――音がイメージを喚起するのなら、国や地域によって違う言語であっても、イメージは変わらないことにはならないでしょうか。つまり同じ感情や同じ特性を持ったモノなら、違う言語でも同じ音で表現されるものがあるということになりませんか?
川原先生:そういうことになります。まさに今、この点に関する研究をしているところで、僕も参加した研究チームでは日本語を含む25の異なる言語の話者が、同じ音から同じイメージを受けるという研究結果を今年発表しました。
その実験では「鋭い」「女性(的)」「良い」「小さい」「大きい」などのイメージが声色だけで表現でき、その表現方法が言語の壁を越えて成り立つことが示されました。つまり言語を超えて成立する音と意味のつながりを見出すことができたのです。
――つまり、日本でも英語でもまたその他の言語でも、女性的な音の響き、男性的な音の響きは同じような傾向があるということですか?
川原先生:その可能性は高いと思います。たとえば濁音が入った名前は力強さを表します。日本語だけでなく、英語、ポルトガル語、ロシア語の話者も、濁音=力強いと感じることが実験で示唆されました。日本語の名前だと、たとえば「だいご」君とか。3文字中2文字も濁音が入っていますが、強さを感じませんか?
――確かに。これは別の言語でも同じだということでしょうか?
川原先生:ええ。特に名前の頭に濁音が入るとその印象が強まります。男の子の名前には濁音から始まるものがたくさんあるのですが、女の子の名前にはほとんど見当たりません。「ゆづき」さん、「なぎさ」さんのように語中に濁音が入っている名前はよくありますが。日本語で濁音から始まる女性名は「じゅん」さんや「じゅんこ」さん、ぐらいではないでしょうか。英語なら「ジュリア」とか「グレース」とか結構見つかるんですけれど、それでも統計的にはそのような名前は少数だと言われています。
――先生に言われたからそう感じるのかもしれませんが、「じゅんこ」さんも「ジュリア」さんも「グレース」さんも凛とした女性のイメージがありますね(笑)。
川原先生:その対極にある丸いイメージを持つ子音は、濁音がつけられないナ行、マ行、ヤ行、ラ行、ワ行の子音で、共鳴音と呼ばれるものです。母音では、ア、オ、ウですね。ですから、たとえば「まゆ」さん「まや」さんなどは、丸みがありとても女性的な名前と言えます。これらの音を使えば、やさしさ、美しさ、柔らかさをイメージさせることができます。
なお英語で行われた実験ですが、同じ人の写真に違う名前をつけて魅力度を判定してもらったところ、丸い響きの名前の女性の方が魅力度が高いと判断されるという結果が出たんです。また、音の響きの観点からより女性っぽい名前の方が、そうでない名前よりも仕事が出来ると判断されるという研究結果もあります。男性の名前においても同じことが示されています。
――同じ見た目でも、名前が違うと人が持つ第一印象が変わる、ということですね。そう言われてみれば、当たり前の話なのかもしれませんが、これから名づけをしようというママやパパにとっては、名づけのプレッシャーが増しますね(苦笑)。
川原先生:話は変わりますが、文字数によっても名前の響きの印象は変わるとされています。たとえば長い名前の方が凛とした強さが出るようです。男の子は「だいごろう」くんとか、「しんたろう」くんなど、日本の伝統的な男の子の名前が長いのは、力強さが求められたことも関係しているかもしれません。一般的には日本の女の子の名前には5文字以上は見当たりませんね。ほとんどが、多くて4文字までではないでしょうか。たとえば「さくらこ」さん「かおるこ」さんとかね。
――「きょうこ」さん、「しょうこ」さんなど拗音(ようおん)を1文字と考えたとしても、確かにそうですね。5文字はおろか、4文字も非常に少ない印象があります。
川原先生:ただ英語は逆で、女の子の名前の方が長いんです。「エリザベス」とか「キャロライン」とか3音節の長い名前は女性の名前により多く使われます。実際は、欧米では名前を縮めたニックネームを使うことも多いのですが……。
――おもしろいですね。改めて名前の響きで印象が変わることは驚きであり、発見です。
川原先生:どんな響きの名前にするかで、他人に対する印象を変えるだけでなく、本人の考え方や大げさに言うと生き方にまで影響を与える可能性もあるのではないかなと、個人的には考えています。
たとえば「この子は能力がある」と期待して教育すると、実際に期待された子どもの能力が向上するという「ピグマリオン効果」という現象が知られています。これを名づけに当てはめると、名前の響き通りに育つように影響されても、おかしくないわけです。研究で実証するのは難しいでしょうが、他人が自身の名前に対して持つイメージにあわせて成長することが起こりうるのではないかと。学生にこの話をすると「自分の名前と性格が合っていないから、別のあだ名をつけた」なんていう話も聞かれますが(笑)
――そんなことを聞くと、ますます名づけの悩みは深くなってしまいます(苦笑)。一度つけた名前は、子どもが一生を共にしていくわけですから、親の思いを感じて大切にしてもらえるものになるといいですね。先生のお話は新鮮で、とても興味深いものでした。今日は貴重なお話を有難うございました。
濁音は強くて男性的なイメージ。共鳴音は丸く優しい女性的なイメージ。ジェンダーレスの時代になりつつあるとは言え、川原先生の音声学のお話は知っておくと役立ちそうです。もちろんどんな名前をつけても、それは親から子への最初のプレゼント。いっぱい悩んで、“呼びたい名前”をつけてくださいね。
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※1生まれ年別名前ベスト10(明治安田生命)
https://www.meijiyasuda.co.jp/enjoy/ranking/year_men/girl.html
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※1生まれ年別名前ベスト10(明治安田生命)
慶應義塾大学言語文化研究所准教授 国際基督教大学卒。
2007年米国マサチューセッツ大学大学院で言語学の博士号を取得。ジョージア大学言語学プログラム助教授、ラトガーズ大学言語学科助教授を経て2013年に現在の研究所へ。言語学の中でも人間が音をどのように操っているかを研究する音声学を専門分野とする。家族は、同じ言語学者の奥さまと6歳、3歳のふたりの娘さん。現在、子育てパパならではの視点を通して音声学を紹介する連載コラム「音声学者と一ちゃん、娘と一緒に言葉のふしぎをみつける」を執筆中。
〈調査概要〉