「日本では1歳未満のワクチン接種率は98%くらいと高く、私のクリニックでも、ほとんどのママ、パパは赤ちゃんの健康を第一に考えて、積極的にワクチンを接種しています。年齢が大きくなると次第に接種率が下がっているという問題はありますが、基本的には日本では『Vaccine Hesitancy』は、大きな問題にはなっていません。しかし信念として『ワクチンは接種しない』という保護者はいます。そういう方々に正しい情報を伝えても、なかなか接種してもらえません。また、反ワクチン運動が世界的に拡大しており、日本でも大きな問題となる危険性があります。我々医師ができることは、ワクチンの有効性と安全性についての正確な情報とVPDのリスクを正しく保護者に伝え、多くの方が着実に、そして遅れないようにワクチン接種をし、子どもたちをVPDから守っていくことだと思っています」(菅谷先生)
日々、ワクチンの正しい知識についての情報発信をしている菅谷先生。先生が理事長を務めているNPO法人のホームページでは「みんなのワクチン相談室」(http://www.know-vpd.jp/faq.php)を開設し、ワクチン接種を迷っている人のための情報を発信しています。そうした活動の中で、日本の予防接種制度が先進国と比べると遅れていることを実感されることもあるとか。
「あえて厳しい言い方をいたしますが、日本には科学的な根拠に基づいて、迅速に予防接種施策を行っていくシステムがありません。ロタウイルスワクチン、おたふくかぜワクチンが定期接種とならないこと、学童の百日咳が増加しているが就学前のワクチン接種が任意接種のままであること、成人男性のMRワクチン(麻しん・風しん混合ワクチン)第5期の接種の前に抗体検査をしなくてはならないことなど、いろいろな問題があります。また、現在の重要な問題はHPVワクチン(子宮けいがん予防ワクチン)の積極的勧奨が中止されたままになっていることです。科学的な安全性のデータが発表され、大多数の医師は積極的勧奨すべきだと考えています。行政がワクチンの安全性を信頼し、積極的勧奨を再開すべきです。行政がワクチンの安全性を信頼しない状態が継続すれば、日本の『Vaccine Hesitancy』を加速させる危険があると思います」(菅谷先生)
ワクチンを受けるリスクは、ワクチンを受けないリスクよりも圧倒的に小さい。言い換えれば、ワクチンを受けるベネフィット(恩恵)が、ワクチンを受けないリスクよりも極めて大きい。だから、ワクチン接種をする。これが予防接種の基本的な考えです。WHOの声明(※1)によると現在、予防接種によって世界中で年間2〜300万人の命が救われているそうです。今後も世界的な予防接種の普及によって、さらに150万人を救うことができるという試算もあります。赤ちゃんのワクチン接種はその子の健康を守るだけのものではなく、VPD(ワクチンで防げる病気)を地球上からなくしていくための社会的なアクションでもあります。子どもたちの幸せな未来のためにも、ワクチン接種は大切です。
〈参考資料〉
(※1)2019年の世界の健康に対する10の脅威(WHO/世界保健機構 2019年)
https://www.who.int/emergencies/ten-threats-to-global-health-in-2019
(※2)麻疹の流行について(WHO/世界保健機構 2019年5月9日)
https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/measles
(※3)NY市、はしか流行で非常事態へ(ニューズウィーク日本版 2019年4月10日)
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2019/04/ny1000.php
(※4)麻しんについて(厚生労働省)
https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/kekkaku-kansenshou/measles/index.html
(※5)発生動向調査における麻疹発生状況(国立感染症研究所 2016年10月7日)
https://www.niid.go.jp/niid/ja/measles-m/measles-iasrs/6807-441p02.html
(※6)麻疹発生動向調査速報(国立感染症研究所 2019年5月9日)
https://www.niid.go.jp/niid//images/idsc/disease/measles/2019pdf/meas19-18.pdf
(※7)麻しん排除に向けた進捗状況の変化(WHO 2011年2月)
http://idsc.nih.go.jp/iasr/32/372/dj3722.html
(※8)予防接種の副反応と有害事象(日本小児科学会 2018年3月)
https://www.jpeds.or.jp/uploads/files/VIS_04hukuhannou.yuugaijisyou.pdf
【プロフィール】
菅谷 明則(すがや あきのり)
NPO法人VPDを知って、子どもを守ろうの会 理事長 すがやこどもクリニック院長 医学博士 日本小児科学会専門医 慶應義塾大学医学部卒業。慶応義塾大学病院、東京都立大塚病院、東京都立清瀬小児科病院を経て、2005年9月に、すがやこどもクリニックを開院。2017年からNPO法人VPDを知って、子どもを守ろうの会の理事長を務めVPDの予防の啓発活動に取り組んでいる。