スマホが一般化して私たちの生活を便利にしてくれています。そんな中、知育アプリやSNS、動画サービスなど、子育てにもスマホを使うママやパパも増えています。一方、その使い方、使用頻度についてはさまざまな意見があり、「子育てにスマホを使いすぎているかも?」と密かに悩んでいる方もいらっしゃるのではないでしょうか。
前回記事では「視覚」の観点から乳幼児のスマホ利用の問題点を指摘しましたが、今回はスマホが子どものこころの成長に与える影響について考えてみたいと思います。お話を伺ったのは、公益社団法人「日本小児科医会」の担当理事の内海裕美先生です。
スマホが親子のコミュニケーションの機会を奪っていませんか?
2013年の冬、日本小児科医会が「スマホに子守りをさせないで!」という啓発ポスターを作成し、主に子育て中のママやパパの間で話題になりました。当時、ネット上でも議論を呼び、賛同する声もある一方で、「正論かもしれないが、今の親がダメだという主張に聞こえる」「スマホを悪魔化しすぎている」という否定的な意見も飛び交いました。
あれから5年以上が経ち、スマホはますます私たちの生活にとって必要なものとなり、また子育てにスマホを利用することも一般化しています。そこで今回、改めてこの問題について日本小児科医会の内海先生にお聞きしました。
――最近、スマホの過度な利用で内斜視になる子どもが増えているというニュースが話題になりました。そういった視覚の問題もさることながら、日本小児科医会は5年以上前から幼児や子どもにスマホを利用させることについて、発達の面で大変問題があると警鐘を鳴らしていらっしゃいますね。
内海 はい。最初に申しあげたいのですが、私たちはスマホ利用を完全に否定しているわけではありません。便利なものだし、使い方次第では子育てにだって役立つでしょう。子どもの咳がおかしかったらそれを録音してかかりつけ医に聞かせるとか、皮膚疾患が出たときに写真を撮っておくとか、予防接種のスケジュール管理をしておくとか……いくらでもいい使い方はあります。私たちが言いたいことは、スマホに「子守り」をさせないで、ということです。
――それは子どもにはスマホを見せないということではなくて?
内海 そうですね。先日もWHOが「5歳未満の幼児は1日に1時間以上、スマホやタブレットなどの画面を見るべきではない」といった内容のガイドラインを発表しましたが、私たちも完全に遮断しろとは思っていません。ただ、スマホに「子守り」をさせることで、親子のコミュニケーションの機会が奪われているということに、もっと敏感になったほうがいいと思います。
――スマホに子守りをさせるとはどういうことですか?
内海 泣いたり、グズったりしたときに、静かにさせるためにスマホを与えたり、家事をしているときにスマホを見せておくなど、そういう類のことです。
――なるほど。でも、それくらいのことであれば、今のママやパパは普通にやっている方も多いかと思います。
内海 ですからずっと「問題がありますよ」と言い続けているんです(苦笑)。日々、必死で子育てをしているママにとっては耳の痛い話かもしれませんが、大切なことなのでお話しますね。私は長年、多くの子どもを診てきました。親子の関係性も毎日目の当たりにしています。便利だからといって乳幼児にスマホを使用させると、視覚に悪影響を及ぼすこともさることながら、愛着の形成や言葉の発達に弊害をもたらしていることを危惧しています。
――スマホを子育てに使用することで愛着の形成や言葉の発達に問題が? ……詳しくお聞かせいただけますでしょうか。
内海 乳幼児期のコミュニケーションで重要なのは「応答性」です。赤ちゃんが泣いたり、グズったときは何かを求めているわけです。そういうときに、愛情を持って適切にタイミングよく応答することがとても大切なんです。にも関わらず、しっかり応答もしないまま、スマホを与えて静かにさせることは、ボタンを押して目覚まし時計を止めるのと同じこと。うるさい子どもがおとなしくなるかもしれませんが、それは子どもに対して応答していないのと同じなんです。
――おっしゃりたいことはわかりますが……あえて質問させていただくと、たとえばおもちゃを与えておとなしくさせるという方法は昔からあるわけじゃないですか。つまり「モノ」に頼ることはずっと行われてきたと思うんです。なぜスマホだとダメなのでしょうか?
内海 スマホの場合は、そこにコミュニケーションがほぼ介在しないからです。おもちゃは、それを使ってあやしたりするわけですよね。つまり、そこに人が関わる。でも、スマホはそうではありません。小さな画面の中に、まるで蓋をするように閉じ込めてしまうわけです。おもちゃであやすのと、スマホで静かにさせるのはまったく違います。「人が関わる」ことがとても重要なのです。
――なるほど。
内海 人間はいろいろな感覚を持って外界と接するわけです。たとえば赤ちゃんが泣きました、泣いたら近づいてくれる人がいます、やさしい声で「どうしたの?」って心配してくれる声を耳で聞き、優しい顔で近づいてきてくれるママやパパを目で見て、抱っこしてもらって背中をトントンしてくれて落ち着きを取り戻す――。その一連のコミュニケーションの中で、赤ちゃんは情動を調律する(共感を育てる)と言われていて、それを繰り返すことで徐々に自分の悲しみとか怒りなど「感情」をコントロールできるようになります。
――ゆえに子どもがぐずったときも、しっかり向き合ってあやすことがとても大切だと。
内海 その通りです。泣いたときに、向き合ってあやすことは、親にとっては大変骨の折れることです。それこそ個人差があることなので、全然泣き止まない子もいます。ただ、だからといってスマホを与えて半ば「強制的」に静かにさせているようでは、感情のコントロールができるようになる、などの成長の機会すら奪いかねないんです。
――泣き止まないときなどは、つい便利だから使ってしまいがちですが、そこに向き合うことで子どもは成長しているのですね。
内海 はい。困った時は誰かがいつも確実に助けてくれるのだという確信が子どもの中に根付き、その相手を安全基地として、その後の好奇心や探究心を満たす行動をとることができるようになります。子どもだけでなく、その関わる労力によって親も成長すると思います。なにより、子どもはそこまで苦労してくれたこと、付き合ってもらったということを感じとってくれるものです。特に幼児期で、親子の密なコミュニケーションが必要な時期は、とことん相手をすることが大切。スマホが便利なのはわかります。そして子育てが大変なのももちろんわかります。それはわかった上で言いますが、便利だからいいのかというと話は別だと思うのです。