「無理をしないで、人に甘えて」 
森三中・村上知子が語る“ムーさん式子育て”《後編》

ミキハウス編集部

2014年3月17日に誕生したお嬢さんの成長、さらにママとしての奮闘ぶりを自身の言葉で綴ってきた森三中・村上知子さんの連載コラム「ムーさんの子育て日記」。同年5月にスタートして7年間、全105回に渡り続いた本連載も最終回です。

今回、連載の最後を締めくくる特別インタビューとして、前後編に渡り編集部の現役子育てパパでもあるIが村上さん(ムーさん)にお話をお聞きします。出産から現在までの子育てを振り返っていただきつつ、今現在、子育てをしているママにエールをいただきました!

※インタビューの前半はこちらからごらんください。

村上知子(むらかみ・ともこ)

1980年(昭和55年)1月2日、神奈川県横浜市にて生まれる。吉本総合芸能学院(NSC)を経て、1998年に黒沢かずこさん、大島美幸さんとともにお笑いトリオ「森三中」を結成。2008年3月23日に一般男性と入籍。2014年3月に第一子となる女児を出産、その2か月後から、本連載をスタート。愛称はムーさん。

辛かった時期を乗り越えて、「今」がある

01

ムーさん――ちょうど2年前のこと、連載でも書かせていただきましたが、体調が本当に悪くなった時期があったんです。アトピー性皮膚炎をこじらせて、体中が痒くて、家事もままならなかった。娘とは一緒にお風呂も入れなしし、一緒に寝ることもできなかった。ちょっと触れるだけで痒いし、しんどくて。

ムーさん――そう。だからすごく寂しい思いをさせたなと思っています。でも、その時期に、一人でお風呂に入ってシャワーを浴びたりできるようになったりして、娘は寂しい思いもしたけど、確実に成長したんです。彼女にとって、母親が病気になるってこういうことなんだ、ということを経験したことは大きかったんじゃないかなと思います。

I――今はもうよくなりましたか?

ムーさん――おかげさまで。完治ではないけれど、うまく付き合えているので平気です。1年ぐらいは大変でしたけど、それをみんなで乗り越えたときに、なんか私たちがんばったよね、みたいな達成感がありましたね。

I――家族として、改めて一つになれた感じですか。

ムーさん――そうですね。実は私が苦しんでいた同じ時期に、あるママ友が、大病を患って闘病をしていたんです。その後、亡くなられてしまったんですが、そのママや家族のことを思うと、私のアトピーなんて大したことないし、この程度のことで辛いなんて言ってられないなと。

I――そんなことがあったのですね。

ムーさん――私は以前から娘に、「ママが死んだら、こんなことしてあげられないよ!」ということをよく言っていました。それは娘にたくましく育ってほしいから。あまりにそういうことを言って、娘がいろいろ想像しちゃって泣かしてしまうこともあるんですけど、本当に命っていつまでもあるわけじゃないし、明日が普通に来るかどうかなんて、誰もわからないですから。

I――おっしゃるとおりですね。「日常」や「普通」ってなんだろう、ということはコロナ禍の、この1年余で実感された方も多いかと思います。村上さんが、コロナ禍で気づいたことってなんだったのでしょうか?

ムーさん――娘に、知らず知らずのうちに寂しい思いをさせていたことかな。コロナが流行り始めた時期に、ちょうど小学校に入学するくらいだったんですよね。みんな外に出られなくなって、私も仕事がお休みになることが多くなって、夫もテレワークで在宅のことが多くなり。そうすると、娘がすごく喜んでいるんですよ。「お母さん、お父さんが家にいる!」「みんな揃ってる!」って。そこでハッと、思っていた以上に寂しい思いをさせていたことに気づいたんですよね。

02

ムーさん――娘はテレビに出ているお母さんのことが好きで、だからテレビもうれしくなって観ている。けれども、仕事で外に出かけて行ってほしくない、という気持ちがずっとあって。とはいえコロナ前の仕事のペースは、週に2〜3日程度。フルタイムで働かれているお母さんよりは、家にはいたんですけど、仕事柄、1回の仕事が長丁場になりがちで、帰りが夜とかになることも多くて。

I――そうなると娘さんは寂しい思いになるかもですね。

ムーさん――そうですよねぇ。正直に告白すると、私はコロナ禍になるまで、外で仕事をすることで、適度に子育てから解放されて、精神を安定させていたところもあったんです。離れる時間があるから、子育てもちゃんとできるというか。ずっと子どもと向き合うのって、それはそれで大変なことですし。でも、子どもが寂しいと思っているんだったら、そうも言ってられない。もっともっと子どもとの時間をすごさなきゃと、気持ちを新たにしました。

I――その思いもありつつ、実際、子育てに充てる時間が増えたことは、村上さんにとってストレスになったりはしなかったんですか?

ムーさん――いや、そこはタイミングがよかったというか、ちょうど小学校に入学するタイミングだったので、娘が外にいる時間がすごく長いんですよね。だから結構のんびりできていて、家事も自分のペースでやっています。仮に、これが幼稚園の時期だったら、相当、ストレスを溜めていたかもしれません。実際、そういうお母さんもいると思うので、そういう方には本当に無理をしないでねって言いたいです。

I――それこそ先ほどおっしゃった、「一人で抱え込まず周りを頼って」、と。

ムーさん――はい。子育てって本当に「楽しむ」ということが一番だと実感しています。完璧なんて目指す必要はないです。とにかく無理をしないで、甘えるのが一番です。私もいろいろな人の助けがあって、ここまでやってこられましたし。

I――甘えるのが一番だということは理解しつつ、一方で日本って、子育て世帯が甘えられる社会だろうか、という思いもあったりします。事実、日本は各種調査で「子育てがしにくい国」とされていますね。

ムーさん――そうですね。実際に私自身も子育てをしながら「優しさ」がほしいと思うことは何度かありました。世の中の人の「目」が厳しいと感じるというか、もう少し寄り添ってくれたらなと思ったりしたこともあります。子育て中のお母さんって、すごく周りを気にしてるんです。たとえばある日、私がバスに乗っていたときのエピソードです。車内で突然、赤ちゃんが大きな声で泣き始めたんです。ああ、泣いているなぁ、元気だなぁと思っていたんですけど、赤ちゃんを抱っこしていたお母さんは、すごく焦っちゃって。で、降りる予定じゃないところで降りようとして。迷惑をかけていると思ったんでしょうね。

I――その時の周りの「目」、その雰囲気に耐えられなかったんでしょうか?

ムーさん――そうかもしれません。誰かがなにかを言ったわけではないんですけどね。赤ちゃんは泣くものですよ。そもそも泣いているだけで、バスから降りる必要なんて一切ありません。だから思わず「降りないで大丈夫ですよ!」って言っちゃいました。その一言で安心されたようで、そのまま乗り続けてくれて。これって一例ですけど、そういう一言がお母さんには救いになることもあるんです。だから私はなるべく、こういうときに声掛けするようにしています。

03

I――すばらしい心掛けですね。

ムーさん――だって見ているだけだと、それが温かい目なのか、冷たい目なのか、わからないですから。だから、ちゃんと言葉のコミュニケーションで、相手を安心させたいと思いますね。

I――実際は子育てママやパパに対して、温かい目をしている人の方が多くても、それを言葉にしないと、ママやパパは「我が子が迷惑をかけてるんじゃないか」って思いがちですもんね。特に新米ママ・パパはそう思ってしまうのは、自分の経験からもよくわかります。だからこそムーさんのように「声掛け」を今後は積極的にしていきたいなと思いました。

ムーさん――ぜひぜひ! 子育てって結局は自分の成長とセットだと思うんです。人を育てようと思っちゃダメで、自分のほうが成長をさせられているというか。そうやって、声掛けしようなんて、親になって自分が成長したからこそ思えるようになったことだし。逆に言うと、最初からお母さんしよう、とか無理です。

I――最後のインタビュー、金言が多すぎますね(笑)。

ムーさん――アハハハ。そうそう私の次は、事務所の後輩でもある横澤夏子ちゃんの連載がはじまります。彼女は第二子の妊娠を発表したばかり。私もどんな連載になるか楽しみにしています。夏子ちゃん、頑張ってね! 読者のみなさん、夏子ちゃんもよろしくお願いします。

最後に私から読者のみなさんへ。7年間、このコラムを読み続けてくれて、本当にありがとうございました。私はズボラで、こういう機会がなければ日記もつけられないタイプ。本当に家族の、個人的な思い出をこうやって書かせてもらい、積み重ねられたことを幸せに感じています。娘ももう少し大きくなったら一緒に読み返したいと思います。

そして。これからも、私たちの子育ては続きます。大変なこと、辛いことも増えてくるかもしれないけど、最初に授かったときの感情を忘れず、前向きな気持ちを持ち続けて、みなさんと一緒に子育てを楽しんでいきたいと思います! ありがとうございました! 

04

この記事をシェアする

  • Facebook
  • Twitter
  • LINE

あなたへのおすすめ

人気の記事を見る

記事を探す

カテゴリから探す

キーワードから探す

妊娠期/月齢・年齢から探す