私の出産 女優・釈由美子さん “マニュアル本”を封印してから、子育てが楽になりました

私の出産 
女優・釈由美子さん 
“マニュアル本”を封印してから、子育てが楽になりました

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各界で活躍する著名人が経験した出産にまつわるエピソードをお聞きする「私の出産」。第三回目にご登場いただくのは、女優の釈由美子さんです。

グラビアアイドルとして人気を博し、その後はテレビドラマ、映画、CM、バラエティ番組など各方面で活躍。2015年10月10日に一般男性と結婚し、翌年6月12日、釈さん自身の誕生日に第1子となる男児を出産しました。

現在は子育てをしながら、芸能活動も再開。公私共々忙しい毎日を送っており、自身や家族の日常を綴ったブログも、子育て中のママに大人気です。

そんな釈さんに出産や子育てについて、赤裸々に語っていただきました。

 

20代で「多嚢胞性卵巣症候群」と診断され…

――若い頃からテレビや雑誌などで活躍されてきた釈さんですが、結婚も含めて、妊娠や出産に対するご自身の考え、スタンスはどのようなものだったのでしょうか?

釈さん(以下、釈) 母になることは若い頃から、ひとつの夢でした。でも、20代のころは、その他の夢を叶えたいという気持ちも強かったので、正直、結婚するタイミングもあったんですけど、仕事を優先しました。30代になって、そろそろと思っても、自分とパートナーのタイミングが合わなかったり、その他の事情も重なり、気づいたら晩婚、高齢出産になってしまいました。

――釈さんのようにタレント、女優として大活躍されていると、そこの決断はより難しいですよね。お仕事と妊娠、出産の優先順位が変わったきっかけなどはございますか?

 やっぱり高齢出産とされる30代半ばくらいですかね。これくらいの年齢になって初産を済ませていない多くの女性は“タイムリミット”を考えると思うんですけど、私も40歳までにはひとりは産んでおきたいと思っていたので、もう時間があまりない。でも、生涯を一緒に添い遂げられるパートナーと出会って、愛する人の子どもを授かりたいと思っていたけど、そんな人も現れない…いつになることやらと、年を重ねるにつれ焦ってはいましたけど(苦笑)。

――そうした中で、今の旦那さんに巡り合ったわけですよね。月並みな質問ですが、「この人だ」というのは感じられましたか?

 運命的なものというか“ビビビ”というのも感じました。だから交際をするにあたって、早めに主人に「あること」を打ち明けたんです。

――あること、ですか?

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 ええ。30代前半のことですが、婦人科の検診を受けたら、「多嚢胞性卵巣症候群」と診断され、婦人科の先生からは「妊娠の確率は普通の女性より低い…というかリスクがある」とはっきり言われていたんですね。だから交際してすぐのタイミングで、そのことを彼に伝えたんです。高齢出産という意味でも、授かりづらいし、さらに私は多嚢胞だったので、それは知っておいてもらいたいじゃないですか。そうしたら、彼は「一緒にがんばっていこう」と言ってくれて。

――妊活はパートナーの協力なくてはなかなか前に進まないものですからね。ちなみに、その後の妊活についてもお聞かせいただけますでしょうか。

 まず結婚する前に産婦人科に通いだして、日常生活でも基礎体温をつけたり、多嚢胞のお薬を飲むようにはしていました。結婚が決まり、「じゃあ、いよいよ妊活をしようか」という段階になり、幸運にも二回目くらいのチャンスで授かったんですよね。長期戦は覚悟していたので、すごくびっくりしましたし、なによりうれしかったですね。

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――妊娠しづらいと思っていたおふたりでしたから、余計にうれしかったでしょうね。

 そうですね、文字通り夫婦で手を取り合って喜びました。とはいえ高齢出産なので、現実も直視しないといけない。実際、普通の出産よりもリスクは伴いやすいと先生からは聞いていたし、妊娠中に高血圧で検査に引っかかったりもしました。あと、妊娠中で一番不安だったことは、お医者さんから「切迫早産気味」と言われていたことですね。明確に切迫早産と言われたわけではないのですが、「気味」だから自宅で安静にしておいてくださいと。

――それは妊娠何か月くらいのことですか?

 8〜9か月くらいです。加えて妊娠前期はつわりもひどかったんですよ。安定期に入ってもしばらく続き、やっとつわりが落ち着き「これでハッピーマタニティライフだ!」と思っていたら、今度は自宅安静宣告。つわりが終わったらやりたいと思っていたマタニティヨガとか、エアロビなどもできませんでした。それどころか、家事も一切できず。切迫早産になられた方ならご存知だと思うのですが、「ウテメリン」というお薬を服用していて、それの副作用で吐き気がしたりぐったりしちゃって動けなくて。妊娠中はなにかと苦労しました。

 

無痛分娩にしたけど、陣痛も少し味わいたかったので…

――ここからは出産のエピソードをお聞きしたいと思います。釈さんは無痛分娩で出産されていますが、なぜ無痛にしようと?

 大きい理由としては、私の周りに無痛分娩をした子が多く、生の声を聞いていたこと。出産時の体への負担も軽減でき、また産後の回復が早いという話を聞いていたので。里帰り出産もしないことが決まっており、すぐに子育てできる体調でなければいけなかったこともありますね。高齢出産というリスクを抱えている私としては、無痛分娩を迷う理由はありませんでした。

――ただ無痛分娩に関しては、まだまだ日本では浸透していませんね。どころか、自然分娩を頂点とした、“出産ヒエラルキー”のようなものもあります。釈さんはブログで、そのことについて言及されていましたが。

 そうですね。無痛分娩は、どうしても肩身が狭く後ろめたい気持ちになる方もいます。「お腹を痛めて産んでこそ」という考えが日本には根強いから需要も少ないし、対応してくれる産院も少ないですよね。私の場合も隠すつもりはなく、出産を終えてからご報告したのですが、いろいろな先輩ママ(と思われる方)から、私のブログに「お腹の痛みを味わってほしかった」などと書かれてしまったこともありました。

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――う〜ん、改めて思いますけど、有名人の方って大変ですね…。

 まぁ、私は心の準備ができているし、こういうお仕事をしているのである程度のことを言われることは覚悟しています。ただ、無痛を選択した一般のお母さんたちが、(こういう書き込みを読んで)肩身の狭い思いをして欲しくないなとは思いますね。もちろん自然分娩は素晴らしいことだし、痛みを堪え抜ける方って、母親としてとても尊敬できます。だからといって「無痛=軟弱者」みたいなことでは決してないじゃないですか。無痛で産んでも子どもに対する愛情が足りなくなるなんてことは、絶対にないですしね。

――おっしゃるとおりです。どう産むかは、多様性があっていいはずです。

 もちろん無痛分娩は麻酔等のリスクが伴いますから担当医とよく相談することが必要ですよね。ただ、納得のいく分娩スタイルは人それぞれであってもいいかなと思います。ただ現実問題、無痛で産める病院はまだまだ少ないし、費用も高いです。そこは補助金でカバーするとか、サポート体制が整えばお母さんたちも安心して無痛を選択することができるんじゃないでしょうか。医療の力で出産のハードルを下げることは、決して悪いことではないと思うんですよ。私の場合、分娩台の上で主人と一緒に手を握りあいながら、すごく朗らかな気持ちで笑いながら産んだので、すごくハッピーな気持ちでした。本当に、あれは素晴らしい体験でしたね。

――ステキなお話です。しかも出産日が釈さんのお誕生日と一緒の6月12日というのも、ハッピーなエピソードです。

 いやぁ、それも結構大変だったんですよ。ご存知のように、無痛だと計画出産なので、入院から出産日までをあらかじめ先生と決めるわけですけど、幸運なことに6月12日前後に産めそうだと。であれば、もうこれは12日に産むしかないと先生に相談したところ、その日は病院がお休みだから、「この日だけは出産できない」って言われたんですよ。でも、12日に産めたら素敵なことだろうなぁと思って、正期産入ったくらいから、「ママの誕生日は6月12日だからあと2週間だよ。あと1週間だよ。あと5日、明後日だよ」ってカウントダウン風に“胎教”していました(笑)。

――この日に産まれてきてねと。

 しつこいくらいに。加えて、ネットで検索したら、お産が迫った時期に焼肉を食べると「来るらしい」という情報があったので、10日に焼肉を食べに行きました。そうしたら、なんと11日におしるしが来たんですよ!

――まさかの(笑)。でも、焼肉食べたらっていうのはよく聞きますよね。

 11日にもともと検診があったので、喜んで病院に行くと、これは出てきそうだぞと。それで11日の夕方に緊急入院。

――すごい!

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 背中に硬膜外麻酔のチューブを入れていただき、スタンバイOK。時間を追うごとに痛くなるお腹を必死で我慢して、ひたすら待ちました。そうそう、無痛ではあるんですけど、37歳のけじめとして「初期陣痛を味わおう」と思って、麻酔を入れずしばらく我慢したんですよね。

――37歳のけじめですか。

 ええ、自分でもよくわかりませんが、なんとなくそう思ったんですよ。で、8時くらいからですかね、本当にすごい陣痛が1時間おきくらいに始まって。ハンマーで叩かれているようなものすごいやつでした。

――8時だと、目標の12日出産まであと4時間あります…。

 そうなんですよ。だんだん間隔が短くなって、その時に「世の中の妊婦さんはこれを味わってたのか!」とか関心したりしましたね。日付が変わるまでは、麻酔は入れないという謎の目標を死守して、いよいよ11時59分。すでに冷や汗がダラダラで、その1分がすごく長く感じました。で、12時になった瞬間に麻酔を注入。その30分後ぐらいには嘘みたいに痛みがなくなり、そこから出産まではハッピーな時間をすごせました。

 

子育てをする前に“パパ育て”をしました

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――ハッピーな出産をご経験され、いよいよ子育てをすることになるわけですが、旦那さんが実に協力的だそうですね。

 そうなんですよ! 結婚前は、家事も全くできない主人でね。台所も立ったことがないし、お味噌汁の作り方も知らなかったのに、産後もご飯を全部作ってくれたりしました。もっとも妊娠中に全部、私が教えたんですけど。

――子育ての前に、「パパ育て」をされてたんですね。

 そうかもしれません(笑)。よくイクメンっていますけど、オムツを替えるのがイクメンではなくて、子どもの面倒はママがやるから、それ以外の家事をしっかりサポートしてくれることが大切だと思います。ただ、男の人ってなにをしていいかわからない人が多いですよね。だから、私の場合は入院する直前に、手書きで「パパにやってもらいたいリスト」を作成して手渡したんですよ。なにをすべきか、なにをしたら助かるかを具体的に細かく指示したんです。たとえば出生証明書の提出、児童手当の申請など、やっておくべき行政手続きとか。家事についても、ご飯の炊き方、お味噌汁の作り方、さらにお風呂の洗い方まで全部細かく書いて。夫は、このリストを見ながらそれ通りにやって、いろいろと覚えたみたいなんです。

――素晴らしいですね。そういうリストを作られるくらいですから、子育てについてもこだわりがあったりするのでしょうか?

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 う〜ん、そこまではないと思うんですけど、妊娠後半は自宅安静と言われていたので、あらゆるマニュアル本は読み漁りましたね。でも、実際に子育てをするとマニュアル通りにいかないことが多くて、最初はそれに苛立ってしまって。あの本にはこう書いてあるのに、なんでできないんだろうと。でも、産後1か月くらいしてから、そのやり方そのものが間違っていることに気づいたんです。子どもはそれぞれ個性があり、それぞれの子育ての方法がある。それを一般的なマニュアルに落とし込めるのは無理があるじゃないですか。で、集めたマニュアル本をすべて本棚にしまって、「マニュアルは自分が作っていこう」と決意。それから、だいぶ子育ても楽になりました。

――自分の子どもだけのマニュアルを作ろうと。たしかに、そんなニュートラルな対応が必要なのかもしれませんね。

 つくづく、子育てって正解がないって思います。だから難しいし、面白い。それに子どもを産んで育てることで、今までの自身の価値観を全部変えてくれる。人生の第二章の始まりと言えるくらい全く違いますね。かつては、自分に対してストイックすぎたり、予定通り物事を進めないと気になっちゃう方だったんですけど、いまや「何とかなるさ」みたいな性格になってますし。だって、産後1ヵ月間は顔洗ったっけなっていう日もありましたし、1日中パジャマ姿ですごした日もありました。こういうことって昔は絶対になかったことです。

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〈ここで釈さんのお坊ちゃん登場! 取材現場に連れてこられていたのですが、ちょっとだけママが恋しくなってきたようなので、抱っこのままお話を伺いました〉

――子育ても徐々に慣れてきて、仕事復帰することになるわけですが、復帰は産後どれくらいの時期だったのでしょうか?

 最初の仕事復帰は産後3か月のことでした。1時間程度で終わる生放送のお仕事だったんですけど、正味3時間は子どもと離れ離れになっていましたね。大丈夫かなっていう不安な気持ちと、心のどこかではちょっと解放されたような…それに仕事復帰ができたうれしさとか、いろいろな感情が混在していました。子どものことは心配でしたが、仕事をしている間は子どものことを一切考えなかったっていうのは自分でも意外でしたね。もちろん、仕事が終わった瞬間、パパに電話しましたけど。

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――お仕事と子育てのバランスについてはどうお考えでしょうか。

 仕事はやっていきたいけど、やっぱり子どもの1番大切な時期をなるべく一緒にいたいので、そのバランスを見ながら仕事をやっています。子どもを産んだからパパとかシッターさんにすべてをお願いするのも違うと思っているので、子育てを一番に、お仕事はやらせてもらえる範囲で続けることができればなぁという感じです。

――別に持ち上げるわけではないんですが、出産・子育てとかなりハードな経験をされてきてもなお、このような美しさを保つというのは驚異的というか…おそらく一般の方はそこが知りたいと思うと思うのですが(笑)。

 いえ、いえ、いえ、めっそうもないです。そしてなにもやってないですよ。

――なにもやらずして、それはないでしょう(笑)。

 たしかに出産前や妊娠前は、美容に関しては趣味というか、いろいろやってはいましたよ。ただ、以前のようにヨガに通ったりとか、エステに行ったりすることはできません。だから、もう少し手軽な…たとえばたくさんお散歩するとか、朝のストレッチ、さらには武道を習っていたので、空手の型をやったりとかしてますね。

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――やはりいろいろやられているじゃないですか(笑)。話は大きく変わりますが、子育て中のママとして、今の日本社会に思うことがございますか?

 突然、大きな質問来ましたね(苦笑)。やっぱり何と言っても、保活でしょうか。首都圏は保育所が少なすぎるので、安心して預けられるところをもっと増やしてほしいですね。さらにママ目線、ベビー目線での街づくりをしてほしいと思います。まだまだバリアフリーのところも少ないですし。都内をベビーカーで移動していると、駅などでもエレベーターを探すのに苦労します。

――街や社会が「ベビーカーのある暮らし」にまだまだ対応しきれていないですよね。

 あとは子どもを産みやすい雰囲気がもっとあればいいと思っています。これはマタニティの頃から感じていましたが、もう少し社会全体で子育てに対する意識を高めるというか…端的に言うと、妊婦さんや子育て世帯に対して、もう少し社会があたたかくなって欲しいなと思います。ちょっとしたことで、ママって救われますし。

――なかにはすごく孤独を感じながら子育てをしている人もいらっしゃると思うので、そこはみんなであたたかく支えていくことが大切かもしれませんね。

 そう思います。企業でもそういうママに優しい取り組みをしてくれているところがありますよね。個人的にうれしかったのが、産後3か月の時に、赤ちゃん同伴で入れる映画イベント『ママズクラブシアター』に行けたこと。TOHOシネマズさんが月に1〜2回、木曜日に実施しているイベントで、私は当時ヒットしていた『君の名は』を鑑賞して、子連れでもこんな“普通のこと”ができることに感動しました。まぁ、子どもも騒ぐしで、映画の内容はあんまり入ってこなかったんですけど(苦笑)。とにかく映画を映画館で観られるという事実がうれしくて。

――そういう取り組みがいろいろなところであるといいですよね。最後の質問ですが、先輩ママとして、これからママになる人へのメッセージをいただけますでしょうか。

 私は先輩ママと言われるほど経験もないので偉そうなことは言えませんが、やっぱり初めての出産は不安がつきもの。まずは自分の身の回りにいる人たちに甘えて、頼ることが大事だと思います。自分で抱え込みすぎないでください。あと子育てするにあたっては“こうあるべき”みたいな高すぎる理想を捨てた方が気持ちも楽になると思います。一般的にはこうだとか、他のママはこうだとか、気にしないで、自分の子どもに向き合うこと。産後直後の私みたいにマニュアル本に振り回されるくらいなら、その子に合ったオリジナルの育児書を、親子で作ってほしいなと思います。

 

profile

【プロフィール】
釈由美子(しゃく・ゆみこ)
1978年6月12日 東京都出身。4人姉妹の次女。1997年、芸能界デビューしグラビアタレントとしてブレイク。その後、01年に『修羅雪姫』で劇場映画の初主演を飾ってからは、テレビドラマ『スカイハイ』、『7人の女弁護士』や映画『ゴジラ×メカゴジラ』、『スカイハイ 劇場版』等に出演するなど女優として活躍する。プライベートでは2015年に飲食店などを経営する男性との入籍を発表。翌年3月に挙式、披露宴を行い、同年6月12日に第一子となる長男を出産する。日々の日常を綴った、公式ブログ「本日も余裕しゃくしゃく」も子育て中のママに人気となっている。

釈由美子オフィシャルブログ「本日も余裕しゃくしゃく」
https://ameblo.jp/yumiko-shaku/

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