――日本では里帰り出産をする人も多いのですが、溝口さんは日本に帰ってお産をしようとは考えなかったのですか?
溝口さん:一瞬頭に浮かんだんですよ。妊娠したころ、少しはドイツ語にも慣れてはいましたが、医者の先生が話す医学用語がよくわからなくて、不安を抱えたまま妊娠期をすごすくらいなら、日本に帰って親元で産もうかなと。でも、現実的に考えると渡航費が必要だし、日本では出産にお金がかかりますからね。それはそれで大変だと思って……。
――確かにそうですね。
溝口さん:それにドイツにはそもそも「里帰り出産」という概念がなくて、出産や育児は夫婦一緒に乗り越えるものという考えが普通なんです。夫も「自分の近くで産まないなんてあり得ない」という反応でしたから、(一瞬頭に浮かんだものの)ほとんど迷うことなくドイツでの出産を選んだというところですね。
――実際、ドイツでの出産を経験されてどうでしたか?
溝口さん:私が出産したのは年間何百人も赤ちゃんが生まれるようなごく普通の総合病院でした。割と一般的な入院生活だったと思うんですけれど、ドイツでは患者はお客さんとして扱われるのではないことを実感しました(苦笑)。
――病院はあまり快適ではなかったと?
溝口さん:まぁ、そうですね(苦笑)。出産後すぐに病室に赤ちゃんと二人きりにされて、授乳の仕方やオムツの替え方を教えてくれるわけでもないし、聞きたいことがあっても看護師さんたちはすごく忙しそうで、大声で主張しないとかまってもらえない感じでした。ごはんもパサパサのパンとチーズで、「これを食べて母乳が出るかな」と心配になるくらい。たった2〜3日でしたが入院生活は結構辛かったですね。
――はじめてのお産でそれはさぞかし心細かったことでしょう。
溝口さん:でもドイツではそれを補う形で「へバメさん」の制度が充実しています。ヘバメさんとは、産前産後の生活をサポートするために派遣される助産婦さんのこと。公的保険で行われている制度なので、無料でへバメさんの手厚いケアを受けることができます。ドイツでは妊娠したらすぐに自分で近くに住んでいるヘバメさんを探すんです。へバメさんは妊娠中から精神的なケアをしてくれたり、出産のために準備するべきものを教えてくれたり、何でも相談できる存在です。出産前から出産準備の体操を習ったりもしました。
――産後も子育てを手伝ってくれるんですか?
溝口:はい。病院は2〜3日で退院させられますが、退院後しばらくは毎日ヘバメさんが来てくれました。沐浴のしかたを教えてくれたり、赤ちゃんの体重を測ったりしてくれて、私がおっぱいにちょっと苦労した時期にもちゃんと助言してくれてすごく心強かったですね。だからドイツでの出産は、入院中は大変だったけど、退院後はへバメさんにしっかりケアしてもらえたから無事に乗り越えられたという感じですね。