私の出産 タレント・潮田玲子さん 「大切なのは産み方じゃなくて、育て方だと知りました」

私の出産 
タレント・潮田玲子さん 
「大切なのは産み方じゃなくて、
育て方だと知りました」

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各界で活躍する著名人が経験した出産にまつわるエピソードをお聞きする「私の出産」。第四回目にご登場いただくのは、バドミントン元日本代表選手でタレントの潮田玲子さんです。

2012年、29歳のときにベガルタ仙台所属のサッカー選手・増嶋竜也さんと結婚、2015年に第一子を、2017年には第二子を出産。現在はタレントの仕事をこなしながら二児の母として育児に奔走する潮田さんに、ご自身の出産体験、そして子育てについてお聞きしました。

 

安定期までは「暗いトンネルにいるようだった」

――トップアスリートとして活躍していらっしゃった潮田さんですが、現役時代は結婚や妊娠、出産に対してどのようなお考えをお持ちでしたか。

潮田さん(以下、潮田):ぼんやりとした希望として「私もいつかは結婚したいなぁ」とは思っていましたが、正直、現役中は結婚も出産のイメージも湧きませんでした。実は2008年の北京オリンピックの後、一度引退を考えたタイミングがありました。「結婚したいから」「子どもが欲しいから」といった理由ではなく、選手としてのピークとか、モチベーションとかを考えて引退しようか悩んだ時期があったんです。結局思いとどまって「もう4年、次のロンドン大会までがんばってみよう」と決めました。当時25歳でしたが、その時点で「ということは、あと4年は結婚や出産はないな」と思いました。

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――次の五輪を目指す=結婚や出産の選択肢を放棄する、ということになるのですね。

潮田:そうですね。現役中は女子選手同士でも結婚や出産が話題に上がることはほとんどなくて。というのも、年間365日のうち200日くらいは海外遠征や合宿などに費やしていて、月に1週間自宅に帰れたらラッキー。そんな状況だと、女子選手が現役中に結婚、というのはあまりにもハードルが高いんです。オリンピックを目指すとなると余計に。

――そんな潮田さんも2012年に引退され、その2カ月後に結婚を発表されていますよね。引退という選択肢を選ばれたのは、結婚が決まっていたからでしょうか。

潮田:いいえ。実は2012年に引退することは前々から決めていたんです。競技人生に一度区切りをつけて、もっと別の社会も見てみたいと思ったんですよね。ただ、ちょうどその前年に主人と出会えたので、自然な流れで結婚しました。

――結婚2年目で第一子を妊娠され、3年目で出産していらっしゃいますが、結婚されてからはすぐにお子さんを希望していたのでしょうか。

潮田:そういうわけではなくて。私自身はもうちょっと後……35歳くらいまでに結婚して出産したいな、というイメージだったんです。競技人生を終えて、これまでとは違ったフィールドでチャレンジしてみたいと思っていたので。だから結婚後も、しばらくは二人だけでやっていこうと考えていました。ただ、夫はしばらくすると子どもを欲しいというようになったんです。話を聞いてみると「現役選手の時の自分の姿を、子どもにも見て欲しい」「子どもと一緒に入場したい」っていうのが夢だったみたいで。

――ではお子さんについてはご主人の希望の方が強かった?

潮田:私自身、当時は子どもを産むことにピンときていなかったので、そうかもしれませんね。でも、私もすごく子どもが欲しくなるきっかけがありました。それが兄夫婦の出産。その甥っ子がすっごく可愛かったんですよ! 初めて赤ちゃんを抱っこして「なんじゃこの可愛さは!」ってびっくりして、自分も我が子が欲しいって意識するようになりました。

――親族とか友人とか、近い存在のところに赤ちゃんが生まれると変わりますよね。

潮田:そうなんですよ。それからは事務所にも「そろそろ子どもが欲しい」っていう意思を伝えながら、唐突に「妊娠しました」って職場に迷惑をかけないように気を遣ったりしましたね。

――妊娠が分かった瞬間はいかがでしたか。

潮田:うれしかったです。市販の検査薬で妊娠を知って、すぐに夫に伝えました。もうめちゃくちゃ喜んでましたね(笑)。それからはすぐに病院に行って、エコーの写真を撮って……。親しい友だちにはもう子育てをしている人も多かったんですが、みんなに報告すると「待ち遠しいね」って喜んでもらえました。

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――つわりなど、妊娠中の体調の変化はいかがでしたか。

潮田:つわりは安定期に入るまで続きましたし、一人目は本当に辛かった。妊娠が分かった瞬間はすごくハッピーだったけど「いつまでこんなにしんどい日々が続くの? なんで私だけこんなに苦しいんだろう」って思うこともあったし、ずっと暗いトンネルの中にいるみたいでした。それに、妊娠を公表する前までは、気分が悪いとか、周りになかなか言えないじゃないですか。だからテレビの収録が終わって楽屋に入った途端、気持ち悪くなってトイレに駆け込んだり……。つわり自体も辛かったですけど、周囲に体調が悪いことを見せずに隠し続けるのが一番辛かったかもしれません。

――そういう時、心の支えになったのは何でしたか。

潮田:もちろん夫の存在もありましたが…う〜ん、ひたすら我慢していました(苦笑)。「つわりがひどいのは赤ちゃんが元気な証拠」って言うじゃないですか。でも「分かる、分かるよ! 分かるけど……」って心の中で葛藤しながら、とにかく我慢。だから、つわりが抜けた時はすごく楽になりました。

――安定期に入って開放感みたいなものがあったと。

潮田:いや、そういうわけでもなかったですよ(苦笑)。私はアクティブなタイプの人間なので、日常生活で体が動かせなくなるのは、それはそれでストレスでした。ジレンマを抱えながらも、周りに楽しみにしてくれている人がたくさんいるって思うと、がんばろうって思えたのを今でも覚えています。それと産休中は時間があったので、初めての子育てに備えて育児セラピストの資格の勉強もしていました。

――母親になる実感はいつごろ芽生えましたか。

潮田:その実感は生まれてくるまで湧きませんでした。けれど、もう会いたくて会いたくて仕方がなかった。予定日の1か月半くらい前に産休に入って、家にいる時間が長くなったんですが、その間すごく暇に感じてしまって。だから、余計に赤ちゃんの誕生が待ち遠しく感じられました。

 

「どんなトレーニングよりもお産は大変でした(苦笑)」

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――出産方法も今やたくさんありますよね。いろいろ悩まれたかもしれませんが、そのあたりのお話についてもお聞かせください。

潮田:出産方法は安定期に入った頃から検討し始めました。結局選んだのは、ちょっと珍しいのですが、助産院での水中分娩。実際に水中分娩で産んだ先輩ママにアドバイスを聞いて、決めました。産み方に関しては、夫は何も言いませんでしたね。「玲ちゃんがしたいようにしたらいいよ」って。母親も一緒に助産院について来てもらって、一緒に説明を聞いて賛同してもらえました。周囲からは「すごくチャレンジャーだね」とは言われましたが(苦笑)。

――水中分娩のイメージが湧かない読者の方もいらっしゃるかと思うので、少し当時の様子をお聞きしてもよろしいでしょうか。

潮田:当日の朝に7時くらいから陣痛が来始めて、10分間隔くらいになった頃に、主人の運転で助産院に向かいました。陣痛が3分間隔くらいになると、だんだん喋るのも辛くなって来て。私が行っていた助産院は一軒家のようなつくりの場所なんですが、まず畳の部屋で陣痛逃し。子宮口が全開になって、いきむタイミングで水中に入るんです。用意されているのは、大きめの子ども用プールのようなもの。お湯の温度は、だいたい40度ないくらいの温かさで、羊水と同じくらいにしてあるんです。そこでいきむ。陣痛と陣痛の間はフワーっと楽になるんですが、それから、また陣痛。その繰り返しで、結局出産まで水の中に入って1時間くらいかかりました。

――助産院での出産は周囲の理解も必要ですよね。また、妊婦さんがとても健康体というのが条件だと思います。お聞きする限り、潮田さんはかなり大変な出産だったようですが。

潮田:それはもう、相当きつかったですね。もう終わらないと思いましたもん。私は体力があったから大丈夫でしたが。ただ正直なところ現役時代、かなり過酷な練習をたくさんしてきましたが、どんな練習よりつらかったですね(笑)。

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――では生まれた瞬間の感動もひとしおだったのでは。

潮田:というよりも、最初はもう放心状態でした(笑)。産んだ後の私自身の身体のケアも大変だったので、落ち着くまでは時間がかかりました。助産院の自分の部屋に戻って、赤ちゃんと二人きりになって初めて「あ、私出産したんだ」って感じました。感動したのは2日後とか3日後、みんなが赤ちゃんの写真を撮ったパネルを持って来てくれた時かな。それを見て、やっと実感が湧いて、もう涙が止まらなかったです。子どもに黄疸が出てしまって退院は一週間伸びたんですが、それから実母のいる東京の自宅に戻りました。

 

初めての育児は「夜が来るのが怖かった」

――そうした思いをして生まれたはじめての子。子育てはいかがでしたか。

潮田:今振り返ると一人目は楽じゃなかったなと思います。はじめの1か月間は、とにかく家で赤ちゃんと二人きりでいるのが不安で。泣かせちゃいけないんじゃないかっていうプレッシャーみたいなものはありました。だから、母が留守の時は「早く誰か帰ってこないかな」とそわそわしていましたね。それから、しばらくはそんな感じでした。

――たしかに出産後、退院してからよーいドン!と待ったなたしで子育てはスタートしますから、1対1で向かい合うのって不安を感じるものですよね。

潮田:それと夜が怖かった。夜泣きもあったので…。うちは主人がアスリートなので、寝不足で練習に影響がでるのが一番良くない。だから基本的に寝室は完全に別なんです。そこは割り切っていたので不満はまったくなかったんですが、ただ夜が来るのが怖かったです。また、どうやって切り抜けようかとか思ってました。

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――それは想像していた以上に大変だったわけですか?

潮田:そうですね。なかなか眠ってくれなかったので、とにかくずっと寝不足。30〜40分かけておっぱいをあげて、暗がりで抱っこしながら20〜30分ゆらゆら揺れながら寝かしつけて、やっと寝たと思うとまた1時間後にまた起きちゃったり。

――もはや全然寝られない状態だったんですね。

潮田:とは言っても、体力的にきつかっただけで、精神的に参ってしまうということはありませんでしたね。基本的には「かわいい」っていう感情が先なんで、気持ちとしては全然苦じゃないんです。出産前の育児セラピストの勉強が役立っていたようにも感じるし、全然子どもが言うこと聞いてくれなくても、「もっと暴れちゃえ!」くらいの気持ちで見ていれば、結構気も楽でした。

――ポジティブな気持ちが、乗り越えさせてくれたわけですね。ステキなエピソードです。

潮田:それより、長男は2歳なんですけど、今の方が大変! イヤイヤ期真っ只中だし、教科書通りにもいかないから「キィ~ッ!」ってなっちゃいます(笑)。

――子育てってその時期、その時期で大変なんですよね。でもそれもポジティブな気持ちで乗り越えていければいいですね。

潮田:そうですね。まぁ、それでも「キィ〜ッ!」ってなっちゃうでしょうけど(笑)。

 

大事なのは産み方ではなく、育て方

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――お二人目のご出産についても教えてください。二人目はいつごろから希望していらっしゃいましたか。

潮田:長男が1歳を迎えた頃に「もうそろそろもう一人欲しいな」って思って。そうしたら、ちょうどタイミングよく妊娠。夫もすっごく喜んでいましたね。妊娠〜出産は一度経験しているから、二度目はとても気が楽でした。実際につわりも、一人目より辛くなかった気がします。それに、一人目の時はお腹の中の赤ちゃんと向き合う時間も長かったんですけれど、二人目は長男がいるから、もう辛いなんて言っていられなくて。自分自身と向き合えない分、気がまぎれることも多かった。それに、一度目の経験がありましたから、つわりはあと何か月、あと何日我慢すれば大丈夫って自分に言い聞かせることもできました。

――お二人目の出産も、水中で?

潮田:それが実は、無痛分娩を選んだんです。

――そうなんですね。一回目はある種、究極の自然分娩だったことを考えると、大変興味深い選択です。

潮田:重視したのは、産後の回復の早さでした。それと、やっぱり一度目の出産がとても辛かったということがあって、。「またあの辛さを乗り越えられるんだろうか」って。先輩ママの話を聞いたり、いろいろな出産方法を検討したんですけれど、無痛分娩もひとつの選択肢だなって思ったんです。

――一度目の出産で水中分娩を選択されている分、「痛み無くして良いお産と言えるのか」と葛藤もあったかと思います。

潮田:それはありました。それこそ、自分から逃げてるんじゃないか、みたいな思いもありました。ただ、無痛分娩を決めた時は、心がふわっと晴れた気がしました。出産に対する不安が消えて、すごく楽しみになったんです。

――すごくリアルなお話ですね。

潮田:もちろん一人目の水中分娩も人生の経験として本当に価値のあるものだったと思っているし、ありがたいことに長男もすくすくと元気に育っています。そして二人目も無事出産できて、長女もすごく元気に育ってる。そこで私はあることがわったんですよ。

――あること、ですか。

潮田:ええ。産み方は関係ないということです。どんな産み方であっても子どもが元気に生まれてきてくれたら、それで本当に十分なんです。

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潮田:無痛でも、自然でも、帝王切開でも、どんなママでも10か月の間、お腹の中の赤ちゃんをいろんな思いで育てるわけじゃないですか。そんな思いが詰まった我が子が、無事健康に生まれて来てくれる。赤ちゃんを抱っこした時にいつも「今ここに、元気にいてくれて本当にありがとう」って思うんです。それに、ゴールはやっぱり出産じゃない。産んでからが本当のスタートなんですよね。

――おっしゃる通りだと思います。

潮田:でもここだけの話、アスリートの友だちには「あの痛み一回は絶対に経験して!」って言ってますよ。あれを経験したらきっと怖いものなんて世の中にないから、って(笑)。

*     *     *

今回は元オリンピアンの潮田さんらしい経験談をお聞きしました。これから出産を控えるプレママ・プレパパの読者の方には、二人の子どもの妊娠〜出産を経た潮田さんだからこそ言える「大事なのは産み方ではなく、育て方」というメッセージが、胸に響いたのではないでしょうか。「私の出産」では、今後も各界で活躍される方の出産体験エピソードをご紹介します。どうぞ、お楽しみに!

 

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【プロフィール】
潮田玲子(しおた・れいこ)
1983年9月30日 福岡県出身。2002年~2010年に三洋電機、2010年〜2012年に日本ユニシスのバドミントン部に所属。三洋電機時代にはチームメイトの小椋久美子氏とペアを組み、全日本総合選手権大会で5連勝。世界ベスト8にまで入り、「オグシオ」ペアの愛称で活躍した。2012年には引退を表明し、同年にベガルタ仙台所属のサッカー選手・増嶋竜也氏と結婚を発表。2015年に第一子・長男出産、2017年に第2子・長女を出産。育児セラピスト2級の資格を所持。現在はタレントとして活躍しながら、子育てに奔走中。

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