連載「高橋たかお先生のなんでも相談室」 
子どもの能力が急速にのびる時期
“クリティカル・ピリオド”を逃さないことが重要です

小児科医 / 高橋孝雄先生

当連載で2017年8月に配信した記事は大きな話題になりました。その中で、慶應義塾大学医学部教授で小児科医の高橋たかお先生は、「子どもは遺伝子によってあらかじめ決められた通りに育つもので、早期教育など環境要因は発育に大きな影響を与えない」と指摘し、「持って生まれた能力は“必要なとき”に自然と発揮されます」と締めくくっています。ここで素朴な疑問です。“必要なとき”は、どんなときで、それは誰にでも訪れるものなのでしょうか? 能力が自然と花開く時期について、高橋先生にお聞きしました。

子どもが能力を手に入れるために特に重要な期間を“クリティカル・ピリオド”と言います

子どもが能力を手に入れるために特に重要な期間を“クリティカル・ピリオド”と言います

担当編集I(以下、I):以前、早期教育についてのお話を伺った時に、先生は「子どもは遺伝子によってあらかじめ決められた通りに育つもので、早期教育など環境要因は発育に大きな影響を与えない」と仰っていましたよね。今の日本の恵まれた育児環境を考えれば、無理に特別な体験や勉強をさせなくても、出来る子は自然と出来るようになるから、焦る必要はありませんよ、というお話でした。

高橋先生:はい。ただ、誤解を招いているところもあるな、と思っているんですよ。

I :誤解ですか?

高橋先生:すべての能力は遺伝で決まっているから、頭のいい子は生まれながらにして恵まれていて、そうじゃない子は努力なんてしても無駄だ、と解釈された方がいらっしゃるならそれは大きな誤解です。さらに親にしてみれば「無駄だったかな」と思えることでも、子どもたちとっては意義深い体験も数多くあるはずです。また、通常であれば当然あったはずの“やってみる機会”がなかったことによって、本来であれば自然に身に付くはずであった能力が身につかなくなることもあるでしょう。

I :それはそうですよね。努力が報われることは、大人になった私たちも過去の経験から知っています。一方で、先生は「持って生まれた能力は“必要なとき”に自然と発揮されます」とも仰っていますよね。能力が発揮される“必要なとき”っていうのは、いつ頃訪れるものなのでしょうか。要は、努力は無駄ではないけれども、すべての努力が同じように返ってくるわけではないとも思うんですね。であれば、かけた努力に対して、レスポンスのいい時期はいつなのか知っておきたいかなと。

高橋先生:なるほど。では、今日は “クリティカル・ピリオド”のお話をしましょう。日本語では“臨界期”と呼ばれていて、人間が特定の能力を獲得するための限られた時期を指す言葉です。

I:さまざまな能力には、それが伸びる時期があらかじめ決まっているということですか?

高橋先生:そういうことです。最も有名な例が視力の獲得です。生まれたばかりの赤ちゃんに眼帯をしてはいけないことをご存知でしょうか。赤ちゃんは生まれた直後から、外の光を感じ取りますが、それを遮ると視力を失ってしまうんです。このような時期のことを一般に“クリティカル・ピリオド”といいます。クリティカル・ピリオドは遺伝子のシナリオによって誰にも等しく与えられています。“努力に対してレスポンスのいい時期”とも言えますが、裏を返せば、その時に必要な体験(刺激や努力)がないと、一生涯その機能を失う可能性もある大切な期間です。

クリティカル・ピリオド

I :クリティカル・ピリオド…俄然、気になりますね。

高橋先生:脳や神経の発育・発達には刺激が不可欠です。子どもは遺伝子のシナリオに沿って順を追って発達していくのですが、ただ放っておきさえすれば、すべてのことが上手くいくかと言うとそうでもありません。あえて極端な例をあげれば、音も光もない場所にただ寝かされている赤ちゃんが、健やかに育つかというとそうではありませんよね。最低限、「普通の環境」が必要です。お母さん、お父さんとの暮らしの中で、声をかけられたり、おむつを替えてもらったり、食事を口に運んでもらったりする。そんなごく普通の日常生活でいいのです。普通の環境であれば、発達に必要な刺激は十分以上に用意されている、ということです。さきほどの視力の話も同じです。眼帯をつけたり、一切明かりのない部屋で育てない限り、必要な刺激は当然、受けることになります。簡単なことです。

I:普通の環境で、自然と育てていれば、様々な機能が身につくようになっているわけですね。ちなみに2歳ぐらいまでにクリティカル・ピリオドを迎える能力の中で、特に意識すべきものはありますか?

高橋先生:幼児期は様々な能力が一気に発達する時期であり、その意味では幼児期全体がクリティカル・ピリオドとも言えるかもしれません。この時期に身に着ける大切な能力をひとつだけあげるとすれば“言語能力”でしょうか。言語によるコミュニケーション力が急速に発達する時期は1歳すぎからですが、その前に、既に赤ちゃんは話しかけられる言葉の内容を理解し始めているのです。さらに、1歳前後で意味のある単語を発するようになります。それから小学校に上がるまでの間、つまり保育園、幼稚園に通っている時期は言語によるコミュニケーションにとって、とても大事な時期です。

I :1歳から6歳は、様々な言葉を覚える時期ですものね。よくバイリンガル教育でも、この時期に学ばせることが重要だと言われていますが。

高橋先生:たしかに、その時期に外国語を学ばせれば、非常に効率的に習得できるでしょう。でも、それが総合的に見て本当に好ましいかどうかは良く考えなければいけません。

I :と、申しますと?

高橋先生:言葉というのは、ただ聞き取れればいい、喋れたらいいというものではなく、「理解すること、考えること、伝えること」の役に立つことが重要だと思います。相手の言っていることを正しく理解すること、自分の考えをまとめること、それを正確に言葉で表すこと。そのような言語の役割を考えると、言語発達のクリティカル・ピリオドに、2つ(場合によってはそれ以上)の言語を同時に教えることには慎重にならざるをえません。

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