連載「高橋たかお先生のなんでも相談室」
ひとり親、地域格差、貧困――
“困難な環境”における子育てについて

小児科医 / 高橋孝雄先生

無邪気に笑う赤ちゃんの姿に育児の疲れも吹き飛んで、「この子が夢を叶えられるように、理想的な環境で育ててやりたい」と願うのは親心です。でも、ひとり親とか、金銭的なゆとりがない、住んでいるエリアが教育熱心じゃない…などの理由で、子どもの将来に不安を持つママ・パパもいます。コロナ禍でそうした不安が一層強くなる中、子どもたちが将来それぞれに自分の能力を存分に発揮できるようになるために、今何をしてあげたらいいのでしょうか。慶應義塾大学医学部教授で小児科医の高橋孝雄先生に伺います。

高橋孝雄(たかはし・たかお)
慶應義塾大学医学部 小児科主任教授 医学博士 

専門は小児科一般と小児神経。
1982年慶應義塾大学医学部卒業後、米国ハーバード大学、マサチューセッツ総合病院小児神経科で治療にあたり、ハーバード大学医学部の神経学講師も務める。1994年帰国し、慶應義塾大学小児科で現在まで医師、教授として活躍する。趣味はランニング。マラソンのベスト記録は2016年の東京マラソンで3時間7分。別名“日本一足の速い小児科教授”。

ひとり親はハンディなんかじゃありません

担当編集I(以下、I):厚生労働省が平成28年度に行った「全国ひとり親世帯等調査」(※1)によると、日本の母子世帯数は約123万世帯、父子世帯は約19万世帯で、18歳未満の子どもがいる世帯1167万世帯(※2)の約12%を占めています。子どものうち、8人に1人が“ひとり親”ということなのですが、ひとり親家庭で育つことは子どもたちにとってどんな影響があるでしょうか?

高橋先生:僕も幼い頃に父を亡くし、母子家庭で育っているんです。大人になって振り返ってみると、僕と弟、二人の子どもを抱えて母は経済的にも大変だったろうなと思います。でも、当時は孤独感を感じることはなく、ひとり親という理由で嫌な思いをしたという記憶もありません。日常生活では、もちろん子どもながらにつらいことはありました。でも、母子家庭であることとは無関係のことばかりでした。シングルマザーであるためのハンディと言えるようなものって意外に少ないのではないでしょうか。わが子に対しても、周囲の人に対しても、シングルマザーであることに負い目を感じる必要はありません。

シングルマザーであることに負い目を感じる必要はありません

I:ひとり親家庭で育った先生のお言葉なので説得力があります。ただ、あえて議論のためにお話させていただきますと、OECD(経済協力開発機構)の調査によると、ひとり親世帯で、なおかつ親が就業している場合の相対的貧困率(全国民の所得の中央値の半分を下回っている割合)は、日本が54.6%と先進国でワースト1位です。子どもの6人に1人は貧困状態にあり、それが固着しつつあるというのが社会問題となっています。

高橋先生:うちも母子家庭で生活保護世帯でしたけど、子どもの目から見ると日々の生活に特に問題はなかったんですけどねぇ。でも、それは個人のケースだと…一般論としては「シングルマザーであることに加えて貧しい、それが子どもに影響しないわけはない」という指摘ですよね。あるいは、豊かな家庭に育っている子どもと比べられることによって、貧困家庭の子どもは劣等感を抱くのではないか。それが、その子の将来に悪い影響を与えるのではないか、そういう話ですよね?

I:ええ。貧しい環境が、その子の未来の可能性を制限するのではないか、ということをずばりお聞きしたく。

高橋先生:もちろん程度にもよるかと思いますが、日本のような“恵まれた国”において相対的に貧困だったとしても、それだけが原因となって子どもの可能性が制限されるということは考えにくいと思っています。ここは、子どもを信じるしかないのですが、そもそも子どもは貧乏だということで、それだけを理由に劣等感を抱くようなことはないと僕は信じています。子ども同士は、親が一人か二人か、裕福な家庭かどうかということで互いを別け隔てするようなことはないはずです。もしもそういう子がいたとしたら、大人がそのような間違った考えを吹き込んでいるのではないでしょうか。もし、あなたのお子さんが友だちに向かって「お前なんかお母さん一人で貧乏なんだろう」と本気で言ったとしたら、それは決して言ってはならないこと、いや、思ってもならないことなのだと、きつく言ってきかせるべきです。

I:たしかに、お金がないことに劣等感を感じるのは大人だけかもしれません。

高橋先生:ウチは貧乏だから、この子はいじめられているんじゃないか、他の子どもにバカにされているんじゃないか、と先回りして勘ぐるのは、多分お母さん自身がシングルマザーであることに劣等感を持っているからではないでしょうか。繰り返しますが、そんなことで劣等感を抱くのはやめましょう。親ひとりで子どもを育てていることは、なにも恥ずべきことではありません。子どもを不幸にもしません。「シングルマザーでごめんね。こんなママに育てられているあなたがかわいそう」なんていう考えは今すぐ捨てましょう。そんなことを親に言われ続けたら、困難を乗り越えて成長していこうとする子どもの意欲、自己肯定感を削いでしまいかねません。

I:ひとり親は大変である、と言いすぎないほうがいいと?

高橋先生:もちろん親御さんは大変だと思いますよ。また、子どもにとってもひとり親に育てられているということは、本人はそうと感じていなくても、困難と言えば困難かも知れない。しかし、どんな子どもも、成長していく中でありとあらゆる困難に出会うものです。ひとり親だという困難がひとつ加わったくらいで子どもの人生が変わってしまうなんて到底ありえないと思います。

I︰母子家庭、父子家庭の方には、すごく勇気が出てくる言葉ですね。

高橋先生:ママとパパが揃っていて、ふたりで上手に助け合っていても子育ては大変なものです。それをひとりでやるとなると、やっぱり親は元気でいなくてはならない。落ち込んでいる場合ではありません。だからね、自信を持って子どもに向き合って欲しい。それが一番です。夫婦揃って社会的な地位が高く、高収入の家庭の子どもが、精神的な問題を抱えて摂食障害になって入院してくることだってあります。何の不自由もない家庭に見えても叩けばホコリが出るようなことは珍しくないでしょう。小児科医として多くの家庭の様々な問題を見てきた経験から、ひとり親という困難なんて実は他愛もないことだと思われてくるのです。

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