性感染症である「梅毒(ばいどく)」が急増しています。国立感染症研究所の報告によると、2024年の年間報告数(暫定値)は1万4663人となり、過去最多を記録した2023年(1万4906人)に次ぐ高水準となりました。10年前(2014年)と比較するとその数は約9倍近くに上り、特に20代の女性での感染が目立っています。さらに深刻なのが、赤ちゃんが感染して生まれてくる「先天梅毒」の増加です。2023年には37人の赤ちゃんが先天梅毒と診断され、これは1999年以降で最多の数字となりました。
「『今はいい薬があるから、妊娠中に治療すれば大丈夫』という認識は、変えた方が良いかもしれません。最新のデータでは、薬を飲んでいても赤ちゃんへの感染を防げなかったケースも報告されています。梅毒は、皆さんが思っている以上に、赤ちゃんにとって脅威となる病気となっています」
産婦人科医の吉村泰典先生はそう警鐘を鳴らします。本記事では、梅毒を中心とした性感染症対策について、パートナーと共有したい具体的なアクションを整理します。
- 【この記事でわかること】
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Q. なぜ今、妊婦さんの梅毒対策が重要なの?
A. 若い世代で感染が急増しており、気づかないまま妊娠すると、赤ちゃんに障害が出る「先天梅毒」のリスクがあるためです。
Q. 妊娠中に感染がわかったら、どうすればいい?
A. 早期治療が鉄則です。しかしながら、従来の飲み薬では先天梅毒を防げなかったというデータもあります。「治療すれば100%安心」とは言えません。
Q. 梅毒はどうやって感染するの?
A. 主に性行為による「粘膜や皮膚の接触」で感染します。
Q. コンドームで梅毒は予防できる?
A. 粘膜や皮膚の接触でも感染するため、コンドームだけでは完全には防げません。パートナーと一緒に検査を受けることが確実な予防策です。
まずはここをチェック! 見逃したくない「からだからのサイン」

梅毒などの性感染症は、初期症状に気づきにくいことがありますが、からだにサインが出ている場合もあります。まずはご自身に次のような症状がないか、チェックしてみましょう。もし当てはまるものがあれば、すぐに主治医に相談してください。
✔外陰部や口唇に「しこり」や「潰瘍(びらん)」ができた
痛みがないことも多いのが梅毒の特徴です。「痛くないから平気」と思わず、できものがあれば受診を。
✔手のひらや足の裏、体に「赤い発疹」が出た
感染から数か月経つと、全身に発疹が出ることがあります。痛みやかゆみがない場合もあります。
✔足の付け根(リンパ節)が腫れている
しこりのような腫れを感じたら、炎症のサインかもしれません。
ここで注意したいのは、梅毒は「無症状の期間」が長い病気だということです。サインが出ていなくても、感染している可能性はゼロではありません。つまり「症状がないから大丈夫」とは限りません。だからこそ重要になるのが、全員が受ける「妊婦健診」なのです。
健診で見つかる「梅毒」 早期発見が赤ちゃんを救う

妊娠初期の健診では、必ず梅毒の血液検査が行われます。これは、お母さんの健康はもちろん、「先天梅毒」という赤ちゃんへの感染を防ぐために必要な検査だからです。
知っておきたい「偽陽性」について
妊娠中はホルモンの影響などで、実際には感染していないのに検査で「陽性」と反応してしまうこと(偽陽性:ぎようせい)が比較的多くあります。健診で「陽性」と言われても、即座に感染確定ではありません。まずは落ち着いて、医師の指示に従い、より詳しい精密検査を受けましょう。
梅毒の治療法と、知っておくべき「現実」
もし精密検査で感染が確定した場合、どのような治療が行われるのでしょうか。そして、そこにはどのようなリスクがあるのでしょうか。
治療の基本は「抗菌薬」です
梅毒は「梅毒トレポネーマ」という細菌による感染症ですので、治療にはペニシリン系の抗菌薬(抗生物質)が使われます。現在は主に2つの選択肢があります。
1:飲み薬(内服薬)
長年日本で使われてきた治療法です。数週間〜数か月間、毎日薬を飲み続けます。
2:筋肉注射(ステルイズ)
2021年から日本でも使用可能になった世界標準の薬です。早期梅毒なら1回、後期梅毒でも週1回×3回の注射で治療が完了します。血液中の薬の濃度を長く維持できるのが特徴です。
「おなかの赤ちゃんへの影響が少ない薬を使用しますので、医師の指示通りにしっかりと治療を続けてください。症状が消えても菌が残っていることがあるため、自己判断でやめずに飲み切ることが大切です。完治すれば、経腟分娩(自然分娩)も母乳育児も問題なくできます」(吉村先生)
「治療すれば100%安心」でもありません
これまで主流だった「飲み薬」による治療ですが、日本産科婦人科学会などの調査によると、約14%のケースで先天梅毒(流産・死産・障害を含む)の発生を防げなかったといいます。
「『薬を飲んでいるから大丈夫』というわけではないのが実態です。飲み薬では、お母さんの体内の菌を完全に抑え込むのに時間がかかったり、赤ちゃんに届く薬の量が不十分だったりすることがあるためです。そして調査で明らかになった14%が先天梅毒になるという事実を忘れてはいけないと思います」(吉村先生)
そのため、現在では予防効果の高い「注射薬」が第一選択になりつつありますが、効果が高い治療には別のリスクも伴います。副作用のリスクです。治療開始から数時間以内に、39度前後の高熱や悪寒、体の痛みが急激に起こることがあるのです。
「問題なのは、母体の高熱や炎症反応によって『子宮収縮』が誘発され、赤ちゃんの元気がなくなったり、最悪の場合は流産や早産につながったりする危険性があることです。 『治療をしたせいで陣痛が来てしまった』という事態を避けるため、特に注射薬での治療を行う際は、赤ちゃんの心拍を確認しながら慎重に進める必要があります。初回治療は入院が望ましいとされています」(吉村先生)
意外に多い 梅毒感染の“落とし穴”

この梅毒流行のなか、どうしたら感染を防げるのでしょうか。梅毒対策で知っておきたいのが、「どうやって感染するのか」という正しい知識です。
「梅毒は、性行為(オーラルセックスを含む)による粘膜や皮膚の接触で感染します。よく『コンドームを使えば大丈夫』と思われていますが、梅毒に関してはコンドームで覆われていない部分の皮膚からも感染するため、残念ながら『コンドームだけでは完全には防ぎきれない』という特徴があります」(吉村先生)
盲点になりやすい「ピンポン感染」
妊娠中の対策として、吉村先生が特に警鐘を鳴らすのが、パートナーとの間での「うつし合い(ピンポン感染)」です。
「たとえば、妊婦さんの感染がわかって治療し、一度は完治したとします。しかし、もしパートナーも感染していて、パートナーが未治療のままだった場合、性生活を再開すると妊婦さんが『再感染』してしまうのです。妊娠後期に再感染すると、赤ちゃんへのリスクが再び高まってしまいます。だからこそ、性感染症対策はパートナーとともに『カップル単位』で取り組まないと意味がないのです」(吉村先生)
パートナーと実践! 「再感染防止」の3ステップ

自分と赤ちゃんを守るためには、パートナーの協力が不可欠です。もし検査で陽性が出た場合や、少しでも不安がある場合は、次のステップで確実に対処していきましょう。
STEP 1:パートナーも必ず検査を受ける
妊婦さんが陽性だった場合、パートナーも感染している可能性があるため、症状がなくても、必ず泌尿器科や性感染症内科で検査を受けてもらいましょう。
「『前に気になる症状はあったけど、今は症状がないから大丈夫』というのは通用しません。梅毒の厄介な点は、症状が出ても治療しなくても自然に消えてしまう時期があること。つまり、症状が消えているけれども、治ってはいない状態があるということです。だからこそ無症状のまま感染を広げているケースが多いのです」(吉村先生)
【注意👉 感染直後は検査に出ないことも】
感染してから検査で陽性と出るまでには数週間かかります(空白期間)。もしパートナーが「陰性だった」としても、直近で心当たりがある場合は、時期をずらして再検査が必要になることがあります。
STEP 2:結果が出るまでは性行為を控える
お互いの「陰性」が確認されるか、治療が完了して医師からOKが出るまでは、性行為(オーラルセックスを含む)を控えるのが鉄則です。
「ここで我慢できずに再感染してしまうケースが少なくありません。赤ちゃんを守るための『期間限定の我慢』と割り切って、協力し合いましょう」(吉村先生)
【注意👉 治療中はコンドームでもNG】
「治療中でもコンドームをつけていれば、性行為をしても大丈夫」というのは間違いです。治療中は、キスを含めたすべての粘膜接触を避けてください。
STEP 3:治療後は「治癒確認」まで油断しない
薬を飲み終えても、すぐには安心できません。血液検査の数値が下がり、医師が「治癒した」と判断するまでは、定期的な通院が必要です。
【注意👉 判定には時間がかかります】
内服終了後、検査数値が下がって「治癒」と診断されるまでには数か月かかることもあります。「薬を飲み終わった=完治」ではないので、医師がいいと言うまで自己判断で通院をやめないでください。
言い出しにくいときは? 相談のヒント

“パートナーに検査に行ってほしいけど、浮気を疑っているようで言いにくい…”
そんな悩みを持つ方もいるかもしれませんが、「陽性=浮気」とは限りません。梅毒は、感染しても症状が出たり消えたりを繰り返し、無症状のまま数年、時には数十年も体内に潜伏することがあります。つまり、妊娠を機に見つかったとしても、それが「最近の感染」とは限らないのです。
結婚前のパートナーから感染し、気づかないまますごしていたものが、たまたま今回の検査で見つかっただけ、というケースも珍しくありません。
「感染時期を特定することは医学的にも困難です。だからこそ、『これから生まれてくる赤ちゃんを、安心して迎えるための準備』だと伝えてみてはどうでしょうか。『妊娠中の検査で、パートナーの確認も勧められたから、念のために2人でチェックしておこう』と、病院の方針という形で切り出すのもひとつの手です」(吉村先生)
また、保健所では匿名・無料で検査を受けられるところも多くあります。病院のハードルが高い場合は、こうした公的なサービスを利用するのもいいでしょう。
正しい知識を持ち、パートナーと手を取り合うことは、赤ちゃんを守るための何よりの『お守り』になります。不安なときは一人で抱え込まず、医療スタッフやパートナーを頼りながら、新しい家族を迎える準備を整えていきましょう。元気な赤ちゃんとの対面は、もうすぐそこです。

- 【監修】吉村泰典(よしむら・やすのり)
- 慶應義塾大学名誉教授 産婦人科医
1949年生まれ。日本産科婦人科学会理事長、日本生殖医学会理事長を歴任した不妊治療のスペシャリスト。これまで2000人以上の不妊症、3000人以上の分娩など、数多くの患者の治療にあたる一方、第2次~第4次安倍内閣では、少子化対策・子育て支援担当として、内閣官房参与も務める。「一般社団法人 吉村やすのり 生命の環境研究所」を主宰。









