いろいろなワクチンに対する誤解が存在しています。中でも欧米社会で影響を及ぼしているのが、MMR(麻しん、おたふくかぜ、風しん混合)ワクチンの接種と自閉症の関連です。これは1998年にイギリスの医師が、最初に医学誌に掲載した論文で主張し、以降の反ワクチン運動の“拠り所”となっています。しかし、論文の不正が発覚し、2004年には掲載された雑誌からこの論文は撤回され、2010年にイギリス人医師は医師免許を剥奪されています。
菅谷明則先生は、こう強調します。
「自閉症とMMRワクチンとの関連は、その後の多くの研究によって完全に否定されていますが、欧米ではいまだに論文の著者は反ワクチン運動の父として活躍しています。麻しんの流行が世界的に問題となっていますが、特にアフリカ、ヨーロッパでは報告数が大幅に増加しています。ヨーロッパではウクライナでの麻しん患者数が多く、ヨーロッパ全体の約70%をしめています。MMRワクチンの接種率も低く(報道によると58%)、社会的情勢が接種率の低下をひきおこしていますが、MMRワクチンと自閉症との関連の誤情報が信じられているようです。ワクチンに対する不安はいつの時代もあります。昔の話ですが、病原性が十分に弱体化されていないワクチンが重篤な副反応(薬の副作用とは違うワクチンの投与によって起こる免疫反応以外の反応)を起こした事件もありました。しかし、ワクチンは試行錯誤を繰り返しながら開発され、現在のワクチンは科学的に効果と安全性が証明されているということをわかっていただきたいと思います」(菅谷先生)
たとえば日本小児科学会の2018年度版『予防接種の副反応と有害事象』(※8)では、2013年に起きたワクチン接種後の重篤な症状は、約10万回に1回と報告されていますが、ワクチンとの因果関係が科学的に証明されているものは少なく、たまたま接種直後に別の病気の発症時期が重なった“紛れ込み”も含まれています。
「10万回の接種で1回の重篤な症状があったとして、接種せずに実際にVPD(ワクチンで防げる病気:Vaccine Preventable Diseases)にかかるリスクの方がはるかに大きな問題です」(菅谷先生)
一方、ワクチン接種後には軽度な「副反応」が起こることはあります。たとえば接種した場所が赤く腫れたり、少し熱が出たり…。ただ、これらの副反応は自然感染することに比べれば軽症です。しかし、「安全なはずなのに、なぜ副反応が起こるの?」と不安を覚えたり、ワクチンそのものに疑いを持つ方もいます。
「ワクチンを接種すると、まず『自然免疫』が異物を感知して排除しようとします。つまり接種後の発熱や腫れのほとんどは『自然免疫』が正常に働いたためです。この後にそれぞれの病原体に対する免疫を作る『獲得免疫』が働きはじめます。大切なお子さんのことですから、ちょっとしたことでも不安になるお気持ちはわかりますが、軽度な副反応なら過剰に心配する必要はありません。接種する前に副反応についての説明をしっかり受けて、理解していただきたいと思います」(菅谷先生)
接種後の赤ちゃんに発熱や腫れがあっても、おっぱい・ミルクを飲んで機嫌が悪くないようであれば、1日ぐらいは様子を見てもいい、と菅谷先生。ただ、しばらく熱が続いたり、嘔吐など他の症状がある時には予防接種と関係のない別の病気の疑いがあるので、医療機関を受診しましょう。