妊娠後期を迎える頃は、いよいよママ・パパになれる日、ずっと会いたいと願っていた我が子と対面できる瞬間が近づき、ワクワクした気持ちが日に日に高まってきますよね。一方で益々大きくなったおなかは張りやすくもなり、活発に動いていた赤ちゃんの胎動が大人しくなったりと、本当に無事に生まれてくるのか不安な気持ちにもなることでしょう。
そこで本記事では、妊娠後期のおなかの張りの原因と気をつけたい症状、受診すべき場合などについてまとめました。
監修は慶應義塾大学名誉教授で産婦人科医の吉村泰典先生です。
妊娠後期はおなかの張りを自覚しやすくなります
妊婦さんのおなかの張りには「生理的要因の張り」と「合併症など病気の時の張り」のふたつがありますが、多くの場合は生理的要因のものと考えられます。特に、おなかがぐっとせり出してくる妊娠後期は、おなかの張りを自覚しやすくなるので、「生理的要因の張り」であるケースがほとんど。
張りが気になるときは30分くらい横になってください
妊娠後期の妊婦さんは、疲れ、ストレス、緊張、便秘などでおなかが張りやすくなることもあります。すこし張るなと思ったら、30分ぐらい横になるなど休んでみてください。それで治まる張りならあまり心配することはありません。
胎動を感じづらくなり、おなかが張る…これ大丈夫?
おなかが張って胎動を感じにくくなると、出産の前兆ではないか、異常の兆候ではないかと考えてしまう妊婦さんは多いかもしれません。でも心配はいりません。
まず妊娠36~37週ぐらいになると赤ちゃんの頭は出産に備えてだんだん下がって固定されたような体勢になってきますから、赤ちゃんは動きにくくなって胎動が減ることがあります(もちろん個人差はありますが)。
そのタイミングで張りを感じたら「なにかあったんじゃないか」「関連性があるんじゃないか」と不安になるかと思いますが、基本的に生理的な要因で張っている限りは心配いりません。
「病気由来の張り」 見分け方は?
「生理的要因の張り」と「合併症など病気の時の張り」の見分け方。これは痛みや出血を伴うか、規則的に張るかどうかが判断基準になります。出血や痛みがなければ、また1日に5~6回ぐらいしか張ることがないなら、基本的には「生理的要因の張り」と考えていいでしょう。
生理的な張りであれば、安静にすごすこと、冷えないようにすること、ストレスの少ない生活を心がけることで症状は軽減されるでしょう。
高齢出産のおなかの張りは注意が必要な場合も
高齢妊娠の場合は、子宮筋腫などの合併症がある確率は高く、子宮の収縮も起こりやすいため、おなかが張ってしまいがち。また、おなかの張りが強いと子宮の出口にある子宮頸管(けいかん)が短くなってしまい、早産になりやすくなります。
経腟のエコー検査で頸管の長さが2センチ以下だったり、子宮収縮が規則的に起きていたりすると、早産の恐れがある「切迫早産」と診断されます。最近は28週以降で切迫早産になって安静のために入院する妊婦さんが7~8%位いると言われています。
ほとんどの場合は、一時入院をして、一定期間点滴を続ければ症状は改善します。入院したことで神経質になる妊婦さんもいますが、退院できたのであれば、医師が「あなたは家で生活できますよ」と判断したことなので、心配することはありません。
妊娠後期、気をつけるべきおなかの張りとは?
妊娠後期のおなかの張りは、多くの場合が生理的に起こるものなので、安静にすることで収まります。しかし、なんらかの病気が原因で張る場合もあるので注意しましょう。
リスクの高い「常位胎盤早期剥離」
妊娠後期の張りで最も緊急性が高いのは、「常位胎盤早期剥離(じょういたいばんそうきはくり)」という病気の場合。胎盤が突然子宮からはがれてしまうために、赤ちゃんの命を維持することが難しくなり、妊婦さんも出血多量で危険な状況になってしまうことがあります。
〈慶應義塾大学病院KOMPASより転載〉
「常位胎盤早期剥離」の症状は
常位胎盤早期剥離の症状は、急な激痛と非常に強いおなかの張り。おなかが板のように硬くなるほど張りが強いのが特徴です。この病気の原因は分かっていませんが、一般には妊娠高血圧症候群があると常位胎盤早期剥離が起こりやすいということは言われています。
おなかの硬さや痛みがいつもと違うなら、迷わず病院へ
常位胎盤早期剥離を早期発見することは難しいとはいえ、妊婦さんの「なんだかいつもと違う」の一言で、常位胎盤早期剥離が発覚することも。実際、「なんとなく気持ちが悪い」と胃腸の不調を訴えている妊婦さんを調べてみたら、常位胎盤早期剥離が見つかることもあります。
また出産前になると胎動は収まってきますが、妊娠38週でも赤ちゃんは1時間に1回ぐらいは必ず動きますので、妊婦さんはその動きに注意してください。
常位胎盤早期剥離にはいろいろなパターンがあるので、出血のあるなしにかかわらず、おなかの硬さや痛みがいつもと違うと感じたらすぐに病院に行ってください。
日本は世界でもっとも安心・安全に出産できる環境が整っています
会社などで働きながらマタニティライフを送っている妊婦さんも多いと思います。仮に職場で張りを感じたら、すぐに仕事を中断して、安静にしてください。それでも張りが続くなら病院に行ってください。
仕事中に病院に行くのは気が引ける…という方
まず大切なのは妊婦さん自身のからだのことです。気にする必要はありません。男女雇用機会均等法(※1)では、事業主は妊娠した従業員の健康を守るために適切な措置を講じなければならないと定められています。これは医師が認めた場合には、勤務時間の短縮や休業が保証されるというものです。
ほとんどの母子手帳にこの制度を使うための「母子健康管理指導事項連絡カード」がついていますから、必要になったら医師に記入してもらって職場に申請してください。また日本ではこうした妊娠中の疾患にも健康保険が適用されることになっています。
日本は周産期死亡率が非常に低い国
厚生労働省が平成30年に発表した資料(※2)によると、妊娠満28週以後の1000件の出生に対する死亡率(周産期死亡率)は日本の1.7に対して、アメリカは2.9、ドイツは3.8となっています。つまり日本は、周産期の母子の健康管理が非常に手厚く行われている世界でも数少ない国のひとつなのです。
最後に吉村先生から妊婦さんにメッセージをいただきました。
「妊娠中のおなかの張りは気になるとは思いますが、生理的なものがほとんど。ちょっと横になれば治まるならあまり気にしなくてもいいです。ごくまれに注意しなければならない疾患が潜んでいることもありますので、いつもと違うようだと感じるときは迷わずかかりつけのお医者さまに相談してください。もしなんでもなかったとしても(生理的な張りだったとしても)、医者は『こんなことで病院に来るなんて』などとは決して思いません。
日本は世界でもトップレベルで、安心して出産できる国です。ですから妊婦さんは安心して妊娠期をすごしてもらいたいと思います。そして生まれてくる赤ちゃんを元気で迎えてください」
1949年生まれ。日本産科婦人科学会理事長、日本生殖医学会理事長を歴任した不妊治療のスペシャリスト。これまで2000人以上の不妊症、3000人以上の分娩など、数多くの患者の治療にあたる一方、第2次~第4次安倍内閣では、少子化対策・子育て支援担当として、内閣官房参与も務める。「一般社団法人 吉村やすのり 生命の環境研究所」を主宰。