もしも、自宅に一人でいるときに陣痛がやってきても、迎えにきてくれる人がいれば、気持ちに余裕がうまれそう。たとえ、あわててしまっても、送り先や緊急連絡先は事前に登録してあるので安心です。
タクシーに乗っている間に、万が一破水するなどで車のシートを汚してしまっても、同社ではクリーニング代を請求するようなことはないとのこと。その他のタクシー会社でも、防水シートが装備されているなど対策がなされているそうです。
自ら発案し、2012年5月から都内で初めて「陣痛タクシー」のサービスを開始した、日本交通の川鍋一朗社長にお話をうかがいました。
日本交通 川鍋一朗社長
「利用したお客さまからお手紙をいただいたり、喜んでもらっていることを実感しています。陣痛がくると予想以上にあわててしまうもの。実は、私自身も昨年7月に娘が誕生した際に利用しました。タクシーが迎えにきてくれたときは本当にホッとしました。
陣痛で苦しんでいる妊婦さんをタクシーに乗せるのは、安全面でリスクがあり、進んで受け入れる態勢はできていなかったんですね。けれど、妊婦さんからは毎日のように要請がある。それなら、安心して乗っていただけるように態勢を整えたほうがいいだろうと思い、オペレーションシステムをつくり、乗務員への教育を行い、2012年5月の母の日にサービスを始動させました。今では、毎日約55件のご登録、約20件の出動要請がきています。
乗務員全員が助産師さんのレクチャーを受け、妊婦さんを送迎するときの注意事項を確認。また、車内に緊急対応マニュアルを常備しています。
陣痛タクシーに乗務した運転手は、ドキドキしながらも、人の役に立ったということに喜びを感じています。社員のやる気向上という副次的効果もありました」
実際に妊婦さんを乗せた運転手さんにお話を聞いてみました。
「普通の妊婦さんを乗せるだけでも、『赤ちゃんの命も預かっている』という気持ちになりますが、それがお産間近の妊婦さんだと余計に責任を感じます。緊張しますが、私たちは運転のプロ。無事に病院まで届けたときは、なんともいえない満足感があります」
同社では大雪の日なども、優先的に陣痛タクシーに台数を割くようにしているとのことです。
ここで「車内で本当に生まれてしまったらどうするのか?」と疑問に思った人もいるかもしれません。日本交通の広報担当者に聞くと、車内で生まれてしまったケースは今まで1件だけあったそうです。そのときは、一緒に乗っていた夫が病院と連絡を取り、指示を仰ぎながら、病院に向かったとのこと。病院の前で医師や看護師が待ち構えていたので、生まれた子どももお母さんも問題なかったそうです。
乗務員は、医療行為を行うことはできませんが、配車担当のオペレーターが病院とのやりとりをし、それを乗務員に伝えるシステムになっているそうです。たとえ、本当に車内で生まれてしまっても、その後の処置がスムーズにいくように、病院側との連携が行われるようになっているんですね。
妊娠、出産は病気ではないため、産院へ移動するときに救急車を呼ばないように妊婦は指導されますが、陣痛タクシーがあるなら不安も解消できます。
東京・成城の産婦人科「成城木下病院」の木下二宣院長は、このシステムは病院側にとっても心強いサポートだといいます。「陣痛タクシーサービスは、事前に登録することで、出産の不安を抱えている妊婦さんが“一人ではない安心感”を得られると思います」と推奨しています。