連載「高橋たかお先生のなんでも相談室」 子どもの叱り方について

連載「高橋たかお先生のなんでも相談室」 
子どもの叱り方について

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慶應義塾大学医学部の小児科教授である高橋孝雄医師による「高橋たかお先生のなんでも相談室」。今回のテーマは「子どもの叱り方」について。検索エンジンで「子ども」「叱り方」と入力すると、さまざまな記事がヒットします。それだけ子育て中のママやパパの関心事であるということ。「叱り方に正解なんてないですよ」と語る高橋先生に、一児の父である出産準備サイト編集スタッフIがお話を伺いました。

 

叱り方を間違えると、子どもの発達に影響があるもの?

I:子どもが成長するにつれ、どうしても叱らなければいけないシーンに遭遇することはよくあります。一方で、どうやって叱るのが子どもにとっていいのか、言いすぎることで子どもが萎縮してしまうのではないだろうか、などと迷うこともしばしばです。今回は「子どもの叱り方」について、お聞きしたいと思います。

高橋先生:叱り方ですか…たしかに虐待のケースが後を絶たない一方、親が子どもを叱る場面は減ってきているような気がしますね。叱るという行為に対してネガティブなイメージが強くなって、気をつけて叱るという機運が高まってきているような。一方で今おっしゃった「言いすぎることで子どもが萎縮してしまうのでは」という懸念も、ある意味では正しいです。極端な話、虐待にもなりうるわけですから。

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I:そうですよね。伸び伸び育ってほしいのに、叱ることでそれを押さえ込んでしまうのではないかと思って…。

高橋先生:ただそういうことに神経質になりすぎるのはやはり問題です。親だけでなく学校の先生も、叱るという行為自体におじけづき、大人が子どもを叱れない社会になってきていますよね。そもそも絶対的な「正しい叱り方」なんて存在しないわけですが、“叱りにくい時代”だからこそ、どうやって子どもたちを叱ればいいのかを考えることは大切だと思います。

I:ええ。ちなみに自分たちが子どもの頃は、まだ昭和でしたから、やはり今とは違う「叱り方」というものがありました。良い悪いは別として、頭ごなしに叱られることもしばしば……僕も大人によく叱られた経験があります(苦笑)。

高橋先生:いいじゃないですか。叱られるとすれば子どものうちに叱ってもらった方がいい。大人になってから叱られても遅いことが多いですからね(苦笑)。話はいきなり脱線しますが、昨今「悪魔の証明」がますます難しくなってきていると思うんですよ。

I:悪魔の証明とは、「起きないこと」や「存在しないこと」を証明することが困難であるという意味ですよね。つまり「ない」ことを「ない」と言うことが、もっと難しくなっているということでしょうか?

高橋先生:ええ。少なくとも、医療の現場ではそのようなことが起こっていると感じます。たとえば病気が心配で病院に来る患者さんに向かって「病気じゃないです」とは言いにくくなっています。

I:お医者さんが患者さんに、病気じゃないと言いにくい……どういうことですか?

高橋先生:病院には、なにか心配事があるから来られるわけじゃないですか。場合によっては事前にネットでいろいろな情報を手に入れた上で来られる。親御さんも、心配だからこそ子どもを小児科に連れていくわけですよね。でも、よく話を聞いてみて、ていねいに診察しても、さらに検査をしても異常が見つからない。どうも病気じゃなさそうだという場合も少なくないわけです。

I:はい。

高橋先生:そういうときに親御さんに分かり易く説得力のある言葉をかけて、安心していただくことは医者の大事な仕事です。心配だからこそ病院に来られた方に向かって「実は心配する必要はありません」「病気ではありません」「病気ではあるけど治療は必要ありません」「治療は必要だけど心配はいりません」と説得することは、とても難しい作業なんです。「ない」ことは「ない」と納得していただくこと、つまり「悪魔などいないと証明すること」は、「ある」ことを「ある」と伝えるより、比べものにならないくらい難しく、説得力を要することなんです。

I:なるほど。

高橋先生:たとえば病気が「ない」と説明した後に実は「ある」となったら、誤診していたと受け取られかねません。場合によっては医療ミスで訴えられるかもしれません。だから医者は判断に迷った場合には、病気ではないと伝えることを躊躇して、とりあえず検査しましょう、あと3か月様子を見ましょう、などと言いがちなんですね。

I:ある意味、保険をかけるというか、予防線を張るみたいな感じですね。

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高橋先生:そうですね。たしかに病気を見逃す誤診は大問題です。でも、「ない」ことを「ない」としっかり伝えることも医者にとっては大変重要な仕事です。少しでも早く、患者さんやご家族に安心を与えることになりますから。たとえば小児医療の場でも、脳性麻痺の疑いがあるとされた子が1年半後に普通に歩けるようになったり、知的障害のために小学校にも行けないと診断された子が普通に小学校に通えるようになったりすることがあります。これは一般的には誤診とは言いませんが、何年間もママやパパ、あるいは本人に無用な心配をかけたことになります。ないものをあるかのように伝えることは実は大きな誤診なんですよ。

I:実は「ない」ことを「ある」もしくは「あるかもしれない」と思いつつ日々生活しなければならない患者さんやそのご家族の不安の大きさを考えると、たしかにおっしゃる通りかもしれません。

高橋先生:医者が「病気じゃない」「心配ない」と言うことを避けていることで、患者の不安や心配を煽ったり長引かせたりしているケースが結構あるんです。医者に本当に必要とされているのは、診断能力や治療能力ではなく説得力です。別の言い回しをすれば安心力。患者さんやご家族に納得していただくことで、一刻も早く彼らを安心させる力です。AIが医療を席巻するこれからの時代、納得していただくことが医者に求められる本当の仕事になると僕は思っています。でも、訴訟社会でもある現代において医師は「もしかしたら自分は間違っているかもしれない。自分の意見を押し付けると、間違っていた時にはひどく責められる」と恐れ、説得する義務を放棄する。そのような状況は、叱ることで起こりうる予測外の負の効果、他者から非難されることを恐れるあまり叱ることを躊躇する大人の心境とダブります。

I:なるほど、そこで話がつながるのですね(笑)

子どもを叱る時、そして育てる上で大切なのは親の「リーダーシップ」です

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高橋先生:叱り方を間違えると裏目に出る。あるいは「しつけ」はいきすぎると虐待と捉えられかねない。実際に虐待のケースもあるので難しいところではありますが、叱ること、しつけることにビクビクしすぎると、本当に叱らなければいけない場面で叱れなくなる。結論から言うと――当たり前の話ではありますが――叱ることは必要です。そして、その方法に「正解」はないんです。その叱り方でいいかどうか。それは親が責任をもって判断しなければいけない。医者が、病気か否か、治療が必要か否かを責任をもって判断し、患者にしっかり伝えなければならないのと同じです。

I:親の「責任」で叱るかどうか、どの程度の“熱量”で叱るかを判断しないといけないわけですよね。

高橋先生:その通りです。だからこそ、大人は感情に流されることなく、説得力をもって叱らなければいけません。子どもを納得させることを目的に、何かを伝えなければいけません。自分が叱ることで、本当に子どもは良い方向に向かっていくのか。叱った時の子どもの反応や叱った後の子どもの様子にやさしく心を配ることで、叱ることの正当性や意義を確認できるのだと思います。

I:叱ったことによる効果検証の部分ですよね。そこを見て、間違いないかを確認する。たしかに大切なことですよね。

高橋先生:叱り方に正解はないとはいえ、忘れてはならないのは「子どもが叱られたことを納得できるような叱り方」。そして、それはすなわち叱る側である親にリーダーシップが求められるということです。また医者の話になりますが、医者はリーダーシップがなければ務まりません。リーダーシップとはどういうことかというと……慶應の医学部で良く使われる言葉に「独立不羈(どくりつふき)」というものがあるのですがご存知ですか?

I:いえ。難しい言葉ですが、どういう意味でしょうか?

高橋先生:簡単に言うと、「他人の意見や時代の趨勢(すうせい)に影響されず、自分で判断して、自分の責任のもとに行動しなさい」という意味です。慶應義塾大学医学科(現在の医学部)の創設者である北里柴三郎が、福沢諭吉先生から受けた大切な言葉だと言われています。東京大学に在籍していた当時の北里は、ある“偉い先生”の学説に反対し東大を追わることになります。そんな彼に救いの手を差し伸べたのが福沢先生でした。そのときに、福沢先生が北里にかけた言葉が「独立不羈」なんですね。で、これは現代で言うところのリーダーシップのことだと思うんですよ。医者というものは、医療の現場ではリーダーシップを発揮しなければいけない。自分の責任において行動し、患者を救わなければいけない。まさに「独立不羈」の精神が大切であると。そして僕が言いたいのは、子育てでは親がリーダーシップを発揮すべきだ、ということです。

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I:つまり責任を持って子育てをするなかで、自らの意思で子どもを叱らなければいけないというわけですね。

高橋先生:その通り!偉い人がこう言っている、育児書にこう書いてある、今は叱らない時代になっているから――そういうことではなくて、自分で判断して、必要なら叱ること。目の前にいる子どもと向き合うこと。子育ての責任者、リーダーはママやパパなのですから。毎日、子どもとふれあい、向き合っているママの判断はたいてい正しいものです。ですから自信を持って叱っていいと思うんですよ。

I:そこの判断に疑いは持たない方がいいと。たしかにそうかもしれませんね。

高橋先生:このまま放置したら、この子は将来、必ず痛い目にあるだろうから、ここでしっかり叱る。例えば、この子の偏食は個性の範囲を逸脱しているから少しずつでもいいから食べさせるべきだ。育児の「リーダー」として、もしそう判断をしたのであれば、自分が思っていることをしっかり子どもに伝えましょう。それが「叱る」ということです。子どもの意思だけにまかせて、子どもの言いなりになっていたら、子どもがリーダーシップを取っていることになる。子どもがリーダーシップを発揮する場面も貴重ですが、育児の基本は親がリーダーとなることです。

I:子どもを自由に伸び伸びと育てることと、すべてのことが思いのままにさせることとは違うということですね。

高橋先生:ええ。大人には子どもを育てる義務がありますからね。繰り返しになりますが、叱るという行為は、説得であり、納得させるための努力です。そして極めて例外的にではあるけど、手を上げることが説得力を発揮する場面もあると思います。体罰は絶対にやってはいけないと思っていますが、リーダーであるママやパパが冷静に考えて必要だと判断し、深い愛を持って優しく手を上げることは、あながち糾弾されるべきものでもないと感じています。この言葉だけがひとり歩きすると、「高橋は体罰を容認するのか」と言われるかもしれないので繰り返し申しあげますが、説得力もなにもないただの暴力=体罰は絶対にいけません。激情の発露として叩くなんてことがあっては絶対にならない。その行為に本当に説得力があるのか、その手に子どもを納得させるだけの力が宿っているのか、今一度、冷静に考えて頂きたいと思います。

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I:リーダーが怒りの捌け口として叱ったり、手を上げたりしているようでは、誰もついていきたいと思えないですからね。

高橋:はい。叱ることは、親から子どもへの“プレゼント”であるべきです。相手が受け取ってなんぼ、相手が納得してなんぼのものです。だから、これを読んでいるみなさんも心を込めて、子どもに思いが伝わるようにやさしく“プレゼント”を渡してくださいね。

I:はい、今回もステキなお話ありがとうございました!

 

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<プロフィール>
高橋孝雄(たかはし・たかお)
慶應義塾大学医学部 小児科主任教授 医学博士 専門は小児科一般と小児神経 1982年慶應義塾大学医学部卒業後、米国ハーバード大学、マサチューセッツ総合病院小児神経科で治療にあたり、ハーバード大学医学部の神経学講師も務める。1994年帰国し、慶應義塾大学小児科で現在まで医師、教授として活躍する。趣味はランニング。マラソンのベスト記録は2016年の東京マラソンで3時間7分。別名“日本一足の速い小児科教授”。

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