――先ほど、WHOが「5歳未満の幼児は1日に1時間以上はよくない」という旨のガイドラインを発表しているとお伺いしました。逆に言うと、1時間以内だったら問題ないと考えてもよいでしょうか?
内海 一応線引きはされていますが、そこは難しいところですよね。本当にそうやって管理できるのであればいいのですが、そもそも親世代だってスマホに“依存”していませんか? スマホやタブレットがあると、ついつい見てしまうもの。適度な使い方ができればいいですが、それができる人がどれくらいいるでしょうか。子どもであればなおさらですよね。1時間以内できっちり、しかもそれをずっと継続できますか。
――たしかにそうですよね……。スマホが日常生活のなかで「当たり前のもの」になると、時間で区切るって使うということも現実的は難しくなる。そうおっしゃりたいわけですよね?
内海 私はそう思います。今回は子どもにスマホを見せることがテーマですけど、その一方でママやパパ自身がスマホを手放せなくなっている問題も無視できません。子どもと向き合わなければいけないときに、スマホばかり見ている親がとても増えているのが気になります。子どもはその一瞬一瞬でどんどん成長していきます。乳幼児期は特にそうですよね。その貴重な時間を、スマホに奪われているのってすごくもったいないことだと思ってほしいんです。
――スマホに子どもと向き合う時間を奪われているとすれば、たしかにもったいないかもしれませんね。
内海 スマホがないと子育てが大変なんだ。便利なものがあるのに、それを使わせないなんて、もはや精神論じゃないか……いろいろなご批判、そして言い分があるでしょう。でも、子どもが求めていることは何かをよく考える必要があるのではないでしょうか。多くの子ども、そして親と向き合ってきた私としては、そこは“正論”で返したいと思います。やっぱり子どもの成長にとってスマホというのは(程度はありますが)よくないものです。もちろん幼い頃からスマホを毎日見て育てたけど、ちゃんとコミュニケーションができる子どもになっているとか、子育てでスマホを使ったおかげで、子どもとストレスなく向き合えたとか、さしてデメリットを感じることなく、メリットを享受された先輩ママ・パパもいらっしゃるでしょう。
――つまり、スマホを子守りに使ったら、みんなが子育てを失敗するわけではないと。
内海 だけれども、“スマホ子育て”には落とし穴があることも認識してほしいのです。落とし穴に落ちなかった方ももちろんいるでしょうが、そこに落ちてしまう方だって当然いるわけですから。ネガティブな話をしたいわけではなく、そこのリスクをわかっていてもらいたいんですよね。
――ありがとうございました。時に厳しいお言葉もありましたが、内海先生が現代の子育てについて非常に強い危機意識を持たれていること、その原因のひとつとしてスマホの問題があるということが理解できました。
内海 耳の痛い話は聞きたくないものだと思います。ただでさえ子育てでストレスが溜まっているのに、説教くさい話なんてね(苦笑)。でもね、最近のママを見ていると、あまりにも都合の悪い話、耳の痛い話を聞こうとしない方が増えているような気がしています。だからネットやSNSで都合のいい話だけを拾いあげて、間違った子育て情報や医療情報を信じてしまったりする人もいる。「子育ては自分育て」という言葉があります。子育ての期間はママにとってもパパにとっても自分の人生を見直す時期です。子どもと向き合うことでそれまでの価値観を変えられたり、新しい発見をしたり、すごいチャンスが転がっています。だからすごく楽しいんですよ。苦労もするし、悩みもするし、不安だってある。でも、本当に素晴らしい時間をすごしていることはわかってほしい。
――おっしゃる通りですね。貴重な時間をいかに前向きにすごせるか、不安や苦労がある中でもいかに前向きに子育てができるか。そこは出産準備サイトとしても、一貫して訴えているテーマでもあります。
内海 そこですよね。みなさん、子育てをもっと楽しく、前向きにとらえてほしいんですよ。今、どこでも子育ては不安だらけ、ワンオペ育児で大変だって話ばかりが聞こえてくる。でも、本当は気持ちや意識を変えることでとても前向きになれると思うんです。産んだからには楽しく育てましょう。スマホに頼らないでも、十分に楽しさを与えられるはずです。そして楽しく育てられれば、思春期になっても子どもはママとパパの子どもでよかったと思ってくれるはずです。何度でも言いますが、大切な子育ての時間を、スマホなんかに奪われるのは本当にもったいないです。大変で面倒な時間が、あなたも子どもも育ててくれるんですよ。
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いかがでしたでしょうか。いろいろなご意見はあるかと思いますが、今回の取材に立ち会った出産準備サイトスタッフ(3歳の娘と6か月の息子を持つパパ)は、頻繁にスマホを子育てに使っている経験があることから、いろいろと思うこと・反省することも多かったようです。そして彼の出した答えは――今後はスマホやタブレット利用をできるだけ控えて、もう少し子どもとおしゃべりをしたり、遊んだりと、骨の折れるコミュニケーションをしてみようというものでした。もちろん便利なものを利用することに罪悪感を感じる必要はないと思います。ただ、少しでも余裕があるのであれば、子どもが起きている時間は、スマホと距離を取って子どもとの時間を楽しんでみてはいかがでしょうか。
【プロフィール】
内海 裕美(うつみ ひろみ)
吉村小児科(東京都文京区)院長、医学博士、日本小児科学会認定医、日本小児科医会理事、小石川医師会副会長、文京区学校保健会会長など。日本女子医科大学卒業後、同大学病院、愛育病院を経て、1997年より現職。専門は小児保健。地域で毎月1回子育て支援セミナーを開催し子育て中の保護者に子育て情報を直接伝えたり、子育て広場や保育園で子育てが楽しくなる講演を行い、地域の多くの保育園の嘱託医をして親子の診療、相談に力を入れている。親子、子どもたちへの絵本の読み聞かせ活動にも取り組んでいる。