連載「高橋たかお先生のなんでも相談室」 
AI・デジタル時代に生きる子どもの“考える力”の育み方

小児科医 / 高橋孝雄先生

デジタルデバイスが一般化し、今後はAIや新たな通信技術などが私たちの生活を大きく変えようとしています。その影響はすでに教育現場でも。AIやデジタルが進化した社会で能力を発揮する人材には “考える力”が必要になるとして、従来の暗記や知識の習得といった学習法からの脱却を目指した指導が始まっています。そんな時代にママ・パパはわが子の“考える力”を育むために何ができるのでしょうか。慶應義塾大学医学部教授で小児科医の高橋たかお先生に伺いました。

子どもが自ら判断して選択する時、“考える力”が育まれます

子どもの考える力

担当編集I(以下、I):今後、デジタル社会はさらなる進化を遂げていきます。子どもたちはそんな時代を生き抜いていかなければならないわけですが(もちろん親世代も同様ですが)、今回はそんな子どもたちの“考える力”をどう伸ばしていけばいいのかということを伺いたいと思っています。まず先生は“考える力”をどう定義しますか?

高橋先生:以前の記事の中でも「自分で集めた複数の情報を評価し、判断して、その中からひとつを選ぶ力」についてお話させていただきましたが、“考える力”の本質はそういうところにあるのではないでしょうか。

I :「子どもに選択肢を与えて、自分で選ぶ習慣を身につける」というお話でしたね。

高橋先生:はい。まずは選択肢そのものではなく、選択のもとになる情報を与える。子どもはそれらの情報を自分なりに分析して、迷ったり悩んだりして決断を下すわけですね。そのような作業そのものが“考える”ということであり、その繰り返しが“考える力”につながっていくのではないかと。

I :情報の取捨選択を日常的に行わせることが“考える力”を育むということですね。ちなみに最近の幼児向け教室では「子どもが自分で考える力を伸ばす」ことを謳っているところは多いですよね。

高橋先生:いろいろありますね。子どもに、積極的に学ばせる機会を持たせること自体は悪いことではないですよ。ただ、それによってなにか特定の能力が伸びるとか、急に考える力が身につくとか、目に見える結果を期待するとなると話は別かなと思います。もし、“考える力を育む幼児教育”に大きな期待をされているのであれば、ちょっとだけ冷静になった方がいいというか、距離感を持って接した方がいいかもしれません。

勉強をすると娘と母

I :ところで幼児教育の世界では「モンテッソーリ教育(※1)」の人気が以前に増して高まっているようです。イタリアの医学博士、幼児教育者のマリア・モンテッソーリ氏によって考案された教育法ですが、Googleの創業者ラリー・ページさんとセルゲイ・ブリンさん、Amazonのジェフ・ベゾスさん、Facebookのマーク・ザッカーバーグさん…こうしたデジタル時代の寵児とも言うべき著名起業家たちが幼少時にこの教育を受けていたことも、注目を高めている要因のようです。ズバリ先生は、モンテッソーリ教育についてはどうお考えでしょうか?

高橋先生:まず、幼児期にモンテッソーリ教育を受けたことが、彼らの今を作ったのかどうかについては、僕にはわかりません。有名な起業家の多くがモンテッソーリ教育の経験者だ、と言われても、そうなんですね、という以上のコメントはありません。もちろん、「ウチの子にも、そんな素晴らしい教育を!」と思われる方もいるでしょう。ただ、あえて言わせていただくと、モンテッソーリ教育が発案されたのは20世紀初頭…つまり100年も前のことです。言うまでもなく、100年前と今とではまったく状況が違います。たとえばナイチンゲールの功績は素晴らしいし、それを疑う余地はないけれども、今の看護師さんたちはそれとは異なる視点で困難に立ち向かい、高度医療にチャレンジしているわけです。

I : それと同じようなことが、教育の分野にも言えるのではないか、と?

高橋先生:もちろん、100年前の教育法だからと言って、現代にあてはまらないというつもりは毛頭ありません。モンテッソーリさんが説いた教育法の中には「本質」を突いているものも多く、たとえば彼女は「子どもは生まれながらにして、自分自身を成長させ、発達させる力をもっている」と指摘しています。その時期が来れば、教えなくても歩けるようになるし、自然と言葉も出てくる…というようなことを言っているわけです。現在の医学では、発達のロードマップは遺伝子の力によってかなりの部分が約束されていることが分かっており、彼女の直観が正しかったことが証明されているのです。子どもたちは環境の悪影響を跳ねのけて、自然と色々なことを身に着けていく、その“自分で育つ力”を直観していたのはさすがと思います。

I : 発達のロードマップは遺伝子の力によってかなりの部分が約束されている――これは、常に先生が仰っていることですね。

高橋先生:ええ、医学的にも正しいことであり、100年前にそれを言い当てていることは素晴らしいことです。おそらく彼女は、数多くの子どもたちと向き合った経験からその“答え”を導き出したのでしょう。ただ、繰り返しになりますが、教育というのは「これさえやっておけば安心」といった万能薬のようなものではありませんし、「これをしなかったら必ず後悔することになる」といった呪文のようなものでもありません。なので、どんなに素晴らしいと言われている教育法であっても、盲信することなく程よい距離感を保ちつつ接した方がいいのではないか、というのが僕からのメッセージです。

次のページ 日常の中での感情を伴う実体験を積み重ねることが大切です

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