくても、あの感動は本当に、何物にも代えがたいものです。

――出産方法に関して、お友達とお話されることはありましたか?

紺野:宝塚時代の同期とは、そうした話もざっくばらんにします。以前、仲の良い同期の子から「りかこ(※紺野さんの本名)、私は無痛分娩で生もうと思うんだけど、どう思う?」って相談されたこともあります。彼女は姉が助産師で、無痛で産むことには反対されていましたが、「まったく問題ないと思うよ」と言ったら、彼女は迷わず無痛で産むことを選びました。

――相談というより、背中を押して欲しかったのかもしれませんね。

紺野:そうですね。いまだに、よく「子どもはお腹を痛めて産むべきだ」という声はあるし、帝王切開で産むことに“罪悪感”を覚える方もいます。実際、帝王切開で産んだ私の友だちは、生んだ直後は悔いていました。でも、私は「後悔することはないよ」って言ってあげたんです。だって、子どもを産むのも、育てるのも、結局はお母さんなんです。どんな生まれ方だっていいじゃないですか。自分が一番幸せで、楽しくて、「あぁ、産んでよかったな」と思える出産が一番ですよ。

――おっしゃる通りだと思います。紺野さんの出産後は、どのようなものでしたか?

紺野:一人目は、帝王切開ということもありますが、結局8日間くらい入院をしていました。実家の関西ではなく、東京で生んで東京で育てました。一人目の時は一日だけ母がいてくれて、夫は一週間ほど一緒にいてくれましたね。その後は、まぁある程度一人でできるかな、くらいの気持ちでした。

――すごい余裕ですね(笑)。

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紺野:一人目だから、その子だけに集中できるじゃないですか。また、一人目の子はすごく大人しくて育てやすかったんですよ。赤ん坊の時は寝ているか、泣いているか。泣いてもおっぱいをあげれば泣き止んでくれましたし。あと、産後は自分の体調がすごくよくなりましたね。骨盤の位置がよくなったのか、血流がよくなったのか、15年くらいずっと悩まされていた腰痛がケロリとよくなって、それと痛み止めが手放せなかった生理痛もなくなりました。それに、お肌の調子がすごくいい! それは二人目を生んだ今も言えることなんですが、脂肪と水分のバランスが保たれていて、たぶん今が一番人生できれいなんじゃないかなと思うくらい(笑)。

――出産を通じて美しくなるなんて素敵なことです。ちなみに産後は順調でしたか?

紺野:いえいえ、おっぱいトラブルが…。とにかく出すぎる。詰まって乳腺炎になって専門医にも診てもらいました。だから仕事復帰するのも、そういう意味でもなにかと苦労しましたね。で、実際に復帰すると、今度は娘が哺乳瓶拒否、粉ミルク拒否(苦笑)。おいおい、頼むよと。おっぱい以外受け付けてくれなくて、預かってくれている人も大変だったみたいです。私が迎えに行くまで飲まず食わずで待ってるんですよ。お腹がすいたら白湯か冷凍母乳をスプーンで飲ませるくらいしかできなかったそうで…。

――お嬢さんも意思が強いですね。お二人ともですか?

紺野:ええ、下の子も同じで4か月ちょっとで哺乳瓶拒否ですよ。上の子の教訓があったんで、小さいころから哺乳瓶を与えるようにしていたにも関わらず。ただ下の子は、飲まず食わずでも泣かずに楽しそうに待ってるんですよね(苦笑)。

――下のお嬢さんも手強かったんですね。ただ、紺野さんのお話を伺っていると、とてもおおらかに子育てをされているように感じます。

紺野:そうですかねぇ。その時はすごい必死なんですけど(笑)。まぁ、二人目の場合、断乳後は、ご飯を食べるにも1時間くらいかかってしまって仕事になかなか行けなかったこともあり、かなり苦労はしたんですけど、そんなトラブルも過ぎ去ってしまえば過去のことになりますから。それに、その時も「これを乗り越えればきっとすごく楽しいことが待ってるはず」って思いながら、子どもに対しても、私自身に対しても「がんばれ、がんばれ」ってエールを送って前向きにがんばってましたよ。

 

生後10日に髄膜炎が……困難を乗り越えて、ある「今」

出産後も、おっぱいトラブルや断乳など、いろいろな悩みを抱えつつも、「それもいつかゴールがある」と前向きに子育てに励んでいた紺野さん。どんな時でも、笑顔で子育てを続けられる背景には、ある壮絶なエピソードがあったといいます。

――話は前後しますが、お二人目の出産についても教えてください。第二子の妊娠を希望されたきっかけはどのようなものだったのでしょうか。

紺野:昔から大家族に憧れていたので、子どもは多い方がいいとは思っていました。大きなお鍋でたくさんの料理をつくるのが夢だったんです。それに、一人目が生まれて一年半くらい経ったとき、ちょうど映画『アナと雪の女王』が大ブームで。あの映画を見た時に「絶対この子に姉妹をつくってあげよう!」って思ったんですよね。妊娠に関しては一人目のような苦労はなくて、意外とあっさりと授かることができたんですが、大変だったのは出産してからでした。

――なにかトラブルでもあったのですか?

紺野:生後だいたい10日…退院して3日後くらいに熱が出てしまって、救急に行ったら「髄膜炎」と診断されました。

――髄膜炎は生後6か月から2歳までの赤ちゃんに多く見られる症状ですね。新生児は極めて稀のケースですが。

紺野:ええ。生きるか死ぬか、生きていても後遺症が残るかもしれないと知らされた時には、2日ほど泣きっぱなしでした。病院に連れて行って、あんな小さな体に針を刺されて、髄液を取られるのを見るのはあまりにも辛くて。今、思い出しても泣いてしまいそうです…。

――(無言で頷く)

紺野:不運なことに、発症したのがちょうど昨年のシルバーウィークの時期で、病院も短縮営業でした。取った髄液を検査に提出してから、そこからまた結果を待たないといけない。でも連休中だから検査所もお休みなんですよね。しかも、検査結果が出るまでは、本当に悪い髄膜炎だった場合に“最悪のこと”が想定されるんで、悪化を防ぐために6時間ごとに1度注射を打たれるんです。その姿を見るのもまた辛い。

――しかも生後10日の赤ちゃんに…過酷すぎます。

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あまりにも悲惨な姿でしたし、本当に死んでしまったらどうしようと思うと、周りの人に相談することもできなかった。だから、病室では「今、生きているこの子をちゃんと見てあげること、この子が生きている時間を一緒に過ごしてあげること」が何よりも大切だと思いながら、自分自身を保っていたと思います。生きている、呼吸をしている、おっぱいを飲んでいる…ただただ、それだけがあの時の私の心の支えでした。診断されてから4日後に検査結果。幸運なことに最悪の事態も免れ、後遺症が残らないことを知った時は、言葉になりませんでした。

――本当によかったです…それにしても、壮絶な体験をされたんですね。

紺野:そうですね。けれど、母としてはそのことで強くなれたように思います。結局、どんなに辛いことがあっても乗り越えないといけないのです。誰かのせいにでもできれば楽だったのかもしれないですけど、こればかりは誰のせいにもできないじゃないですか。それ以来、何を差し置いても「子どもが元気であればいい」と思えるようになりました。それに、ちょっとしたことでも気にしなくなりました。二人目は少しだけアトピーがあるんですが、それも「大丈夫、大丈夫! 治る、治る!」っておおらかにしていられるのも、そんな経験があったからだと思います。

――前向きでいらっしゃる紺野さんの姿勢は尊敬しますし、このインタビュー記事を読んで勇気づけられるお母さんはたくさんいると思います。

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紺野:そうだとうれしいです。子育てを始めると、母親って毎日があっという間に過ぎ去っていきますよね。朝起きて、ご飯をつくって、支度して、仕事をしての繰り返し。たまに「私、このまま50、60、70になって、娘たちも結婚して独立して、私もあっという間に死んじゃうんだろうな」って思うんです(苦笑)。でも、子育てがひと段落した方に「今の忙しい時期が一番楽しいから、子育てを楽しんで」って言われたことがあって。うちもイヤイヤ期があったり、二人目が生まれると上の子が赤ちゃん返りしたりとまったく余裕はないんですが、でもやっぱり楽しまないと、とは思いますね。

――突然ですが、三人目のご予定はございますか?

紺野:いきなり(苦笑)。私は二人目で打ち切りましたよ。年齢もありますし、つわりもひどいですし、おっぱいのトラブルもありますし、子どもがふたりいるだけで大変なので…。ですが、少し前に上の娘に「赤ちゃんほしい?」って聞いたら、「うん、ほしい!」って言うんですよ。理由を聞いてみると、「3人で一緒に歩きたい」とか屈託のない笑顔で。ちょっと感動しましたね…あ、でも私はもう打ち切りですからね(笑)!!

――はい。もし、三人目をご出産される場合は、改めてお話を聞かせてください(笑)。最後に、これから出産や子育てを控えるお母さんたちへのメッセージをいただけますでしょうか。

紺野:出産に関して不安を抱えている方は多いでしょうし、痛いんじゃないか、怖い思いはしたくない、と考える人だってたくさんいると思います。けれど、世の中にはこんなにたくさん子どもが生まれている。怖くても痛くても、その先にはもっと楽しいことがいっぱいあるから、女性は子どもを産むんです。不安の先にあるものを知ってほしいと思います。それに無痛分娩など、産み方もいろいろありますからね。もちろん、それでも妊娠に対して恐怖心があったり、出産後に不安な思いをしたくないなら、無理に妊娠する必要もないと思います。でも、子どもが欲しいっていう気持ちがあるなら、育ててみたいと思うなら、どんなことでも絶対乗り越えられると、私は思っています。

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あと、子育てに関しては自分ひとりでがんばらず、頼れるところは頼ってほしい。子どもって母親だけじゃなくていろんな人と接して大きくなれるし、親自身も同じ。できる限りお母さんもお子さんも積極的に外に出て行って、外の空気を吸って、外の人と接してほしいと思うんです。自分だけで肩ひじ張らずに、甘えられるときは甘えてもいい。私もたくさんの方々に助けられました。もちろん夫のサポートはなにより大事。かといって子育てに関して、夫に一方的な価値観の押し付けもできません。夫婦で子どもをどうやって育てていきたいかは、早めによく話し合うことが大事だと思います。

*     *     *

壮絶なエピソードを交えながらも、終始笑顔でご自身の出産体験を語ってくださった紺野まひるさん。お話の随所に出産や子育てを控えるママのためのヒントが散りばめられていました。「私の出産」では、今後も各界で活躍される方の出産体験エピソードをご紹介します。どうぞ、お楽しみに!

 

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【プロフィール】
紺野まひる
こんの まひる。1977年4月12日、大阪府豊中市出身。1994年に宝塚音楽学校に入学。1996年3月、82期生として宝塚歌劇団入団。雪組トップ娘役として活躍した後、2002年9月に宝塚歌劇団を卒業。翌年から女優として活動、NHKの朝の連ドラ『てるてる家族』では、ヒロイン4姉妹の長女役を演じる。その後、数々のテレビドラマ、映画、舞台で活躍する一方で、2008年に中学時代の同級生と結婚。2012年8月に第1子となる長女を、2015年9月に次女を出産。現在は女優として、ママとして、日々忙しい毎日を送っている。

【最新情報】
2015年のトニー賞ミュージカル作品賞、ミュージカル脚本賞など、多くの賞を受賞した名作ミュージカル『ファン・ホーム』への出演が決定。2018年2月、シアタークリエにて上演。
演出=小川絵梨子。キャスト=瀬奈じゅん、吉原光夫、大原櫻子ら。

公演スケジュール
2018年2月7日(水)〜26日(月)
料金 10,800円(全席指定・税込み)

〈ご予約〉
東宝ナビザーブ
https://toho-navi.com/

【先行抽選エントリー期間】 2017年10月31日(火)〜11月3日(金)
【先行販売】 2017年11月12日(日)10:00より販売開始
※先行販売では初日・千穐楽のお取り扱いがございません。

〈お電話予約〉
東宝テレザーブ 03−3201−7777 (9:30〜17:30)

詳しいご予約方法は下記よりご確認できます。
『ファン・ホーム』公式HP
http://www.tohostage.com/funhome/ticket.html

【CM出演情報】
ハウス食品「ジャワカレー」

 

構成・文/田代くるみ
撮影/今井裕治
スタイリング/瀬川結美子(NOMA.,Ltd)
ヘアメイク/尾曲いずみ(STORM)

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