I:つまりエピジェネティクスとは、遺伝子が決めた設計図の働きを時々刻々、変化させるためのもの、というわけですか?
高橋先生:そうとも言えますね。遺伝子がきめる設計図を楽譜に例えると、エピジェネティクスは演奏の仕方のようなものでしょうか。一つの音を一つの遺伝子と考えてみてください。一番多くの音(=遺伝子)を持つピアノですら鍵盤の数は88しかないですよね? 遺伝子は2万個もあるので、かなりスケールが違いますが。遺伝子の中にはずっと機能しているものもあれば、昼だけ、あるいは夜だけにしか働かないものもある。中にはごくまれにしか使われないものもあります。持っているだけで一生使わない遺伝子もあるんですよ。ある楽曲のなかで一度も使われない音符もあるように。
I:ふむふむ。
高橋先生:どの音をどう組み合わせて、どの順で使うかは作曲家の仕事。それは楽譜という設計図にしるされています。遺伝子が描く設計図、人生の大雑把なシナリオもそれと同じです。エピジェネティクスは、それぞれの遺伝子がどのタイミングでどんな強さでどれくらいの間オンになるかを決める。楽曲でいえば奏者の個性のようなものです。
I:奏者の個性…ですか。
高橋先生:遺伝子が並んだ楽譜を想像してみてください。旋律(メロディライン)はあらかじめ決まっていますが、演奏のし方には実にいろいろな方法があるはずです。楽器はピアノとは限らない。肉声で歌ってもいいわけです。つまり遺伝子が決めた設計図、つまり作曲家が並べた音符からなる楽譜をもとに、それを上手に修飾して名演奏にするのは奏者、つまりエピジェネティクスの仕事です。そして、同じ曲を同じ人が演奏しても全く同じ表現になることはないように、たとえ一卵性双生児であっても全く同じふたりの人間にはならないのです。遺伝子の数はたったの2万個しかないのに、また、多くの動物の遺伝子はとても似通っているのに、我々がこんなにも個性豊かな生物であるのは、エピジェネティクスのおかげなんです。