連載「高橋たかお先生のなんでも相談室」 小さな子どもにとって「競争」は必要でしょうか?

連載「高橋たかお先生のなんでも相談室」 
小さな子どもにとって
「競争」は必要でしょうか?

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子どもにとって競争とはなんなのでしょうか。自己肯定感を育むために競争に勝ち、勝利の喜びを知ることは大切なことでしょうし、また負けから学ぶことが多いことは言うまでもありません。さて、今回の「高橋たかお先生の何でも相談室」は小さな子どもにとっての「競争」について。成長とともに避けては通れない他者との「競争」が子どもの心や成長に与える影響について、高橋先生に教えていただきましょう。お話を伺うのは、3歳と7か月の2児のパパでもあるミキハウス出産準備サイトのスタッフIです。

 

実体験を通じ経験した成功や失敗の積み重ねは、幼児の心を育みます

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I:今回のテーマは「競争」です。随分前の話ですが、徒競走の際にみんなで手をつないで勝ち負けつけずにゴールしましょう、という取り組みをした小学校が話題になったことがありました。理由は競争を避けるためだったと言います。その是非は別として、大人の社会は競争の連続ですし、小さな子どもたちもいずれその世界に放り込まれることになります。

高橋先生:はい、そうですね。

I:そうしたことを考えた場合、競争は良し悪しの問題ではなく「ある」ものだと。そもそも、小さな子どもでも競争意識を持って競い合うことがありますよね。で、本題なのですが、幼児期からの競争は何を意味し、子どもの心や思考にどう影響を及ぼすのかというところをお聞きできますでしょうか。

高橋先生:なるほど、おもしろいテーマですね。僕は、社会に出るための準備をする幼児期に、ママやパパに見守られながら競争を経験するのは大切なことだと思っています。幼児期を終えて小学校に入学すると、守るべき時間割やルールがあって、子どもたちは勉強や運動で競い合うようになりますね。その過程で、社会というものは大きな競争、小さな競争で成り立っていることを実感するのではないでしょうか。そもそも私たちが何かを「楽しい、もっとやりたい」と感じる場面の多くが競争と関係しているのでは。競争した結果、勝ち負けがつくからこそ“達成感”、“満足”や“生きがい”を感じることができるわけです。ですから、子どもにとって競争は大切なものであり、多くを学ぶ良い機会だと考えています。

I:「競争なんて必要ないんだ」と先生が言われたらどうしようかと思いましたが、無用な心配でした(苦笑)。素朴な質問ですが、子どもはいつごろから「勝ち」や「負け」を理解するものなのでしょうか。

高橋先生:難しすぎる質問ですね!それは赤ちゃんに聞いてみないとわからないですよ……(笑)。そもそも勝ち負けとは何か、という質問にちゃんと答えられる人も少ないのでは。僕の想像ですが、ママ・パパとの関わり合いの中で勝ち負けに似たような感覚を、かなり幼い段階から感じているのではないかと思います。例えば、おっぱいやミルクが欲しくて泣いているのに、それを分かってもらえない状況は、ある意味“負け”なわけです。そう考えれば、赤ちゃんの頃から負けることを経験しているということになるかと思います。生後6か月以降に人見知りが始まるのですが、それは不快や不安をそれと認識し、実感できるようになることを意味します。単にお腹がすいて泣いている状況とは異なり、もう少し高度な快・不快の感情、つまり勝ち負けの感覚が目覚めてくる時期なのかも知れませんね。

I:おっぱいを飲みたいのに、満足に飲めなければ「負け」……その観点はなかなかおもしろいですね!

高橋先生:おねだり通りに何かを手に入れれば「勝ち」の感覚が得られているとも言えます。ママ・パパとのやりとりの中で、「受け入れられる=勝ち」と「受け入れられない=負け」を、赤ちゃんなりに感じていると。もちろん赤ちゃんはそんなことを言葉にしないので僕なりの解釈ですけどね(笑)。ただ、そうした実体験を通じた成功や失敗の積み重ねは、乳幼児の心を育む上でとても大切なものであることは間違いないと思います。

すべての競争は社会の縮図です

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I:そこで気になるのは「負け」についてです。以前から先生は「生きるために必要な3つのチカラ」として「共感力」「意思決定力」「自己肯定感」の3つを挙げられていますよね。特に自己肯定感に関わると思うのですが、やはり「負ける」より「勝つ」ことの方が、自己肯定感を醸成するにはいいのかなと。そう思って僕自身、3歳の娘と遊ぶ時はわざと負けてやるんですね。勝つことで前向きになって欲しいという気持ちで、おそらく多くの親御さんが同じようなことをやっているかと思うんですが……。

高橋先生:ええ、そうでしょうね。

I:なにが言いたいかと言うと、「小さな子どもは負けることでちゃんと学べるものなのか」と悩むことがあるんですよ。ただ不快になり、自己肯定感を損なうだけなら、当分は下駄を履かせた方がいいのかなと思うし、それこそ手をつないでゴールも「あり」かもしれない。そこがわからなくて……負けることの意味をしっかり咀嚼できるようになるのはいつぐらいからなのでしょうか。

高橋先生:それは非常に難しい質問であり、僕にもわからないです。ただ、世の中って成功と失敗の組み合わせになっているわけで、成功ばっかりしていると、成功を成功と思えなくなると思うんですよ。失敗ばっかりの場合には……失敗をやっぱり失敗と感じるかもしれないけれど(苦笑)。要は、成功は失敗の反対側であり、その逆も真で、だから面白い。失敗にも「意味がある」ことを、経験を通じて知っていくことは大切だと思うんです。それこそが、子どもが遊びを通じて学ぶべきことなんじゃないかな。

I:遊びで、ですか。

高橋先生:考えてみると、特に子どもにとっては、遊びってほとんどが競争ですよね。楽しいはずの遊びなのに、勝ってばかりの子がいると、負け続ける子は楽しいわけがない。勝っても負けても、やがては飽きてしまう。そこで遊びは終わります。でも、子どもはみんなが楽しめるように自分たちでルールを変えていくものです。

I:ルールを変えるとは?

高橋先生:例えばトランプ。勝った方が次のゲームのためにトランプを切って配らなきゃいけないというルールを作る。そうすると、勝つとうれしいけれど「あー、面倒くさいな」ってことになる。で、負けた方は負けて悔しいけれど、ちょぴり「ラッキー」と思えて、そこに救いがあるんですね。こういうことを考えつくところが、子どものすごいところだと思うんです。

I:たしかにそうですね。

高橋先生:競争、つまり遊びは、社会の縮図だと思うんですよ。子どもたちは競争を楽しむためにひとり勝ちのないみんなが楽しめるルールを見つける才能をもっているんです。まさに、子どもは遊びの天才です。それが子どもの時から競争させることのメリットのひとつで、社会に出た時に他者との関わり合いを楽しむ上でとても役立つと思うんですよね。つまり競争を通じて、他者を思いやる気持ちも育まれるのかなと。

相手の顔が見えない競争に、幼い子どもを巻き込むべきではありません

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高橋先生:あと、これは言っておきたいのですが、子どもの頃の競争っていうのは相手の顔が見えていることが不可欠です。

I:相手の顔が見えている競争……えっと、それはどういうことでしょうか?

高橋先生:相手と対面して、実体験のなかで競争することで、勝つということ、そして相手が負けるということ、あるいは自分が負けるということをちゃんと体験する必要があります。勝って思わず「やった!」と叫んでみたものの、負けたお友だちが肩を落としているのを見てハッとする。逆に、自分が負けて悔しいときに相手が喜びながらもねぎらいの言葉をかけてくれる。相手の顔が見える競争を通じて、勝った嬉しさ、負けた悔しさを積み重ねることで、成功することの喜びと同時に他者への思いやりが育まれると思うんです。特に幼児期から小学生にかけては、遊びの延長線上にある競争をたくさんさせてあげるといいと思います。逆に相手の顔が見えていない競争――例えばテレビゲーム、ネットゲームなどは実体験ではなく疑似体験、バーチャル体験です。実際に野球の試合を経験してこそ、野球ゲームでも勝つことの楽しさ、充実感を得ることができるようなります。全ての疑似体験は、実体験を積んでこそ価値あるものになるのです。

I:たしかに実体験をしていないと、バーチャルな世界にリアリティを感じることはできないかもしれませんね。

高橋先生:教育の世界で使われる“偏差値”も、ある意味でバーチャルな競争です。校内試験はともかく全国規模の試験となれば、もはや見えない無数の相手との競争です。大きな集団の中で、見えない相手と競争して、その結果が偏差値というもので数値化され、自分がどの位置にいるかということを思い知らされるんです。それはそれで必要だし、いい効果もあるでしょうが、上に行けば上に行くほど終わりのない過酷な競争となるものです。つまり上には上がいる。逆に、下に行けば下に行くほど無数の相手に負け続けている感覚になる。誰と争っているのかわからない。将来は受験などでそんな競争にも勝ち抜かなきゃならないことはあるにしても、小さな子どもの頃から見えざる敵と競争させるのはまずいと僕は考えています。

I:先生のご意見としては、小さな子どもにも競争は必要である、その競争は相手の顔が見えるもので、勝った喜び、負けた悔しさなどを体感できるものであるべきだ、というわけですね。そのような競争を通じて、子どもは多くのことを学ぶと。たしかにそうかもしれませんね。

負けることは多くを学ぶチャンスになる

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高橋先生:競争原理というか、人は勝つからこそがんばれるということもありますよね。小さな子どもにもそういう感情はあるので、競争させた方が目標を達成しようという意欲がわくし、実際に達成した時の喜びも大きくなるんですね。ひとりでがんばらせるよりも、複数でがんばらせた方が子どもたちはがんばることができます。競争は、がんばった結果を大きな喜びとして実感できるという点でも心の成長に大切なものです。

I:そして負けることでも学ぶと。

高橋先生:そう。必ず負けがあるところが遊びや競争のいいところです。なにかで競えば必ず負けることがあり、負けたら負けたで多くを学ぶチャンスを得る。大きな挫折感になるほどの負けは子どもには必要ありませんが、遊びの中で、つまりルールのある競争を繰り返す中で、小さな失敗、小さな挫折感を経験することは子どもの自己肯定感を育むためにもむしろ大切なことだと思うんです。「うまく行かなかった、でも、自分はこれでいいんだ!」と実感できるチャンスはなかなか得難いものです。

I:先ほどもやや同じような質問をしましたが、失敗への耐性というか、失敗して前向きにがんばろうと思う子と、失敗してしまうとすぐに心が折れちゃう子、結構分かれるのではないかと思いますが、親はそれを子どもの個性として受け入れた方がいいのでしょうか?

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高橋先生:う〜ん、失敗に弱いと言っても程度の問題だと思います。1回負けたくらいですぐにあきらめる子なんて、まずいないですよね。そもそも、勝てるようなこと、うまくできることをやりたがるのが子どもというものです。もし仮に、根気よく、前向きに負け続けている子がいたとしたら、それは親が負けることばっかりやらせてるんじゃないですか。そもそも親自身は興味も才能もないことなのに、子どもには無理にチャレンジさせようとすることがあります。そういう場合、多くの子どもは挫折感、敗北感を感じる。敗北感自体が悪いとは言いませんが、そういう状況をもし親がつくったのであれば、その失敗から何かを学べるように導くのも親の責任だと思うんですよね。

I:それはそうかもしれませんね。で、親は具体的にはどうすればいいんでしょうか?

高橋先生:まずは「うまくいかないもんだな」「悔しいな」と子どもの気持ちに寄り添ってあげるといいんじゃないですか。そうすると子どもは「勝っても負けても、ママもパパも自分の味方なんだ、優しく守ってくれるんだ」ということを実感する。とても大事なことです。特に小さいうちは、負けやちょっとした失敗がその子にとって力になるように、近くにいるママ、パパは共感し、褒めるべき点を見つけてあげることです。そして「なにくそ!」ってチャレンジできる次の機会を与えてあげてください。そんな場面は、競争とか、遊びとか、あるいは兄弟げんかの中にも、たくさん転がっているはずです。失敗の体験がその子にとって次の力になるようにしてあげるのが教育や子育ての基本だと思います。

I:勝つことでも負けることでもいろいろ学べるということを考えると、勝ちすぎもダメだし、負けすぎもかわいそう。変な話、子どもがすくすく育つために幼児期の競争にちょうどいい“勝率”というのはありますか?

高橋先生:勝率ですか? まぁ、何勝何敗がちょうどいいなんて話はないと思いますよ(笑)。勝ち組でいた方が能力を発揮できる子も多いでしょうね。一方、負けん気が強くて、絶対にそのうち立ち上がれるはず、この子なら少しぐらい負け続けても大丈夫、と思える子もいるはずです。ママ、パパは我が子をよく見て、その子に合った“勝率”を探してあげてはいかがでしょうか。

I:まずは我が子の性格や個性をしっかり知ることが大切かもしれませんね。そして競争や勝ち負けがつくことは悪いことではなく、成長の糧になるという先生のお話は大変参考になりました!

 

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<プロフィール>
高橋孝雄(たかはし・たかお)
慶應義塾大学医学部 小児科主任教授 医学博士 専門は小児科一般と小児神経 1982年慶應義塾大学医学部卒業後、米国ハーバード大学、マサチューセッツ総合病院小児神経科で治療にあたり、ハーバード大学医学部の神経学講師も務める。1994年帰国し、慶應義塾大学小児科で現在まで医師、教授として活躍する。趣味はランニング。マラソンのベスト記録は2016年の東京マラソンで3時間7分。別名“日本一足の速い小児科教授”。

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