遺伝学の進歩により、遺伝子がどのような仕組みで“仕事”をしているのか色々なことが分かってきました。遺伝子に関する学問を「ジェネティクス」と呼ぶのに対して、遺伝子の働きを修飾する仕組みに関する学問を「エピジェネティクス」と呼び、がんの予防や能力開発などに役立つのではないかと期待する声もあるようです。
今回のテーマは「エピジェネティクス」。おなじみ、慶應義塾大学医学部教授の高橋たかお先生に解説していただきましょう。ちょっと難しい話ですが、知っているとわが子の幸せを後押しできることもあるかも知れませんよ。聞き手はミキハウス出産準備サイトスタッフIです。
日々の生活の中で、すべての遺伝子がいつも機能しているというわけではありません
I:今回は遺伝研究の分野で注目を集めているエピジェネティクスについて伺いたいと思います。
高橋先生:遺伝子の話は医学生が相手でも難しいのに、すごいテーマを持ってきましたね(苦笑)。
I:すいません(笑)。先生は以前、「大事なことは『遺伝子』で決まっている」というお話や、「遺伝子が作るシナリオには余白や揺らぎがあり、それらが個性や才能を左右する」というお話をされてましたね。遺伝子(DNA)とは“生命の設計図”であり、ある程度の振れ幅(揺らぎ)はあるにしても、基本的にはその設計図にそって人は発達し育っていくのである、というお話でした。そこで、エピジェネティクスについてお聞きしたいのですが、どうも最先端の研究によれば遺伝子が決めたことも生活習慣や環境にそれなりに左右されることが分かっているそうですね。このあたり、非常に興味深いのでじっくりお話をお聞かせいただけますでしょうか。
高橋先生:はい、できるだけわかりやすい例をあげてお話してみましょう。まったく同じ遺伝子を持った一卵性の双子では、多くのことが非常に似ている一方、成長するにつれ個性が発揮され、それぞれ異なる人生を送ることになるという事実があります。エピジェネティクスという学問はそのようなテーマをあつかう学問です。
I:つまり同じ設計図を持って生まれたのに、違う建物が建つのはナゼなのか、という話ですね。
高橋先生:そうです。エピジェネティクスとは簡単に言うと、どの遺伝子を“オン”にして、どれを“オフ”にするか、という仕掛けのことです。わかりますか?
I:オンとオフ?
高橋先生:はい。人間は約2万個の遺伝子を持っています。それらの遺伝子のほとんど全ては、ひとの体にとって不可欠なタンパク質を合成するためにあります。例えば白人と黒人では、皮膚の色を決めるタンパク質を作る遺伝子が異なります。筋肉のタンパク質を作る遺伝子が異なれば、持って生まれた身体能力も異なってきます。それが遺伝子によって決まる特徴、遺伝子が決めた設計図です。一方、全く同じ遺伝子の組み合わせ、つまり同じ設計図を与えられたとしても、エピジェネティクスの効果によって設計図の読み取り方、つまりどの遺伝子をオンにして、どの遺伝子をオフにするのかが変わってくる。ある遺伝子がオンになるとその遺伝子からタンパク質が作られるが、オフになると止まる。同じ遺伝子の組み合わせ、つまり同じ設計図から違う現象が起きる、ということです。そのような仕組みがあるおかげで、努力を重ねることによって能力がある程度は高まりますし、一卵性の双子でも異なる個性を手に入れることがある程度はできるわけです。ある程度はね。
I:なるほど……つまり、遺伝子はすべてがオンになっているわけではないということですね?
高橋先生:はい。多くの遺伝子がオンになったりオフになったりしています。細胞が生きていくために不可欠な「ハウスキーピング遺伝子」のようにずっとオンになってものもあります。一方、たとえば体内時計を作っているのは多くの「時計遺伝子」たちですが、かれらは一日周期でオン・オフを繰り返しています。他にも場面に応じてオン・オフを切り替える遺伝子が数多くあります。日常生活の中で、多くの遺伝子がオンになったり、オフになったりして、まるでネオンサインのようでもあり、メロディーを奏でているようでもあります。その仕組みをあつかう学問がエピジェネティクスなんです。