――吉村先生は医者としてピルという薬の安全性を認識しているからこそ、積極的な服用をすすめられているとは思うのですが、一方で女性にとって月経を薬で半ば強制的に止めることに抵抗感を感じる方もいらっしゃるかと…。
吉村先生:そのお気持ちはわかります。ただ、ピルは1950年代のアメリカで研究が始まり、1970年代に低用量ピルが開発されて多くの欧米の女性たちが使うようになるなど、長年にわたり効果や安全性が実証されてきた安心して使える薬です。事実、副作用のリスクも極めて低いんです。唯一、気をつけるべきは血栓症(※3)。いわゆるエコノミークラス症候群とも呼ばれるもので、ピルを始めた最初の3か月は体に異常を感じたらすぐに処方してくれた婦人科に行って検査してもらうことをおすすめします。ただ、日本人は欧米人より発症率が低いので、そこまで心配する必要はないかと思います。
――なるほど。毎月、辛い思いをしている月経困難症の方はやった方がよいのはわかるのですが…やはり、連続服用することで不妊症になるのではないかとか、いろいろ心配してしまいます。
吉村先生:むしろ逆です。ピル服用中は女性ホルモンをコントロールして子宮を正常な状態に導いていますから、やめたらすぐに妊娠したという女性は珍しくありません。そもそもなぜ私がピルの服用を奨励しているのか、詳しくご説明しますね。まずがこちらをごらんください。
吉村先生:昔の女性、それこそ戦前の女性は15歳ぐらいで初経を迎え、50歳で閉経するまでに4~6人の子どもを産んでいました。妊娠・授乳の期間を1人の子どもで2年半と考えると、6人の子どもを育てた人なら合計15年間月経がなかったことになります。ところが現代の女性が生涯に産む子どもの数は2人以下です(※2)。しかも初経の年齢は下がって、今では12歳ぐらいで月経が始まります。一方、閉経の年齢はほぼ変わっていませんから、出産回数の少ない現代女性は戦前の女性よりも月経回数が200〜300回ぐらい多くなっていることになる。つまり現代女性は月経にさらされすぎているんです。
――昔から女性の悩みの種だと思っていましたが、現代女性の方が明らかに月経との付き合いが密になり、それに伴う悩みも増えるということですね。
吉村先生:はい。過剰な回数の月経があるということは、月経痛や出血量といった問題だけではなく、女性のからだにとって損失が大きいんですね。例えば月経回数が多くなったことで増えた病気に子宮内膜症(参照:「妊娠ができなくなるわけではありません『子宮内膜症』の原因と対策 ~子宮のトラブル~(後編)」)があります。平成9年と平成26年を比較した下の表を見ると、子宮内膜症で医療機関を受診した女性はわずか17年間で約2倍になっているのがわかります。
吉村先生:子宮内膜症予防のためにも月経の回数は積極的に減らした方がいい。そのためにもピルは役立ちます。もちろんピル連続投与の最大の目的はQOLの向上だと思います。女性が月経から解放されれば、QOLが間違いなく上がりますからね。月経によって多くの女性が憂鬱な時間を強いられ、そして多くの機会を奪われているんです。私はそうした現実を医師として変えていきたいし、そういった責務があると思っています。
――ピル服用はお医者さんに相談が必要ですね。若い人の中には安いからと、ネットで海外からピルを買って使用している人もいるようです。
吉村先生:知識のある方ならそれでもいいかもしれませんが、まずはじめようという場合は、かかりつけの婦人科の医師に相談してください。現在日本で認められているピルには28日を一つのサイクルとして飲む周期服用型と、連続服用型の2つのタイプがあります。医療機関によってはやはり28日周期の方が、飲み忘れなどがなくて安心だからと連続服用はすすめないこともあるようです。最初は周期投与で血栓症の心配がないことを確認して、ピルに慣れてから、医師と話し合って連続服用をするという形がいいんじゃないでしょうか。
――ピルの連続服用で注意すべきことはありますか?
吉村先生:連続服用をしていると、そのうちに破綻経血と呼ばれる軽い出血がある人もいますが、その時は服用を止めて月経をおこします。それで月経が終わったらまた飲み始まればいい。連続服用の場合は破綻出血を起こすまで飲み続けることが多いです。子育て中のママだって、授乳が終わってしばらく次の子どもを考えないんだったら、ピルを飲むといいと思います。月経痛でつらい日がなければ、元気なママでいられますからね。もちろんそうした選択はその人、個人で決めること。私が医師として言えるのは、ピル服用が現代女性の“苦しみ”を解放する、現時点での最良の手段だということです。
※ ※ ※
月経の辛さから解放されるためには月経を止めるのがいい――最初に吉村先生からそうした言葉を聞いたときは、少し理解が追いつきませんでしたが、こうして順序立ててお話を聞くと、そうした方法が医学的には問題ないこと、それを選択するのはその女性本人にあることだということがわかりました。月経に少しでもストレスを感じている方は、かかりつけのお医者さんに相談してみてはいかがでしょうか。
〈参考資料〉
(※1)日本子宮内膜症啓発会議Fact Note (http://www.jecie.jp/material/factnote/)
(※2)第15回出生動向基本調査(結婚と出産に関する全国調査 国立社会保障・人口問題
研究所 2015年実施)
http://www.ipss.go.jp/ps-doukou/j/doukou15/doukou15_gaiyo.asp
(※3)低用量経口避妊薬の資料に関するガイドライン(日本産婦人科学会編 平成17年12月)
http://www.jsognh.jp/common/files/society/guide_line.pdf
【プロフィール】
吉村泰典(よしむら・やすのり)
1949年生まれ。慶應義塾大学名誉教授 産婦人科医。日本産科婦人科学会理事長、日本生殖医学会理事長を歴任した不妊治療のスペシャリスト。これまで2000人以上の不妊症、3000人以上の分娩など、数多くの患者の治療にあたる一方、第2次~第4次安倍内閣では、少子化対策・子育て支援担当として、内閣官房参与も務める。「一般社団法人 吉村やすのり 生命の環境研究所」を主宰。