産後1年以内のママの10数%が発症するといわれている産後うつ。誰もがなりうるママ特有のうつ症状ですが、症状が悪化した場合にはママ本人のみならず、お子さまやご家族への負担も大きなものとなっていく可能性があります。そうした場合に必要なのはまわりのサポート体制。そんな中、地域の母子保健関係者が協働して産後うつの早期発見、早期治療を行う「須坂モデル」という取り組みも始まっています。前回記事に引き続き、国立成育医療研究センターの立花良之先生にお話を聞きました。
ママのつらい気持ちは、赤ちゃんやパパにも影響を与えるかもしれません
――前回の記事で、軽度の産後うつは「環境調整」で改善されるものというお話を伺いました。ただ、症状が進むとママも赤ちゃんのお世話がままならなくなってしまいます。
立花先生:そうですね。大切なのはママのつらい気持ちに周囲の人が寄り添うことと、ママの負担を可能な限り減らし、少しでも多く休める環境を調整することです。もちろん睡眠も大切です。人は誰でも、寝ていないと具合が悪くなりますからね。産後のママのつらいところは、夜の授乳や赤ちゃんのお世話で睡眠不足になることです。睡眠不足が続くと、本当は疲れているのに神経が高ぶってしまって眠れなくなってしまうこともあります。産後うつなど心の調子の悪いときには回復に睡眠も非常に大切ですので、夜の授乳をミルクにしたり搾乳したものを旦那さんやおばあちゃんにあげてもらったりして、夜ゆっくり休むようにすると良いでしょう。
――周りのサポートは大切ですよね。ただ、そういったサポートが望めない方もいらっしゃるかと思います。
立花先生:はい。そのような体制が難しいようであれば、昼間赤ちゃんが寝ている時にママも寝て、なんとか一日の中で睡眠時間の帳尻を合わせるようにすると良いと思います。症状がある程度重い場合は抗うつ剤などを飲んでもらったほうが良いこともあります。ちなみに母乳育児の間は赤ちゃんに移行するから、薬は絶対に飲めないと思い込んでいるママもいますが、そんなことはありません。今は必要があれば飲んでもらったほうが良いという考え方になってきています。
――そうなんですね。
立花先生:はい。薬を飲んで産後うつから少しでも早く回復して赤ちゃんに元気に向き合えるようになることが赤ちゃんにとっても良いことですし、ママにとっても症状に長く苦しむより良いです。産後うつになってしまうと、〈ママの具合が悪い〉→〈赤ちゃんにしっかりと向きあうのが難しくなる〉→〈十分に向き合ってもらえない赤ちゃんはむずかる〉→〈ママはもっと苦しくなる〉→〈赤ちゃんがさらにむずかる……〉という具合に“負のスパイラル”に陥ってしまうこともありえます。こうなると赤ちゃんもママもどんどんつらくなってしまいます。そうならないように、産後うつなどの心の不調は早めの対処が重要なんです。
――ママの不調が長く続くと大変ですね。パパも心配でたまらないのでは?
立花先生:そうですね、大変だと思いますよ。でも時々は、パパががんばりすぎて“パパの産後うつ”になってしまうケースもあります。真面目でがんばりすぎてしまうパパほど“パパの産後うつ”になりやすいかも知れません。赤ちゃんが生まれると夫婦の生活は激変するわけです。うつ病はそういう変化が原因になることも多いので、お互いに無理をしすぎないように気をつけた方がいいでしょうね。産後うつは早めに対処すれば、こじれるのを防げます。産後うつの症状がある間は苦しくても、回復すればほとんどの方が日常生活に支障をきたさず、赤ちゃんとの生活を楽しめるようになるんですよ。
――早めに適切な対応をすれば回復して、楽しい生活が取り戻せるというのは今苦しんでいるママや家族にとっても救いになりますね。ただ、早期発見・早期治療が大切だということはわかったのですが、メンタルヘルスの問題は他人が見てすぐに分かるものでもないし、(早期の段階では)本人が自覚することさえ難しそうです。こじらせて重症化しないためにはどうしたらいいのでしょう。
立花先生:たしかに判断は難しいところはありますが、妊娠中や出産後に精神的な不調があるようでしたら、産科の先生や助産師さん、保健師さんに相談されると良いと思います。最近多くの医療機関や保健センターで妊産婦の方のメンタルヘルスのスクリーニングとして「エジンバラ産後うつ病自己評価票」というチェックリストを使うようになってきていますが、これはメンタルヘルスの不調を見つけるためだけではなくて、医療機関や保健センターのスタッフの方がママの悩んでいることや心配なことを一緒に考えるきっかけになるものです。ですから、「こう答えたら○○と思われてしまうのでは」などと考えすぎず、本音で答えていただくと良いと思います。
――このようなチェックリストがあるのですね。これをやってみればママも自覚できるし、周りの人にも気づいてもらえるかもしれませんね。
立花先生:はい。こういったものを通して、ママが助産師さんや保健師さんなどと心の問題について、気軽に相談できるきっかけをもてるのはとても良いことだと思います。