連載「高橋たかお先生のなんでも相談室」 免疫力が低下したから風邪を引いたは誤解? 子どものために知っておきたい「免疫力」の話

連載「高橋たかお先生のなんでも相談室」 
免疫力が低下したから風邪を引いたは誤解?
子どものために知っておきたい「免疫力」の話

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新型コロナウイルスが世界中で猛威を奮っています。日本でも1月16日に初めての感染が確認されて以来、じわじわと感染が拡大。政府は小中高の休校やイベントの中止などの対策を打ち出し、国民に感染防止への協力を求めています。

治療法が確立していない未知の感染症と聞くと、小さなわが子をどうやったら守れるだろうかと不安が募るもの。感染についての情報の中で「免疫が低下したお年寄りは重症化しやすい」などと聞いて、「わが子の免疫力を高める方法が知りたい」と思っているママ・パパは少なくないでしょう。そこで免疫と感染防止について、慶應義塾大学医学部教授で小児科医の高橋たかお先生に伺いました。

 

新型コロナは未知のウイルス、世界中の誰にも免疫がありません

マスクをする人のイラスト

担当編集I(以下、I):新型コロナウイルスの感染拡大に不安を募らせているのは、重症化の可能性が高いとされている高齢層ばかりではなく、子育て世代も同じかと思います。

高橋先生:不安なお気持ち、わかります。新型コロナウイルスは人類にとって大きな脅威となっているわけですから。それはこのウイルスが、今まで世界中で誰一人として経験したことのないものであるということが理由です。この世には多種多様なウイルスや細菌が存在していますが、人間のからだはそれぞれのウイルスや細菌を一度経験すると、その情報を覚えて防御する力ができて感染しにくくなったり、感染しても軽い症状で治るようになっています。このような防御力が免疫力の主体です。

I:新型コロナウイルスは、免疫を持っている人が誰一人いないので「為す術がない」わけですね。

高橋先生:ええ。潜伏期間や症状などがまだ詳しくは分かっていませんし、治療法もないわけですから、とにかく感染しないように気を付けるしかないということです。ちなみに重症化しているのは、多くが体力のないお年寄りや、さまざまな合併症を起こしやすくする基礎疾患をお持ちの方々です。風邪でもインフルエンザでも、そういう人が感染症にかかると重篤化することは珍しくありません。感染症全般にあてはまる特徴といえることで、新型コロナウイルスが特別というわけではありません。

I:今回お聞きしたかったのはいわゆる「免疫力」についてです。食生活や生活習慣を正せば免疫力が上がるなんて言われていますよね。一般的な風邪も免疫力が高いと、引きづらいというイメージがあります。

高橋先生:そうなんですか…。でも、風邪を引きやすいか、体調を崩しやすいか、ということと「免疫力が高い、低い」ということとは、少数の免疫不全と呼ばれる病気の方々以外では無関係のことがほとんどです。

I:えっ、そうなんですか! 風邪を引かないために免疫力を上げる食事を、みたいなネット記事や健康系のテレビ番組、たくさんあるじゃないですか…。

高橋先生:体に良いと信じて美味しく食べているのであれば悪いとは言いませんが、免疫力を高めるという観点からはあまり意味はないですね。特定の食品をたくさん食べたからといって免疫力が上がることは基本的にはありません。免疫というのは、人間のからだが病原体や毒素、場合によってはがん細胞などの「異物」を認識してその侵入を阻止したり、排除する力です。ひとが生きていく上でとても重要な力なので、そうやすやすとは低下しません。免疫の力はひとが元々持っている遺伝子でしっかり守られていて、極端に偏った食事や極度のストレスでもない限り、基本的にその力には大した個人差はありません。

鼻をかむ女の子

I:でも、免疫が下がればがんになりやすいとか言うじゃないですか。

高橋先生:確かにそういう科学的データはありますが、免疫が下がれば必ずがんになるわけでもないし、がんになった方の免疫力は必ずしも低いというわけでもない。そもそも、がんにかかり易くなるほど免疫力が下がることは通常ではありません。さらに、がん細胞に対する免疫力なんて、そう簡単に検査で分かるものでもありません。

I:そうだったんですか…目からウロコが(涙かもしれません)。基本的には個人差がない…?

高橋先生:免疫力は極簡単に言えばT細胞とB細胞という2種類のリンパ球と好中球と呼ばれる白血球たちによって支えられています。それらの細胞は、ウィルスや細菌に対する免疫抗体を作ったり、食べたりする(貪食する)ためのもの。これら免疫細胞の働きに大きな個人差はないと言っていいと思います。仮に免疫力が落ちている状態にあれば、それは立派な病気です。実際、免疫不全という生まれつきの病気があって、普通ではかからないような珍しい感染症にかかったり、通常はそれほど重くならないはずの風邪のような病気なのに重症になってしまったりする人がいます。ただ、それは本当に稀なケースです。

I:特別な病気でない限り、多くの人の免疫力はちゃんと仕事をしていると。それでも風邪を引きやすい子と引きにくい子はいるじゃないですか。あれはなんででしょうか? てっきり免疫力の差かと思っていたのですが。

高橋先生:感染症にかかりやすい最大の要因は「環境」です。生活環境、季節、感染症の流行状況などが代表的な環境要因です。ところで、お子さんについて「ウチの子、最近、風邪を引きやすくて」と相談を受けたら、僕はまず「保育園に通い始めたのではないですか」と聞くようにしています。保育園に行き始めたころは、毎日たくさんの子どもと触れ合うので風邪を引きやすいんですね。

楽しそうな子ども

I:個人の免疫力とは関係なく、最近よく耳にする“濃厚接触”するような場所に行けば、なんらかのウイルスに感染してしまうということですか。

高橋先生:そうです。小児科医も1年目は感染症にかかった子どもたちからウイルスをもらって、しょっちゅう風邪を引くものです。でもそれを繰り返しているうちにさまざまな感染症に対する免疫ができて、やがては“鉄人”のように丈夫になる(笑)。僕なんて30年以上も風邪を引いたことはないですからね。つまり何事も“経験”が必要だということです。

1年目の小児科医は風邪を引きまくり、やがて“鉄人”になる

I:免疫力というものはウイルスなどの異物に曝露するという“経験”によって作られていく、ということはわかりました。であれば、どんなものにも曝露されていない(と思われる)生まれたての赤ちゃんには免疫力がほとんどないということですか?

高橋先生:それがそうとも言えないんです。赤ちゃんはお母さんのおなかにいる間に、へその緒を通じて免疫タンパクもらいます。生まれた途端に色々なウイルスにさらされることになりますが、簡単には病気にならないようにお母さんがちゃんと抗体を与えているわけです。お母さんの免疫で守られているので、生後すぐの赤ちゃんは病気になりにくいんですよ。他には、母乳も赤ちゃんの免疫力アップに一役買っていると考えられています。

聴診器をあてられる赤ちゃん

I:そう言えば、生まれたての赤ちゃんはあまり病気をしませんね。

高橋先生:ただ生後半年ぐらいたつと、お母さんから受け継いだ抗体がなくなってきます。その頃から自分の免疫力で自分を守れるようになっていくんですね。気づかない間に友だちから風邪のウイルスをもらって熱を出し、親を心配させることもあるけれど、そのような経験を経て赤ちゃんは免疫を獲得していきます。1回経験しないと身につかない免疫力っていっぱいあるんですよ。異物にはウイルスや細菌ばかりではなく、牛乳タンパクとか卵白などの食品も含まれます。これらの食品に早くから少しずつ接することによって正しく免疫力が育ち、かえってアレルギーを起こしにくい体になることも分かってきました。

I:予防接種もそういう考え方をもとに行われているんですよね?

高橋先生:そのとおりです。感染症の中には、時に症状が非常に重くなったり、後遺症を残したりするものがあります。感染症にかからないように、あらかじめ毒素をもたないウイルスをからだに入れて免疫をつけるのが予防接種の仕組みです。本物のウイルスが体内に侵入した時に「あ、知っているやつだ」とやっつけることができるわけです。

I:なるほど、今回も勉強になりました。

高橋先生:最後に一言。免疫力が何らかの原因によって弱くなれば感染症にかかるリスクが高まりますが、強すぎればアレルギーを起こします。免疫力は弱くても問題ですが、強すぎても問題なのです。車のアクセルとブレーキの関係のようなもので、バランスが大切です。免疫のアクセルを踏みすぎると、食品へのアレルギー反応が起きることもあるし、花粉症にもなります。でもブレーキを踏みすぎると今度はウイルスや菌が侵入してしまいます。通常の生活をしていれば、免疫反応は自然にちょうどよくバランスが保たれるようになっています。なにごとも、バランスが大切です。

I:はい、なにごともバランスですね。それにしてもお話を伺うたびに、人間のからだの不思議と私たちが持っている素晴らしい力に驚かされます。本日もありがとうございました!

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感染症と免疫力のお話、いかがでしたでしょうか。いつもと違う方向性のお題でしたが、非常に興味深いお話で思わず引き込まれました。

さて新型コロナの脅威はまだまだ続きそうです。誰も抗体を持っていないウイルスだけに、とにかく感染しないよう手洗い、アルコール消毒を徹底してください。そして一日も早く、平穏な日々が戻ってきますように。

 

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<プロフィール>
高橋孝雄(たかはし・たかお)
慶應義塾大学医学部 小児科主任教授 医学博士 専門は小児科一般と小児神経 1982年慶應義塾大学医学部卒業後、米国ハーバード大学、マサチューセッツ総合病院小児神経科で治療にあたり、ハーバード大学医学部の神経学講師も務める。1994年帰国し、慶應義塾大学小児科で現在まで医師、教授として活躍する。趣味はランニング。マラソンのベスト記録は2016年の東京マラソンで3時間7分。別名“日本一足の速い小児科教授”。

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