わが子が大きくなった時、勉強や仕事に大いに役立ちそうな「根気よく物事に取り組む姿勢」を身に付けてもらいたいと考えるママ・パパは少なくないでしょう。今回は、根気、やる気は周りの大人の接し方や教育方法などで育めるのか、そのためにママ・パパはどういう事を心がけるべきかについて、慶應義塾大学医学部教授で小児科医の高橋たかお先生にお話を伺いました。
失敗しても根気よく取り組むことがあるとしたら、それは子ども自身が楽しんでやっていること
担当編集I(以下、I):最近、仕事の中で「根気よく取り組む姿勢」「自主的に動くこと」の大切さを感じることがあります。要は課題に対して前向きになれる人というのは、どんな職場、いかなるシチュエーションでも武器になるスキルだなぁと思うことが多いんですよね。
高橋先生:なるほど…今日はIさんの人生相談ですか?
I:いえいえ、もちろん子育ての相談ですよ(笑)。お聞きしたいのは、こういう「姿勢」をいかに育てられるかということです。個人的なお話になりますが、幼稚園の参観日などで子どもたちを観察していると、積極性や粘り強さは小さい頃から個人差が大きいなぁと感じます。遺伝的な要因や生まれついての性格の違いはあるのでしょうが、親が子どもの根気ややる気を育てることができるものでしょうか?
高橋先生:子どもが根気をスキルとして習得できるように親は何をしたらいいか? という質問ですね。子どもが根気よく何かに取り組むことがあるとしたら、それは多分好きなことをやっている時だけです。子どもでもおとなでも、気が進まないこと、興味のないことを続けるのは、どんなに辛抱強い性格でも限界があると思います。ちょっと乱暴な言い方ですが、好きでもないことを根気よく続けても、得るものはあまりないと思いますよ。そもそも根気ややる気は親が教えていくものではなくて、子どもが自らの体験の中で身に付けていくものなんですよね。
I:基本は自らで身に付けるものであるということですか。
高橋先生:そう思います。いろいろな経験をさせていく中で、根気よくやっているなと感じる瞬間があったら、子どもはそれが好きなんだと思います。嫌がらずに続けられることなら、向いている、続けられる、と考えてもいいでしょう。そういう場面、環境を提供するという意味で、根気を養うためのおぜん立てを親がすることはできるかと思います。
I:子どもが何に興味を示しているのか、ということをよく見ておく必要がありますね。その部分を詳しくお聞きしたいのですが、今のお話は「好きなことをやらせる」→「楽しいから自然と根気よくやる」→「その体験のなかで自然と根気が身に付く」ということだと思います。一方で、失敗をして「負けないぞ!」という気持ちからも根気というものは育ちそうな気もするのですが、そのあたりはいかがでしょうか。
高橋先生:おっしゃるとおりですね。根気というのは、失敗と失敗の隙間にもあるものです。失敗を繰り返しても続けようと思える力が根気というものでしょう。一度の失敗で「もうやめたい」と絶望感を与えるような失敗は、少なくとも子どもにとっては良い経験とは言えませんね。根気が失敗と失敗をつないでいるからこそ、成功という素晴らしい体験がそのうちやって来るんじゃないですか。
I:失敗が成功に結びついた時に、更にやる気が増してくると。
高橋先生:そうですね。でもいつも失敗の後に成功があるわけではありません。興味を持って取り組んでみたものの、失敗続きで、その失敗と失敗の間を根気でつなぎながら何度かやってみたけれど、「やめた」っていうのもありだと思うんですね。失敗という結果に終わったとしても、1回だけで諦めたというのとは大きな違いです。失敗を積み重ねてもその隙間で「もう一度だけ頑張ってみよう」というやる気がわいてくれば、根気が育っていくと思います。たくさんの経験をさせる、ということは必ずしも多くの習い事をさせるということではありません。日常生活の中のたくさんの経験、失敗と成功の中から学んでいってもらいたいと思います。
I:日常生活の中からどのように学ぶのでしょうか。
高橋先生:日常生活というか、もっと具体的に言うと「遊び」ですね。僕は子どもの根気ややる気は遊びの中から自然と身に付くと思っています。冒頭でもお話しましたが、いつまでも飽きずに友だち同士で遊んでいること自体が根気の働きでは。子どもは遊んでいる時に、生きていく上で必要な様々なことを学ぶものですが、根気ややる気もその中の1つじゃないですか。
I:自然にまかせて遊ばせておけば、いろいろなことを子どもは学ぶのだと…この点はずっと先生がおっしゃっていることで、一貫性がありますね。ということは、子どもが成長するための理想的な環境は、親が与えてやる必要はないのでしょうか? 本当に子ども任せで大丈夫なんでしょうか。
高橋先生:大丈夫ですよ(即答)。大人が子どもたちの世界に介入したところで、ろくな影響を与えられるわけでもありません。よけいなお世話です(笑)。安全な遊び場所を提供するとか、何かもうひと工夫という時に本当に欠如しているものがあれば「じゃ、これを使ってみる?」とか、そういう提案はいいけれど、基本的には子どもたちに任せるしかないと僕は思います。
I:よりよい環境を与えたくて親はつい子どもの世界に口を出してしまいがちですが、子どもが仲間との多様な人間関係や関係性の中で学ぶものを大切にしたほうがいいということですね。
高橋先生:はい。特に同年代の子どもたちと遊ばせることは重要です。3歳児には3歳児のルールってあるんです。4、5歳になれば、それがどんどん進化していって、順番を守って、ちゃんとルールを決めるようになります。僕が園医をしている青山学院幼稚園では、広い園庭のあちこちにいろんな道具が置いてあって、子どもたちが好きなことをして楽しめるようになっています。動物と遊んでいる子がいるかと思えば、砂場を掘り返している子どもたちがいる。のこぎりや釘など危ないからと普通は子どもから取り上げてしまうようなものでさえ、どんどん与えています。だからあそこの子どもたちは、のこぎりや釘を実に上手に使いこなすんです。
I:自由にやらせる、という環境さえ与えていれば、自然と子どもはさまざまなことを学ぶし、成長するということですね。
高橋先生:子どもの遊びを見ていると面白いですよ。飽きるまで遊んで、また別の遊びを見つけて他の場所に移動することを繰り返している。その間に、自然にグループのメンバーも入れ替わるんです。自由に遊びを選ばせると、女の子はだいたい“ごっこ遊び”をするんですが、男の子たちもお客さんとしてお呼ばれする。そして、紙や粘土で作った料理を“味わったり”、後片付けを頼まれたりする。同じ年頃の子どもたちと一緒にやるごっこ遊びって、社会性を養うのにすごく役立つと僕は思っています。ああ、これが子どもの社会なんだなって思います。