“今、日本一相談したい小児科医”と言われる、慶應義塾大学医学部教授で小児科医の高橋孝雄先生。本連載をきっかけにさまざまなメディアで活躍、2冊出版した自著の累計発行部数も10万部を超え、ますます注目を集める存在となっています。そんな高橋先生を迎えて、出産準備サイトでは東京・下北沢の本屋「B&B」のリモートイベント「子育てアレコレ相談室」を開催しました。本記事では、その様子を一部レポートいたします!
専門は小児科一般と小児神経。
1982年慶應義塾大学医学部卒業後、米国ハーバード大学、マサチューセッツ総合病院小児神経科で治療にあたり、ハーバード大学医学部の神経学講師も務める。1994年帰国し、慶應義塾大学小児科で現在まで医師、教授として活躍する。趣味はランニング。マラソンのベスト記録は2016年の東京マラソンで3時間7分。別名“日本一足の速い小児科教授”。
「勉強しなさい!」は言わないと誓ったものの……
担当編集I(以下、I):回はいつもの連載より対象年齢が高めのお子さんに関するご相談です。受験を控えた中学生を子に持つお母さまから。
【相談】
子どもに対して「勉強しなさい」と言うのは自分が安心したいからだな、と気付いてから一切やめていました。
しかし今、息子が中学2年生(LD発達障害あり)になり、来年受験なのもあって、親が焦る気持ちが出てきています。
将来的に自立して生活してほしいという思いから、できる限り頑張って欲しいなと思うと、ついうるさく口出ししてしまう事があります。
今まで通りマイペースに、子どもに勉強しなさいと言わないで見守っていって良いのか…。
一度は決めたものの気持ちが揺らぎます。
どのように見守っていけば良いのでしょうか。
(SNE)
高橋先生:「LD発達障害あり」と書かれているので、このお子さんは、医療的な介入が必要なケースだと思われます。
I:はい。お母さまによると「読み書き障害がある」とのことです。
高橋先生:だとすれば、いわゆる「ディスレクシア」というタイプの学習障害ですね。学習障害(Learning Disability:LD)とは、知的発達に遅れがないものの、「読む」「書く」「計算する」といった能力に困難が生じるタイプの発達障害を指します。
おそらく小学生の時から相当苦労してこられたのでしょう。しかも、マイペースにやってきたと。それは素晴らしいことだと思います。ご本人も親御さんも相当にがんばってこられたんでしょうね。一方で、来年は受験で親が焦る気持ちが出ていると。これは勉強についていけている証しだと見受けます。
I:がんばってきたからこそ、悩み続けられているのかもしれませんね。
高橋先生:そうかもしれません。この相談内容のみでの判断になりますが、このお子さんは、読み書きは苦手だけれども、それ以外の学力は優秀なお子さんなのでしょう。ただ読み書きが苦手だと、他の多くの科目の足を引っ張っていることも多い。よくあるパターンが、小学校の算数の試験です。一生懸命、勉強して、試験当日の朝、いってらっしゃいと送り出す。試験が終わって帰ってきて、お母さんが「テストどうだった?」と聞くと、なんて答えるか想像できますか?
I:いや、わかりません。なんというのですか?
高橋先生:「時間がなかった」と言うんですよ。算数の文章題の文章が読めないから何を問われているから分からない、頑張って読んでいるうちに問題を解く時間がなくなってしまうんですね。多分、この子もそれで苦しんでいたんではないかと思うんです。どんなに努力し勉強しても、テストになると、その成果が表れにくい。
I:ご本人も親御さんも相当にがんばったんでしょうね。
高橋先生:よくぞここまで我慢強く苦手を克服し、乗り越えてきたと思います。このお子さん、こうやって中学2年生まで勉強を続けてきたことだけで、本当に偉いと思います。で、お母さんも悩まれているけれども、そんなお子さんに一番言わない方がいいなと僕が思うのが「勉強しなさい」です。
I:なるほど。このお母さんがずっと言わないようにしてきた言葉ですね。
高橋先生:このお子さんに「勉強しなさい」は必要ないんですね。勉強はできるんですから。言うべきは「読み書きの練習をしなさい」。もっと言えば、「あなたが苦手としているのは勉強ではなくて、読むと書くなんだ」と。読むと書くが苦手だから、人並みにはならなくても良いけれども練習をしっかりしようと。それから、読み書き以外のことはちゃんとできるんだから、自信を持とうと。テストの点数が低くても、あなたは頭の良い子だよ、と言ってあげるのが、この子にとっては最大のアドバイスだと思いますね。
I:努力の方向性を示してあげて、その努力が無駄にはならないことに気づかせてあげるようなアドバイスをするということですね。
高橋先生:はい。学習障害に限らず、ADHD にしても、自閉傾向があるお子さんにしても、最大の敵は二次障害です。二次障害というのは、持って生まれた障害のために自信を失ってしまう状態です。自分はみんなと違う、どうせやってもしょうがないんだと、自暴自棄になってしまい、本来の実力以上に学力が落ちてしまう。そのようにして自己肯定感が落ちてしまうことは、どうしても食い止めなければいけません。
I:おっしゃるとおりですね。
高橋先生:何度でも申しあげますが、このお母さんとこの子はとても立派です。だって現に今、受験に向けてがんばっているわけですよね。そして、この子がここまでがんばってこられたのも、お母さんのおかげですよね。なんだかんだいって、お母さんのおかげで、すくすくと、ここまでがんばってきた。その頑張りを、ご家族みんなで、一度ねぎらってあげてほしいです。その上で、お子さんにも自分をねぎらってほしい。自分は決して勉強ができないわけではないということを肝に銘じてほしい。そうすれば、あなたの未来は明るいものになるのではないかな。
I:先生、今、お子さんに語りかけましたね。
高橋先生:ええ。あなたは将来、成功する可能性が高い。アメリカのエール大学の先生から実際にお聞きしたことです。医師にも読み書き障害がある方が意外に多い。そして、そのような障害を乗り越えた方は優秀な医師である場合も多い。建築家やデザイナー、社長さん……同じような困難を克服し、活躍している方はとても多いんですよ。
I:そうした障害を持っても、乗り越えた先に成功を勝ち取った先達がたくさんいると。
高橋先生:そういうことです。で、こういうタイプの人たちが社会で成功するための秘訣として、部下や同僚に恵まれることがあります。そういう方々には必ずと言っていいほど助けてくれる友だちがいます。自分の不得意なところをカバーしてくれる優秀な部下がいます。「君が悩んでいること」は実は人にやってもらえることばかりと、僕はこの子に伝えたい。苦手なことがある分、君はもしかすると空間認知能力が高かったり、デザインする能力に長けていたり、放射線診断科医のように画像データを正確に読み取る才能を持っているかもしれない。
I:自分の持つ、まだ見ぬ可能性を信じてほしいと。
高橋先生:はい。中学生は、そういう意味で大事な時期です。これからの人生で成功するかどうかは、一言でいえば、自分に自信を持てるかどうかにかかっています。ぜひとも、自己肯定感を高く持って、前向きにいろんなことに取り組んでほしいと思います。頑張ってください。