私の出産 タレント・藤本美貴さん 頑張りすぎないで。そして、子育てしている今を楽しんで

私の出産 
タレント・藤本美貴さん 
頑張りすぎないで。そして、子育てしている今を楽しんで

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各界で活躍する著名人が経験した出産にまつわるエピソードをお聞きする「私の出産」。第二回目にご登場いただくのは、モーニング娘。OGで、現在はママタレとしてお茶の間でもおなじみのタレント“ミキティ”こと藤本美貴さんです。

2009年、24歳のときにお笑いコンビ・品川庄司の庄司智春さんと結婚、3年後の2012年に第一子を、2015年には第二子を出産。現在は二児の母として、タレントとしてお仕事する一方で、子育ても懸命になさっているといいます。そんな藤本さんに、自身の出産体験、そして子育てについてお聞きしました。

 

産前1か月はずっと泣き続けた…
そんな私を救ってくれたのは母と夫の言葉だった

――2009年に24歳でご結婚されてから3年後に出産されたわけですが、お子さんを授かることについてはある程度計画的に考えられていたのですか?

藤本さん(以下藤本):そうですね、若い時に結婚したので、夫婦としてやりたいことは一通りやってから子作りしようと思っていました。もちろん、いつかは子どもがほしいという漠然とした希望はありましたが、後々になって「子どもができたから、これができなかった」って後悔するのは子どもに対して失礼だなって思っていたので、それよりもまず夫婦の時間を楽しんでから妊娠したいと考えていたんです。

――いわゆる“妊活”のようなことはされずに?

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藤本:そうですね。「そろそろ子ども欲しいよね」ってなってからは、とりあえず基礎体温はつけ始めましたが、そこまで妊活らしい妊活はしていません。当時も、“1年妊活して授からなかったら、婦人科に行こう”くらいのゆるいスタンスだったんです。私の場合、幸運にも基礎体温をつけ始めて半年ほどで、妊娠が分かったので、そこまで思い悩まなかったんですよ。

――初めて妊娠がわかった瞬間は、どんなお気持ちでしたか。

藤本:市販の妊娠検査薬を使って、陽性反応が出たときは、本当にうれしかったです。旦那さん(※庄司智春さん)にも見せましたし、写真も撮りました。と同時に、うれしいのはうれしかったですが、「本当に妊娠した!?」っていう不思議な感情も入り混じりました。また、その時ちょうど全国ツアーをやっている期間だったので「周囲に迷惑かけてしまうな」と、申し訳ない気持ちもありましたね。

――つわりはいかがでしたか?
藤本:すごく軽かったんですよ。本当に妊娠してるの?っていうくらいに(笑)。一人目のときは5か月くらいの頃、お腹の中でボコボコするのがわかるようになって、「あ、いるんだ」ってやっと思うようになったほどです。その後も、私はとても順調だったので、結構アクティブでした。一人目の妊娠中には、7か月で韓国に、8か月でニューヨークに旅行したくらいです。もちろん、お医者さんにはちゃんと相談してOKを頂いて。。もし直前の検診で引っかかったら行きませんでしたし、現地でもお腹が張って何もできない日もあるかもしれないので、スケジュールにはかなりゆとりを持たせて計画しました。お医者さんに診てもらって、また妊婦本人の体調に余裕があれば、妊娠中でも旅行やレジャーを楽しんだっていいと思うんです。

――お仕事も直前までされていたんですか?

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藤本:ええ、結構ギリギリまで働いていました。所属事務所には、産前1か月前には産休入りますと伝えていたんですが、結局“最後の仕事”は出産10日前くらいまで入っていました(苦笑)。
仕事をしていたことでいろいろな不安を考えずにいられたのはよかったと思います。ただ、産休が始まり…正確には産前1か月前くらいから、出産について悩むようになったんですよ。私、基本的にあまりクヨクヨしないタイプなのに、珍しく弱気になってしまって。

――その悩みは痛みに対する恐怖から来るものでしょうか。それとも別のもの?

藤本:痛そうで怖い、とかじゃないんですよね。もちろん妊娠中期は、お産の痛みに対する恐怖はありましたけど、別に一生痛いわけじゃないし、世の中のお母さんはみんな産んでいるのだから大丈夫だろうと。そうでなく、「ちゃんと親になれるのかな」という不安がね、すごく頭の中を駆け巡るようになったんです。

――自分は母親としてしっかりやっていけるのだろうか、という不安ですね。

藤本:ええ。 子どもを虐待してしまう親のニュースは多いですが、虐待している母親だって、最初から虐待しようと思って産んだわけじゃないでしょう? 誰だって一生懸命育てようと思って産んだはずなのに、子育てが思い通りにいかず、虐待してしまう母親もいっぱいいると思うんですよ。子育てって、自分一人のことじゃだけじゃない。これから先は人一人の人生を親として育てていかなければいけないわけです。そう思った途端に「私、大丈夫かな。責任持って育てられるかな」って不安に襲われて。よく産後鬱と言われますが、私の場合は、まさに“産前鬱”のような状態で、産前の1か月は毎日のように泣いていました。

――いつも明るい藤本さんからは想像つきません。そんな状態から立ち直れたきっかけはなんだったのでしょうか?

藤本:母のある言葉でした。母に「私、ちゃんとお母さんになれるかな?」と漏らしたことがあったんです。そうしたら「急に親になれる人なんていないから大丈夫だよ。子どもが美貴を親にしてくれるんだから、子どもと一緒に成長していけばいいんだよ」って言ってくれて。

――シンプルですがとても心に響く言葉ですね。

藤本:また旦那さんも、いいこと言ってくれたんですよ。私が不安で泣いていた時に「産まれる前からもうそんなに子どものことを考えて、泣いたり、心配になったりできるなんてすごい! きっと、そういう風に悩んでいる人の方がいい母親になれるよ!」なんて励ましてくれて。それで、「子どものことを一生懸命思っているからこそ、今こんなに悩んでいるんだ」って、前向きに受け止められたんです。母と旦那さんの言葉があったから、私は乗り越えられたんだと本気で思っています。

 

初めての授乳で「母」になっている自分に気づいた

そういった不安がありながらも、一人目も二人目の時も妊娠生活は「すごくステキな時間だった」と振り返る藤本さん。しかし、産んだ後は思っていた以上に大変だったそうで…。ここからは出産から産後、そして子育てについて伺っていきます。

――無痛分娩やら各種バースプランなど、お産の方法も多様化しています。藤本さんは、こういうお産がしたいという理想や希望などはありましたか?

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藤本:とりあえず一人目の出産は「どんな痛さだろう」と思って、さほど迷わず普通分娩を選びました。あと旦那さんには立ち会ってもらうことに。正直、バースプランなどはあまりピンとこなかったので、シンプルにやりましたね。分娩室で好きな音楽流したりとか、アロマを炊くとか聞きますけど、無事に産まれてくれればそんなのどうだっていいじゃないと(笑)。

――たしかに(笑)。ご著書などでもお書きになっていますが、「初産とは思えない」と言われたくらいの超安産だったそうですね。

藤本:ええ、一人目は6〜7時間、二人目はもっと早くて2時間半で産みました。あと歌手という職業柄か、いきむときも「肺活量がすごい」って助産師さんにほめられましたね。たしかにすごく大きな声を出していました…(苦笑)。そうそう、二人目のときは無痛分娩も考えたこともあったんですが、二人目の出産は楽だと聞いたので、それならその楽なお産を体験してみよう思って、普通分娩を選びました。でも“二人目は楽”って言うのはウソですね。一人目も二人目もすごく痛かったですし(苦笑)。よく痛みのたとえで「鼻から大根出すくらい」だって言うじゃないですか。全然、うまくたとえられてないですよね。そもそも痛みの場所が違いますし。そうだなぁ、たとえるなら「まるで自分の身体が本当に2つに裂ける」ような痛みでした。

――かなりダイレクトなたとえですが。

藤本:そうとしか言えないですから! でね、赤ちゃんを出す痛みよりも、いきむ前の「いきみ逃し」がしんどいんです。陣痛が進んで分娩台に上がっても、子宮口が10センチ全開になるまではいきんじゃいけないんですよ。助産師さんに「ハイ、いきんでいいですよ」って言われるまで我慢。7センチから10センチになるまでが長くて、ひたすら耐えるしかなくて、それが一番つらかった。

――やはり母親になっている人は、みなさん偉大すぎます…。ちなみに立ち会いされていた旦那さんはいかがでしたか?

藤本:腰をさすってくれたり、テニスボールで押してくれたり、「安産」って書いたウチワであおいでくれたり、「水!」って言ったら水を持ってきてくれたり、付き添っている間は私の言いなりで動いてくれました(笑)。

――なんとなく目に浮かびます。そういう時はやはり愛を感じますか?

藤本:いやいや、その時はこっちも痛みで必死ですから、何とも思いませんでした。ただ終わった後、出産を一緒に戦い抜いてくれたことに、すごく感謝しましたし、本当に立ち会ってくれて良かったと思っています。

――初めて赤ちゃんと対面した瞬間は、どんなお気持ちでしたか?

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藤本:実は産後は貧血がひどくて、産まれた赤ちゃんを連れてきてもらっても、とてもじゃないけど抱き上げる力もなかったです。胎盤も大きくって、子宮が収縮していく力も弱く、気を失うくらいで、出産後は半日寝たきりだったんですよ。だから、“母親になった”と実感したのは、もう少し後……初めて授乳した時に「あ! 私、お母さんになったんだ」って思いましたね。よく見る聖母子の絵を、自分がやってるって思って、ちょっとくすぐったいような、照れ臭いような気持ちでした。

――とてもいいお話です。

藤本:あと、これはひとつ言っておきたいんですけど、出産についてちょっと周知徹底されていないことがあると思うんです。

――なにについてでしょうか?

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藤本:産後の痛みです。出産が痛いってことは教わりますけど、産後もこんなに痛いってことは誰も教えてくれなかったですよ! おっぱいも痛いし、会陰切開で縫った傷跡も1か月間は痛みました。産後が痛いということを、なぜ教えてくれなかったの!って、本当に世の中を恨んだくらい(苦笑)。これからお母さんになる人全員に、産後がつらいという現実は伝えておきたいです! コレ、本当に大事なことなのでしっかり記事にしてくださいね!

――ママは産後も大変…でも、すぐに子育てが始まりますよね。回復しきっていない体での赤ちゃんのお世話は、大変だったでしょう。

藤本:そうですね。一番悩んだのは、母乳とオムツ、それに離乳食です。私は母乳が出たので、完全母乳にしましたけど、今振り返って思えばですが、粉ミルクも取り入れて、もうちょっと柔軟にすればよかったなと思います。当時は完全母乳で育てることに、必要以上にこだわってしまって…。うちの子は二人とも体重がなかなか増えなかったので、医師からも「粉ミルクを足した方がいい」って言われたこともあったんです。

――それでも母乳にこだわったんですね。なぜですか?

藤本:産後4か月で仕事復帰したのですが、母親が仕事をするから(仕方なく)粉ミルクにするのは違うんじゃないかなって、自分で“ダメ出し”してしまったんですよね。私が仕事をしているせいで、普通の赤ちゃんと違う環境にしたくなかったので。それで搾乳した母乳を保存して、私が仕事中はそれを飲ませるようにしていました。

――強いこだわりがあったのですね。

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藤本:う〜ん、こだわったというよりは、「赤ちゃんにとっていいと言われていることは全部、完璧にやってあげたい」という親心ゆえにしたことだったと思います。だから一人目のときは「化学物質を使っている紙オムツよりも布オムツの方がいい」と聞いて、(産前は)布オムツで育てようと思ってたんですよ。でも、実際に産んで子育てをしてみて、なんてバカだったんだろうって気付きました。授乳の寝不足でボロボロな体で、布オムツをいちいち洗って干してなんて、とても無理。

紙オムツも、一人目のときは交換サインの色が変わったらすぐに替えていたんですけど、今思えば、あんなに神経質にならなくても別に平気だったんじゃないかって思いますね。母乳やオムツに限らず、子育て全般に言えることですが、二人目の方が、肩の力も抜けてラクにできているって実感します。

 

子育ては、“がんばりすぎないことをがんばる”ことが大事

完全母乳、オムツでの苦労をはじめ、一人目の子育てはわからないことばかりで苦労の連続だったという藤本さん。離乳食作りに悪戦苦闘する中で、やがてがんばりすぎないことの大切さに気付いたと言います。

――さきほど、離乳食でも苦労されたと言われていました

藤本:離乳食ってすごい大変なんですよ! 一生懸命作っても、子どもはなかなか食べてくれないし、私もがんばりすぎて、一時期は病みました。「調味料を使わないで食材そのものの味がいい」って言われていたから、味をつけないで作っていたんですが、あまり食べない。たまに旅行などで外出した時は、さすがに市販のレトルトのベビーフードを使うんですが、そうすると結構食べるんですよ、これが。「なんで私が作ったのはあんまり食べないのに、レトルトはよく食べるの〜!?」って、レトルトの成分表示見たら、しっかり味ついてるじゃないですか(笑)。

――そうですね。そして結構美味しかったりします(笑)。

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藤本:そうそう。そもそも、昔はどこの家庭でも、離乳食なんてわざわざ用意しないで、大人が食べるのと同じものを味噌汁に入れて柔らかくしてから食べさせたり……って感じだったでしょう? 私自身も母にそうやって育てられましたし、そんな適当な食事でも、こんなに立派に育ちましたから(笑)。だから、「なんだ、離乳食そんなに、力まなくてもいいんじゃん」って気付いてからは、がんばりすぎないことをがんばる方が大事だって境地にたどり着きました。

――なるほど。そうやってがんばりすぎない姿勢を、手を抜くこと、ラクをすることと捉え、罪悪感を感じてしまうお母さんもいますよね。

藤本:確かに、世間では「母親は子どものためにがんばるもの」ってイメージがありますけど、がんばりすぎると母親の心の余裕がなくなってしまいます。母親が子育てをがんばりすぎてイライラするより、がんばるのはほどほどにして毎日ニコニコしていた方が絶対にいいと思います。だから「離乳食は絶対に手作り!」みたいに必死になっているお母さんを見ると、今は市販のものでもいいものが売っているんだから、便利なものはどんどん取り入れて、疲れている時はレトルト使っていいと思うし、たまには家族で外食したっていいんだよって言ってあげたい。私も今は本当に適当にしていますよ。幼稚園のお弁当作りだって、キャラ弁なんて絶対に作らないタイプです(笑)。

――最後に、これから妊娠・出産を控えるお母さんたちに、エールをいただけますか。

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藤本:今の時代は、インターネットなどでも子育て情報が溢れていて、この中から正しい情報を拾うのは、すごく難しいなと思います。一番身近な子育ての先輩が自分の親ですけど、30年前とは子育ての常識だって変わってきているし、親も当てにならない。私だって、一人目のときは本当にいっぱいいっぱいで、赤ちゃんが泣き止まないときは、「このまま死んじゃうんじゃないか」って思うぐらい心配でしたから、お母さんたちが追い詰められてしまう気持ちもわかるんです。

今だって、上の子が“プチ反抗期”を迎えていて、しょっちゅうイライラしているんですけど、努めて穏やかに接するようにはしています。男の子なんて中学生くらいになったら、親と口もきいてくれないでしょう。女の子だって、いつかは結婚して家を出て行くし、親子で過ごせる時間はあっという間に過ぎていくんだから、今こうやって親子で会話できること自体が幸せなんです。だから今の時間を大切にしたいって思います。

個人差はありますけど、妊娠中も出産も産後1か月も、絶対つらいです。でも、赤ちゃんだって、ずっと泣いているわけじゃないし、ずっと寝ないわけじゃない。大変な時期は永遠に続くわけではなく、いつか終わることですから、長い目で見て、あまり悩まずに子育てを楽しんでください!

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産後のつらさや、母乳、オムツ、離乳食での悩みなど、等身大の悩みをリアルに語ってくださった藤本美貴さん。その率直で飾らない言葉に、勇気づけられたお母さんたちも多いのではないでしょうか。「私の出産」では、今後も各界で活躍される方の出産体験エピソードをご紹介します。どうぞ、お楽しみに!

 

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【プロフィール】
藤本美貴(ふじもと・みき)
1985年2月26日 北海道出身。4人きょうだいの一番下。2002年に歌手デビュー、モーニング娘6期メンバーとして活躍後、2009年に「品川庄司」の庄司智春さんと結婚。2012年に第一子・長男出産、2015年に第2子・長女出産。第1子の産後にヨガを始め、一般社団法人・グラヴィティヨガ協会認定のヨガインストラクター資格を取得。ママタレとしても活躍し、自著『藤本美貴 First mama book (ファーストママブック)』(セブン&アイ出版刊)のほか、共著に『ミキティが東大教授に聞いた赤ちゃんのなぜ?』 (中央法規出版刊)がある。
藤本美貴オフィシャルブログ
http://ameblo.jp/miki-fujimoto/

 

構成・文/山口幸映
撮影/今井裕治

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