プレママにとって大切な栄養素といえば「葉酸」。厚生労働省も2020年度版の「日本人の食事摂取基準」策定検討会で、妊婦、授乳婦は葉酸を通常よりも多く摂取することを推奨(※)しています。なぜ、妊娠中や授乳期は葉酸が必要なのでしょうか。葉酸の効果と摂り方について、慶應義塾大学名誉教授で産婦人科医の吉村泰典先生に教えていただきましょう。
問題となっている妊婦の「葉酸不足」 先進国では日本だけ?
――ここ数年プレママは葉酸を摂るべき、という話をよく聞きます。最近では葉酸サプリのテレビCMやWEB広告などで目にする機会も増えました。まず基本的なことから伺いたいのですが、葉酸とはどういうものなのでしょうか?
吉村先生:葉酸はビタミンB群の仲間で、水溶性のビタミンの一種で、ビタミンB12と協力して血液を作る働きがあります。また、おなかの赤ちゃんのからだが形成されていくための細胞の増殖に必要な栄養素でもあります。
――つまりはおなかの赤ちゃんを育てる上で必要な栄養素ということですね。
吉村先生:そう言えるでしょうね。胎児の脳、神経管、心臓など重要な部分が形成される段階で妊婦さんのからだに充分な葉酸がないと、神経管閉鎖障害の発症リスクが高くなることが数多くの研究で証明されています。
――胎児の神経管閉鎖障害…それはどんな症状にあらわれるのでしょうか?
吉村先生:いろいろな疾患があるのですが、代表的なものは二分脊椎の先天異常です。脊髄や脊椎(背骨)の神経管ができていく過程で障害が起きると、生まれつき腰に毛細血管腫ができてしまったり、足の麻痺などが見られることがあります。神経管の閉鎖障害は、無脳症や脳瘤の原因にもなると言われています。
――葉酸を摂ることでそれらを予防できるのですか?
吉村先生:そうです。この先天異常は、以前は欧米諸国で発症率が高いものでした。しかし1991年に米国で葉酸の摂取によって予防できる事が認められ、1998年からは同国でコーンフレークスやグラノーラといったシリアル食品などに葉酸を添加することが義務付けられました。カナダやヨーロッパ諸国でも同様の対策が取られた結果、欧米では胎児の神経管閉鎖障害が減少しています。日本でも2000年に厚生労働省が妊娠可能年齢の女性への葉酸摂取の“呼びかけ”を始めておりますが、葉酸接種は長らく一般化せず、先進国の中で日本だけは神経管閉鎖障害の赤ちゃんが増えているんです。
――そうだったんですか…。
吉村先生:もちろん神経管閉鎖障害の原因は葉酸不足だけではないでしょう。日本はそもそも神経管閉鎖障害の赤ちゃんは少なかったにもかかわらず増えているんです。先進国でそんな国は日本くらいです。なので、もしかしたら偏った食生活や、妊婦さんの「痩せ」が影響している可能性もあり、正確な理由は明らかになっていないんです。ただ、間違いなく言えるのは、欧米ほど葉酸摂取に積極的に取り組んでこなかったことが原因のひとつということ。事実、日本では、妊婦の約8割は、葉酸の摂取が不足していると言われているんですよ。
――8割とはずいぶん多いんですね。
吉村先生:欧米では葉酸摂取を強く推し進めた結果が明確に出ているにもかかわらず、日本ではそのことがあまり認知されていない。非常に悔しいですね。なお、葉酸摂取でリスクが減ると言われているのは、胎児の神経管閉鎖障害だけではありません。まだエビデンスとして成立してはいませんが、葉酸が不足していると、低出生体重児とか胎児発育障害が起きやすいという研究結果もあるし、流産率や体外受精の成功率にも関係するというデータも出ています。