妊娠すると、いつもは気にしない程度の風邪や、まわりで流行している感染症にも敏感になりますよね。「赤ちゃんに影響があったらどうしよう」「妊娠中にワクチンって本当に大丈夫?」と不安になるのは、とても自然なことです。
産婦人科医の吉村泰典先生は、妊婦さんが感染症を考えるうえでの“いちばん大事な目線”について、こう話します。
「妊娠中の感染症で本当に気をつけたいのは、ママが重症化しやすくなることと、赤ちゃんにうつる母子感染の2つです。ここをきちんと押さえておけば、必要以上に怖がる必要はありません。そのためには、妊娠してから慌てるのではなく、妊娠前からできる備えをしておくことが大切なんです」
情報が多い今の時代、気をつけるべきことがありすぎて、何をしていいのかわからなくなってしまいがちです。でも、ポイントをしぼって、できる対策からやることが基本です。この記事では、妊娠前・妊娠中・家族でできることを時間軸で整理しながら、最新の知見を含めた対策についてまとめていきます。
- 【この記事でわかること】
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Q. どうして妊娠中の感染症は気をつけるべきなの?
A. 妊娠中は免疫のバランスが変化するため、一部の感染症で重症化しやすく、赤ちゃんへの「母子感染」にも注意が必要なためです。
Q. プレママの感染症対策は、まず何を優先すればいいの?
A.「妊娠前の生ワクチンで免疫をつくる」「妊娠中の不活化ワクチンで重症化を防ぐ」「家庭にウイルスを持ち込まない工夫」の順で考えると整理しやすいです。
Q. 妊娠する前にしておいた方がいいことってある?
A. 麻疹・風疹などの抗体検査と、必要な場合のワクチン接種です。 妊娠中は生ワクチン(麻疹・風疹・おたふく・水痘)が打てないため、妊娠前に抗体をつけておく必要があります。接種後は約2か月の避妊期間が必要になるので、妊活を始める前の早めの確認がおすすめです。
Q. 妊娠中でも受けられるワクチンは?
A. インフルエンザや新型コロナに加え、赤ちゃんを守るための「RSウイルスワクチン」も推奨されています。
- ※本記事について この記事は、日本産科婦人科学会や厚生労働省のガイドライン、および監修医の医学的見解に基づき、現在推奨されている標準的な医療情報を中心に紹介しています。
ワクチン接種には様々な考え方があり、特定の行動を強制するものではありません。
ご自身の体調や状況に合わせて、かかりつけ医と相談しながら判断するための「判断材料の一つ」としてお役立てください。
- ※本記事について この記事は、日本産科婦人科学会や厚生労働省のガイドライン、および監修医の医学的見解に基づき、現在推奨されている標準的な医療情報を中心に紹介しています。
ウイルス感染症の予防は“ワクチンが中心”となります

妊娠中は、赤ちゃんを育てるために免疫のバランスが変わります。その結果、インフルエンザや新型コロナウイルスなど一部の感染症では、妊婦さんのほうが重症化しやすいことがわかっています。
さらに気にすべきは「母子感染」です。ママが軽症でも、感染症の種類や妊娠週数によっては、胎盤などを通じて赤ちゃんに影響が出ることもあります。そのため吉村先生は、「重症化」と「母子感染」の2点にしぼって対策を考えましょう、と話します。
「もちろん手洗いやマスクなども大切ですが、“予防の基本”になるのはワクチンです。抗ウイルス薬もあるんですけど、 “予防”となるとワクチンしかありません」(吉村先生)
先生が「ワクチンしかない」と語るには、医学的な理由があります。まず、ウイルスの薬(抗ウイルス薬)は、かかってしまったあとに増えすぎないよう抑える薬であるということ。つまり、熱が出たり検査で陽性になった“あと”に効いてくるものです。インフルエンザにおけるタミフルや、コロナの治療薬がその例ですね。
一方で、ウイルスはからだに入ってから増えるスピードが速く、症状が出たころにはすでにからだの中で戦いが始まっています。
「ワクチンを打つと、免疫が働いてからだの中に抗体が作られます。だからこそ、ウイルスが体内に入ってきたときに“戦える状態”を先に仕上げておいた方がいいということなのです。いわばワクチンはからだの免疫に予行演習をさせるようなもの。それにより重症化も母子感染も防ぎやすいというわけです」(吉村先生)
ワクチンの副反応をどう考えればいいでしょうか?

ここで多くのママが気になるのが、ワクチンの副反応のことだと思います。吉村先生も、その不安を正面から受け止めたうえで、こう説明します。
「ワクチンは、そもそもからだに“免疫の反応”を起こさせるために打つもの。ですから、打ったあとに熱っぽくなったり、腕が腫れたりするような反応が“まったくゼロ”ということはありません。いわゆる副反応というのは、その免疫反応が少し強めに出るとか、期待している効果とは別の方向でからだが反応することを指します。感染して重症化したり、赤ちゃんに影響が出たりするリスクに比べると、ワクチンによる不利益は小さい、ということをご理解いただきたいですね」(吉村先生)
なお、妊娠中のインフルエンザやコロナのワクチンは、これまでに何万人、何十万人という妊婦さんのデータをもとに検証され、妊娠経過や赤ちゃんへの悪影響が増えないこと、そしてママの重症化リスクを下げることが確認されています。重い副反応も非常にまれと報告されています。しかし一方で、そうした報告とは正反対の情報も存在していることも事実。このあたりは、どう考えればいいのでしょうか?
「医師や専門家と言われる方でもワクチンの危険性を主張されている人もいるので、一般の方が迷うのは当然かもしれません。そうした主張をすべて誤情報と言い切るのは乱暴だと思いますが、それらの多くは“限られたケースや体験に基づくもの”を論拠としているように見受けられます。迷ったときは、“たくさんの人のデータで確かめられた結果”を基本としつつ、気になる情報はかかりつけ医に聞いてみて、一緒に整理するのがいちばん安心だと思います」(吉村先生)
妊娠前に済ませておきたい予防接種は?

次に知っていただきたいのは、“いつ、どのワクチンを打てるか”です。まず抑えるべきことは、妊娠中は弱毒生ワクチン(生ワクチン)を原則接種できないということ。生ワクチンは、ウイルスを弱めた形でからだに入れ、免疫をつくるタイプのワクチン。効果が高い半面、妊娠中は「避ける」という考え方が基本になっています。
「つまり、生ワクチンで防ぐ感染症は、妊娠前に免疫をつくっておく必要があります」(吉村先生)
妊娠前に特に意識しておきたい感染症として、次の4つが挙げられます。
「麻疹、風疹、おたふく、そして水痘。この4つは生ワクチンで予防する感染症ですが、妊娠中にかかると赤ちゃんに先天性の病気を起こし得るんです。だから、お母さんが気をつけなくちゃいけないのはこの4つなのです」(吉村先生)
麻疹・風疹はMRワクチンで、おたふくと水痘はそれぞれ別の生ワクチンで予防します。まずは妊娠前に抗体価(免疫がどれくらい残っているか)と接種歴を確認し、必要があれば追加接種しておくのが基本です。
「ワクチンの効果はずっと続くわけではなく、年数とともに抗体価が下がることがあります。風疹は下がりやすいので、妊娠前にちゃんと確認しておくのが大事ですよ」(吉村先生)
生ワクチンを打ったあとは、2か月間の避妊が必要です。だからこそ、妊活の計画とセットで、早めにかかりつけ医に相談しながら「今の自分に必要なワクチン」を整理しておくと安心ですよ。
妊娠中にできること 不活化ワクチンで重症化予防を

妊娠中に接種できるのは、不活化ワクチンです。不活化ワクチンは、ウイルスの働きを止めたもの(あるいは一部だけ)を使って免疫をつくるタイプ。からだの中で増えることはないので、妊娠中でも基本的に接種できます。
「妊婦さんの重症化予防として特に大事なのは、インフルエンザと新型コロナです。この2つの感染症は、妊娠中にかかると肺炎などで重症化しやすく、入院や早産につながるリスクが上がることがわかっています。ですから流行前にワクチンを打つことを勧めます。日本産科婦人科学会も“妊娠中のどの時期でも接種できる、流行前の接種が推奨”という立場です」(吉村先生)
なお、コロナワクチンに関しては、流行状況が落ち着いてきたこともふまえ、学会の最新の考え方は「すべての妊婦さんに一律で必須」とまでは言わないものの、基礎疾患がある方や重症化リスクが高い方、流行期に妊娠後半を迎える方などは“特に前向きに検討してほしい”という立場となっています。接種を迷われている場合は、ご自身の体調や流行状況も含めてかかりつけ医と一緒に優先度を整理するのがいちばん確実です。
さらに、2024年から新たに加わった重要な選択肢として「RSウイルスワクチン(アブリスボ)」があります。これは妊婦さん自身のためというよりは、おなかの赤ちゃんを守るためのワクチンです。
「RSウイルスは、生まれて間もない赤ちゃんがかかると肺炎などを起こしやすいウイルスです。妊娠28週から36週ごろにママがワクチンを打つことで、ママのからだでつくられた抗体が胎盤を通じて赤ちゃんに届きます。これによって、赤ちゃんが自分で免疫をつくれるようになるまでの『生後6か月ごろまでの期間』を守ることができるのです」(吉村先生)
家族と一緒に「妊娠を守る」ことが大切です

手洗いやマスクなど日常の工夫も大事な妊娠期の感染症対策となります。しかしこれらの予防法は、妊婦さんひとりの努力で完結するものではありません。
「妊婦さんだけじゃなくて家族の協力がないと無理です。家族全体が“みんなで妊娠を継続していく”という意識を持ってほしいと思いますね。パートナーの理解も必要ですし、1人で全部抱えようとすると、つらくなっちゃいますから」(吉村先生)
ワクチンで防げる大きなリスクを減らし、日常の工夫で残るリスクを小さくしていく。その“基本”を家庭全体で共有できるかどうかが、安心して妊娠を続けるうえで大切なポイントになります。
そしてもう一つ、妊婦健診の感染症検査の考え方も押さえておきましょう。健診で調べるのは、「調べてわかったら対処できるもの」が中心です。
先生は検査の狙いをこう説明しています。
「たとえば梅毒、B型・C型肝炎、HIV、風疹、GBS(B群溶連菌)などは、妊娠中に検査し、必要があれば治療や分娩時の対応で赤ちゃんへの影響を減らせます。一方で、妊娠中に全員が必ず検査するわけではない感染症もあります。だからこそ、妊娠前のワクチン接種や、家庭での感染症に対する理解が“大切となります」(吉村先生)
感染症対策は「妊娠前からの備え」と「妊娠してからの心がけ」、そして「健診と家族の支え」が組み合わさってはじめて、現実的な守りになります。その全体像を、シンプルに整理するとこうなります。
この捉え方をすると、感染症は「得体の知れない怖いもの」ではなく、守り方も見えてくるのではないでしょうか。
「わからないことや迷うことがあったら、遠慮せずにかかりつけ医や助産師に相談してください。私たちはそのためにいるのですから。赤ちゃんを守るためにいちばん大切なのは、ママが安心して、落ち着いて妊娠期間をすごすこと。“できることを、できる範囲で一つずつ”で大丈夫ですよ」(吉村先生)
妊娠中の不安は、1人で抱え込まずに少しずつ解いていけば大丈夫です。小さな安心を積み重ねることが、いちばん確かな“予防”になりますよ。

- 【監修】吉村泰典(よしむら・やすのり)
- 慶應義塾大学名誉教授 産婦人科医
1949年生まれ。日本産科婦人科学会理事長、日本生殖医学会理事長を歴任した不妊治療のスペシャリスト。これまで2000人以上の不妊症、3000人以上の分娩など、数多くの患者の治療にあたる一方、第2次~第4次安倍内閣では、少子化対策・子育て支援担当として、内閣官房参与も務める。「一般社団法人 吉村やすのり 生命の環境研究所」を主宰。









