――葉酸が妊婦さんにとって大切な栄養素であることは十分に理解できました。では摂取すべき時期はいつからいつくらいまででしょうか?
吉村先生:重要な質問ですね。実は葉酸は妊娠のかなり早い段階、つまり精子と卵子が出会って受精卵になり子宮に着床して細胞分裂を始める時から必要な栄養素なんです。その時期に葉酸が不足していると、妊娠5、6週ぐらいでも神経管閉鎖異常が始まってしまうことがあると言われています。ですから、妊娠してからではなくて、妊活中から葉酸摂取を心がけるべきなんですね。
――それは妊娠前に知っておくべきポイントですね。葉酸はどんな食品に多く含まれているのですか?
吉村先生:ほうれん草、グリーンアスパラガス、春菊、納豆、いちご、鶏のレバーなどに比較的多く含まれているのですが、厚生労働省は成人の1日の推奨摂取量を240マイクログラムとしています。これをすべて食品から摂るとなると、ほうれん草なら4株、納豆(50gパック)4個分、いちご20粒ということになりますから、毎日必要なだけ食べるのはけっこう大変です。
――そうですね。
吉村先生:しかも妊娠前から産後までの女性はもっと多くの量が必要なんです。厚生労働省の推奨量は、妊娠初期には追加で400マイクログラム。食品だけで必要な量の葉酸を摂取することは、難しいですね。
――追加ということはは合計640マイクログラム! 納豆だけで摂ろうとすると、妊娠初期は1日12パック食べなくてはいけませんね…。
吉村先生:ちょっと現実的ではありませんよね。しかも妊娠中期から後期も240マイクログラム、産後から授乳期も100マイクログラムが「追加」で必要です。つまり、妊娠中期・後期は480マイクログラム、授乳期なら340マイクログラムの摂取が望ましい。
――授乳期にもそんなに必要なんですね!
吉村先生:そうです。もっと言うと、今は妊婦さん以外の方、例えば男性にも葉酸は必要な栄養素だと言われています。いずれにせよ食事だけで葉酸不足を補うのは難しいので、厚生労働省もサプリメントなどで葉酸を補給することをすすめているんですよ。
――なるほど。サプリで摂取しても問題ないのでしょうか?
吉村先生:はい。葉酸は水溶性ですから、少々過剰摂取しても排出されます。ただ葉酸と一緒に脂溶性のビタミンAが配合されているサプリを摂取する時は量に気をつけていただきたいですね。
――ビタミンAを摂りすぎるのは良くないんですか?
吉村先生:そうです。ビタミンAの過剰摂取は先天異常の発生に関与すると言われています。ビタミンAは動物性食品に豊富ですから、バランスのいい食事を心がけていれば充分摂れるものです。総合ビタミン剤などで葉酸を必要量補給しようとすると、ビタミンAの過剰摂取につながることがあるかも知れませんから、そこは気を付けていただきたいです。
――水溶性で多めに摂取しても排出される葉酸と、余るとからだに蓄積される脂溶性のビタミンAでは摂り方が違うんですね。
吉村先生:その通りです。葉酸についてお断りしておきたいのは、葉酸不足が胎児の神経管の閉鎖障害を引き起こす可能性があると言っても、神経管の閉鎖障害の原因にはいろいろなファクターがあって、葉酸の不足はそのひとつにすぎないということです。葉酸を取れば絶対安心というわけではないし、葉酸ばかりに気を取られるのもどうかと思います。基本はバランスよく食べることで、足りないものはサプリで摂取すると考えていただきたいですね。
――他にも葉酸サプリを摂取する時に知っておいたほうがいいことはありますか?
吉村先生:潰瘍性大腸炎の時に処方されるサラゾピリンや抗けいれん薬などを同時に服用すると、葉酸の作用が抑えられてしまうことがわかっています。そういう場合は葉酸の量を増やさなくてはいけないので、薬を飲む場合にはかかりつけの医師に相談していただきたいですね。
――葉酸は妊娠前から摂取しておいた方がいいこと、サプリを利用して充分な量を摂らなくてはならないことなど、よく分かりました。今回も分かりやすく教えていただきました。ありがとうございました。
医学の発達によって、葉酸の働きが解明され、以前は防げなかった先天異常のリスクを低減できるようになったことは、喜ばしいかぎりです。現在では、葉酸はおなかの赤ちゃんの成長に必要なだけでなく、成人の脳梗塞や認知症、骨粗鬆症の予防にも役立つと言われているそうです。妊娠を考え始めたら、夫婦で葉酸摂取を習慣にしてもいいかも知れませんね。
- <参考資料>
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※「日本人の食事摂取基準(2020年版)」策定検討会報告書(厚生労働省/令和元年12月)
https://www.mhlw.go.jp/content/10904750/000586563.pdf
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※「日本人の食事摂取基準(2020年版)」策定検討会報告書(厚生労働省/令和元年12月)
1949年生まれ。日本産科婦人科学会理事長、日本生殖医学会理事長を歴任した不妊治療のスペシャリスト。これまで2000人以上の不妊症、3000人以上の分娩など、数多くの患者の治療にあたる一方、第2次~第4次安倍内閣では、少子化対策・子育て支援担当として、内閣官房参与も務める。「一般社団法人 吉村やすのり 生命の環境研究所」を主宰。