佐藤真海さん×吉村やすのり先生 
出産直前対談!(後編)
「妊娠中の体のメカニズムってすごい!
いろいろ適応するので驚きの連続でした」

2020年東京オリンピック・パラリンピックの招致委員会プレゼンターとして、世界中の人々の心を動かした女子走り幅跳び選手の佐藤真海さん。昨年9月に結婚され、間もなく第1子が産まれます。「もう、明日にでも産んでいい状態」という佐藤さんと、産婦人科医の吉村先生の対談が急きょ実現。出産を控えた佐藤さんが知りたいこと、また子どもを産んだ直後のことで聞きたいことなどを吉村先生にぶつけていただきました!

(対談実施日:2015年4月22日)

吉村:妊娠中はどんな運動、トレーニングをされたのですか?

佐藤:安定期に入るまでは控えめに体を動かす程度でしたね。トレーナーさんと相談しながら筋力トレーニングを継続して。それと軽いジョギングを体調に合わせて3~5kmの間で。もともと走り幅跳びは短距離種目なので長い距離はあまり走りません。ゆっくり走る練習などはほとんどしてこなかったので、むしろ妊娠中に長い距離が走れるようになりました(笑)。日記を読み返したら、7か月目あたりで「初めの頃より楽になってきた」と書いてありましたね。

吉村:そうですか。

佐藤:5か月、6か月の頃は心拍数が上がりやすく、走り始めが息苦しかったんですね。でも5分くらいすると落ち着いていき、そこからはゆっくりペースで走りました。

吉村:いいことに気づきましたね。それは妊娠5か月、6か月あたりは血流量がいちばん増える時期だからです。つまり、心臓に負担がかかる時期。息苦しくなるのは当然のことなんですよ。循環血液量が1.5倍になりますから。

佐藤:そう、妊娠中って脈が上がりますよね。普段の脈拍は60~70ぐらいですけど、妊娠したら80後半ぐらいになっていることもあります。

吉村:赤ちゃんに対して、血液を送るために心拍数も上がるわけです。人間が3kgの命をお腹の中に宿すということは、やはり大変なことなんです。

佐藤:そうなんですね! 妊娠中のエクササイズに関する詳しい情報がなかなかなくて……。自分で体を動かしながら、試行錯誤しながらおこなっていました。

吉村:ふつうは8か月か9か月ぐらいになると、お腹が大きくなり、体が重くなってもう走れなくなります。

佐藤:私の場合、8か月目に入ってから“きゅっ”とお腹が張りはじめたんですね。そういうときは無理せず走るのをやめて、歩きにして。あと家にエアロバイクがあるので、エアロバイクを漕いでいました。それが、体のむくみ防止にもなっていたみたいです。夜シャワーを浴びる前に20~30分ほど漕いでとか。さすがに妊娠後期になると、姿勢がつらくなってきて控えています。5か月目ぐらいからは水泳も取り入れ、臨月までできました。

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吉村:水泳は体に負担がかからないから非常にいいです。水の中で手足を動かすだけでも。

佐藤:ただ、冷えがよくないと言われて……。

吉村:水泳をやったからといって体が冷えることはないと思いますよ。血流の問題ですから。適度なスイミングであれば、冷えの心配はいりません。

佐藤:そうなんですか!? 

吉村:妊婦水泳(マタニティスイミング)をやる人はけっこういますから。

佐藤:最近まで泳いでいたのですが、冷えが原因で陣痛がくる前に破水したら……と心配もありまして。

吉村:心配いりません。破水はそういうことではなく“感染”によって起こるものだから。別に佐藤さんが何に気をつけていたって、破水するときは破水します。だから水泳したことで体が冷えて破水するとうことはありません。

佐藤:もう少し続けても問題なかったんですね。運動に関しては、トレーナーさんにこれまで通りついてもらって、体幹を鍛えたり、筋トレしたりして、なるべく体力と筋力を落とさないようには心がけてきました。アメリカの『The Pregnant Athlete』という英語の本も読んで参考にして。「海外では、妊娠してもやっている人はやっているんだ」と思って。決して無理はせず、追い込まず。幸い、お腹も大きくポンとは出なかったので、トレーニングも長く継続できたほうかなと思います。もちろんこれまでのトレーニングの積み重ねがあってのことなので、すべての人の参考になるものではないかもしれませんが。

吉村:それはよかったですね。そういうアスリートのための周産期医療というか、情報は大事ですよね。

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佐藤:今、生涯スポーツということで、お年寄りにもスポーツをすすめる時代なのに、日本には妊娠期の運動の情報がないことにびっくりしたんです。私はもちろん、アスリートとしてというのもありますが、アスリートでなくても、趣味としてトレーニングを続けたい、やりたいという方は大勢いらっしゃるはず。妊娠してから9か月間、家に閉じこもって食べてばっかりでは、心身ともによくないと思いますし。私も手探りで臨月まできましたが、月ごとに変化していく体と相談しながらでした。でも、それが正しかったのかどうかわからないままだったので、今日、吉村先生にお話をうかがえてすっきりしました。ところで先生、走ったときとかに、赤ちゃんも揺れるじゃないですか。そういうのは大丈夫なんでしょうか?

吉村:大丈夫です。もし、佐藤さんが交通事故に遭って車とぶつかったとしますよね。骨折したとします。けれども、赤ちゃんは大丈夫なことが多い。要するに、羊水のなかに“ほわっ”と浮いているわけですから、羊水によって守られているんです。お母さんがケガしても、だいたい赤ちゃんは大丈夫なことが多いです。

佐藤:そんなに丈夫なんですね。

吉村:ただね、へその緒がつながっている母体が病気にかかったりすると弱いです。「早産になる」というときは「赤ちゃんが早く出てきたい」ということ。お母さんのお腹の中の居心地がよくないというメッセージです。今いる環境が危険だから、私は早く出たいということ。それが早産。そういうのがないというのは、逆をいえば「まだ赤ちゃんはお腹の中にいていい」という証拠。

佐藤:人間の体って、本当によくできていますよね。妊娠中の女性の体のメカニズムって、すごいなぁというか、強いなということを実感しました。いろいろ適応していくし、今日まで驚きの連続でした。

吉村:ところで、これまでアスリートとして競技を続けてこられたけど、月経不順になることはなかったですか?

佐藤:そうですね、ちょっと早すぎたり遅れたりという多少の乱れはありましたけど、止まったことはありませんでした。

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吉村:女性のスポーツ選手には、月経異常の方が多いですよね。思うのですが、日本のアスリートはこの問題について考えなければいけないですね。産婦人科医がスポーツ選手とコーチの間に入って、月経を含めた体調管理をしていかないと。ヨーロッパなどでは8割ぐらいの女子選手がピルを飲んだりして、月経をコントロールしています。というのも、月経の前は当然調子が悪くなるわけです。記録も出ない。それから、日本で長距離を走る陸上の女性選手などはとくに、体重制限などから月経が止まってしまい、その結果女性ホルモンが不足して疲労骨折を繰り返し問題になっています。女子マラソン選手の8割で生理がないという調査結果もあるぐらいです。

佐藤:マラソン選手は体脂肪が非常に少ないですものね。

吉村:そうなんです。体脂肪が10%以下になると、月経が止まります。これではやはり、女性のアスリートは生涯にわたって幸せではいられません。

佐藤:コーチとの関係性でも、言いづらかったりすることもあるかもしれません。

吉村:陸上のコーチの中には、「月経はないぐらいがいいんだ」なんていう人もいらっしゃると聞きます。一方、外国人の女性アスリートがちゃんと力を発揮できるのは、きちんと月経と向き合っているから。ふつうの月経周期だったら、月経前は必ず体が重くなります。これは月経前症候群(PMS)という病名があるくらいで、体調が崩れるんです。体全体がむくみ、気分がふさぐ。そういうことを考えると、体調は月経が終わった直後がいちばんいいはずなんです。体が軽くなるから。月経直後が体調も安定するんですね。そういう時に自己ベストが出せることを海外の選手は知っています。日本でも、ママさんアスリートには取り組んでもらいたいんです。

元女子柔道選手の山口香さん(ソウルオリンピック銅メダル)が、この問題について深い見識をお持ちです。これからの若い女性アスリートには、積極的に教えていかなければならないと、産婦人科学会と一緒になってやっていただいています。

佐藤:月経によって練習メニューや負荷を変えなければなりませんしね。幸い私はコーチやトレーナーとも話せましたが、そういうことを話せる人、話せない人ってやっぱりいるでしょうね。

吉村:産婦人科医には話せても、まわりの男性には話せないことって、どうしてもありますからね。だからこれから先、女性アスリートがママになってからも末長く活躍するためには、どうなっていけばいいのだろうということを、ぜひ佐藤さんにも考えてもらいたいなと。

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佐藤:はい。女子選手の指導環境が改善されたり、グローバルスタンダードが啓発されたりすれば、日本の女性の選手生命が長くなりますよね。若い選手にとっても、結婚や出産なども含めた長期的視野に立った目標も描きやすくなります。今でも、妊娠したら競技を引退すると考える女性アスリートは多いのではないでしょうか。海外だと、オリンピック選手も、妊娠して、ちゃんと次のオリンピックに戻ってくる選手がふつうにいるんですよね。そしてメダルも獲ってと。

吉村:そういう選手が海外には大勢いますよね。でも、日本にほとんどいない理由は、やはりパートナーのサポートが得られにくいなどの社会事情が原因だと思います。海外では男女平等の意識がはっきりしていますので、妻の活躍のために男性がしっかりサポートします。ですので、佐藤さんも旦那さんにサポートをしてもらいつつ、体調管理については、産婦人科なりクリニックなりに必ずアドバイスしてもらいながら、子育てしたほうがいいと思いますね。

佐藤:はい、初めてのことなので、私自身もどう変わっていくかよくわからないので。

吉村:たとえば、母乳で育てたいと思っていますか?

佐藤:はい、あげたいなと思っています。母乳は栄養価が高いと聞きますし、赤ちゃんへの免疫にもなるというので。

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吉村:そうです。最低3か月から半年ぐらいが理想ですね。半年間授乳している間は、多くの場合月経はきませんからね。母乳をやめて、また競技を始めるとなったらピルを飲んで、今度はピルで月経周期を調節します。そうしてあげることで、それまでに酷使した卵巣が休まり、子宮が整います。それから半年くらい、つまり1人目の子どもが1歳になったら、ピルの服用をやめてまた2人目を作る。そういうことを考えておいたほうがいいと思います。もし早めに2人目が欲しいのであれば。やはり、計画性ってすごく大事。子どもは授かりものだとは言いますが、佐藤さんの場合は出産後にアスリートとして復帰するという目標がありますから。逆算して、いつ頃に妊娠するとベストだとか、計算していかなければなりません。

佐藤:1年くらいは空けるのが理想なのでしょうか?

吉村:1年空けなくても大丈夫ですよ。ただ、生理は母乳をやっていたら戻りません。たとえば6か月、母乳をあげつづける間は、ふつうは戻ってきません。母乳をやめたら生理は戻ってきますが、卵巣の状態を回復させるために、ピルで排卵を止めて月経を調節するのです。ピルによって、卵巣が十分休息をとれば、また生理周期のリズムをとれるようになります。そして、ピルをやめる頃には、卵巣機能は戻っていますから、また妊娠することができます。

佐藤:なるほど。それはアスリートだけでなく、早めに2人目をと考える方にも必要な情報ですね。母乳をあげるのは半年ぐらいで大丈夫ですか?

吉村:母乳をあげることは、栄養面だけでなく、やはり母児の接触という意味でも大切です。6か月ほどは母乳をあげてはいかがでしょうか。でも、その間も運動をしなければならないですよね。アスリートとしての体力も戻していかなければなりません。母乳をあげるということは、お乳のほうにどんどん栄養がいってしまいますから、そういう意味ではお母さんが栄養不足状態になることも覚えておいてください。

佐藤:はい、そのためには長期的な計画を立てておいた方がいいですね。

吉村:乳離れに時間がかかる赤ちゃんもいますから、そういう場合は無理しなくていいですけどね。断乳したらピルを飲む。半年ぐらいピルを飲んで、子どもを妊娠したくなったら、ピルの服用をやめればいいのではないでしょうか。

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佐藤:なるほど、初めて聞くお話でとても勉強になります。2020年に何がなんでも、というよりかは、スポーツは私の人生にとって欠かせないものでもあるので、チャレンジしてみたいなと思っています。

吉村:5年後に5歳になるお子さんと、東京オリンピック・パラリンピックを一緒に迎えたいでしょう?

佐藤:とても楽しみです。5歳であれば家族で一緒に会場に見に行ったりして、その感動は一生残るでしょうね。それまでの過程の中で、アスリートとしても育児と両立しながら家族でがんばってみる、というのもまたいいかなと夫とも話しています。

(終わり)

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【プロフィール】
佐藤真海(さとう・まみ)

1982年、宮城県気仙沼市生まれ。2000年、早稲田大学商学部入学。在学中に骨肉腫を発症し、義足となる。リハビリとともに陸上競技を始める。2004年、早稲田大学商学部卒業後、サントリーに入社。2004年アテネパラリンピックから、2008年北京、2012年ロンドンと3大会連続でパラリンピックに走り幅跳びの選手として出場。2013年9月、2020年東京オリンピック・パラリンピック招致委員会プレゼンターを務める。

サントリーホールディングス株式会社では、CSR推進部で次世代育成プログラムの運営に取り組むほか、パラリンピックのすばらしさを広めるために講演やイベント出演もおこなっている。

 

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