無事出産を終えてホッとしたのもつかの間、すぐに始まる赤ちゃんのお世話にママは大忙しです。睡眠不足や疲れに悩まされながらも、小さなわが子に癒やされ、励まされて、産後の大変な時期を乗り越えていくママは少なくないでしょう。
一方、からだが回復しても、こころが元気になれずに「つらい」「眠れない」という日が続くママもいらっしゃいます。もしかしたら、産後うつになっているかもしれません。一般的なうつ病は精神的・身体的ストレスなどが重なって起きる病気ですが、産後うつの発症には妊娠・出産によるホルモンバランスの変化も大きく関わっていると言われています。
今回は厚生労働省のプロジェクトチームでも活躍する国立成育医療研究センターこころの診療部の立花良之先生に、産後うつの実態や回復に向けての対策などについて伺いました。
「産後うつ」は産後のママなら誰もがかかりうる身近な病気です
――昨今、メディアでも産後うつの問題が度々クローズアップされるようになってきています。それだけ社会問題化しているということかと思いますが、まず産後うつとはどういうものかということから教えていただけますか。
立花先生:産後うつの多くは出産後数ヶ月以内に発症します。脳が何らかの原因で機能障害を起こすうつ病のひとつで、朝から晩まで一日中憂鬱な気分が続いたり、楽しいはずのことが楽しいと思えなくなったりして、物ごとに対する興味を失うなどの症状が特徴です。そういった症状が産後の時期にしばらく続くと産後うつが疑われることになります。
――気分が落ち込んだ状態から抜け出せなくなる……産後のママがそうなってしまうと赤ちゃんの世話もすごく大変になりますね。
立花先生:ええ、症状が進むと思考力や集中力が低下することが多く、段取りを決めて物事を行うことも難しくなります。赤ちゃんが生まれて、家事と育児を要領よくこなしたいママにとっては生活に支障が出てしまうことがあり、そんな自分を責めると症状はますます悪化してしまうこともあります。
――それはつらいですね。うつ病が発症する割合は日本では人口の1~2%と聞きましたが、産後うつはどれくらいの割合で発症するものでしょうか?
立花先生:疫学調査によると、産後うつは出産した女性の10数パーセントが発症すると言われています。これは他の病気ではなかなかないような非常に高い数字です。もちろんひとくちに産後うつと言っても程度の差はあり、軽い産後うつなら、周囲の理解や協力が得られれば数週間で治ることも少なくありません。ただ、本人も周囲もなかなか気づかずに治療が遅れたり、こじらせてしまったりすると長引くこともあります。日常生活に支障をきたすくらい、こころの調子が悪い状態が続くようであれば、医療機関に相談されると良いでしょう。
――ちなみに、産後うつが注目されはじめたのは最近のことだと思いますが、実際に発症率は増加しているのでしょうか?
立花先生:産後うつになる方は、今も昔も一定の割合でいらっしゃいますが、日本では最近、医療機関・保健機関でこころのケアを重視してメンタルヘルスチェックを行うところも増え、産後うつが見つかる割合が多くなったということは言えるでしょう。保健師さんや助産師さんも積極的に支援してくれるようになってきたし、今まではどうしていいか分からなくてひとりで悩んでいたママが相談してみようと思える環境ができつつあるんです。それで注目されるようになったということはあると思います。
――一昔前は「マタニティブルー」という言葉が一般的だったと思います。これはイコール産後うつということでしょうか?
立花先生:マタニティブルーと産後うつは同じように聞こえますが、違うものです。マタニティブルーは出産後すぐに不眠を訴えたり、わけもなく悲しくなったりする症状で、急激に減少する女性ホルモンが精神状態に何らかの影響を与えることが原因と言われています。非常に多くのママが経験するのですが、産後3日から10日のうちに症状がなくなっていくのが一般的です。
――「産後クライシス」という言葉もありますが、これも同様に産後うつとは違うものでしょうか?
立花先生:ええ、産後クライシスというのは、赤ちゃんの誕生をきっかけに夫婦の関係がうまく行かなくなる状況を指します。例えば赤ちゃん中心の生活になるママと自分のペースを変えないパパがぶつかって、夫婦関係が危機状態になるというようなことです。産後うつとは全く違う夫婦間の問題ということですね。こういった産後に起こりうる夫婦関係の危機は、お互いに相手を理解しようとする姿勢をより意識していくことで、夫婦の絆を深めるチャンスでもあります。産後クライシスも、マタニティブルーや産後うつ同様に産後のどの家庭にもありうるものと考え、ぶつかった時により良い家族になっていくための機会にしていくと良いと思います。