政府は、保険適用までの間、2021年1月より2回目以降は15万円とされていた助成額を30万円に引き上げるとともに、回数も「通算最大6回」を「子ども一人当たり最大6回」に増やし、さらに夫婦の合計で730万円未満としている所得制限を撤廃する方向で調整しています。保険適用を待つ間も、不妊治療における最大の障壁である経済的な不安が、かなり解消されそうです。そして22年春からの保険適用では、さらなる負担軽減が期待されます。しかし、吉村先生は「あえて問題点を指摘したい」とおっしゃいます。
「現在自由診療であるがゆえに可能になっている、一人ひとりに合わせた柔軟性のある治療が行えなくなることを懸念しています。つまり保険適用を前提とすると、年齢や妊孕性など個人で違う条件にあわせた治療が行えなくなり、どうしても治療そのものが標準化される可能性があるのです」(吉村先生)
そもそも現状の生殖医療をやっていく上において“標準化”は難しいと吉村先生。例えば胃がんの手術の保険適用だったら、【開腹する場合】と【腹腔鏡でやる場合】と【ロボットでやる場合】、3つのケースについて考えておけばいいけれども、生殖医療・不妊治療の場合はそういうわけにはいかず、フレキシブルに対応する必要があるとのこと。
「どこまでを標準治療にするかということは、慎重に考えないといけないし、そこから漏れた治療については保険が適用されず自己負担となります。場合によっては、現状の助成制度でカバーされていたものまで、サポートされなくなることもあるでしょう。また、患者さんが受けたいと考えている治療が受けられない場合が出てくる可能性があります。結果として、(保険適用外の治療が必要な患者さんの)妊娠率、出産率にも影響しかねない」(吉村先生)
少子化対策の専門家として保険適用拡大の議論にも参加されている吉村先生。この国の未来のための制度設計ゆえ、慎重に議論していきたいと語ります。一方でこんなご意見も。
「少子化の流れを根本的に変えるために、本当に必要なのは制度ではなく、子どもを産み、育てることに対する社会の意識と理解だと思っています。女性のキャリア形成、妊娠や出産に関する正しい教育、男性の育児参加……あらゆる面で現在の日本社会は知識や認識が追いついていないと感じています。そういう意味で、不妊治療が保険適用になることで、社会の意識改革が進むきっかけになってほしいと思っています。治療に対する社会の目が変わっていけば、もっと治療を受けやすくなるはず。だからこそ、保険適用が限られた者たちによる制度の議論だけでなく、この国でいかに子どもを産み、育てていくかという社会的な議論に発展していけばよいと願っています」(吉村先生)
世界で初めての体外受精による赤ちゃんがイギリスで誕生したのは1978年のこと。それから生殖補助医療は目覚ましい進歩を遂げ、1992年には顕微授精の技術が確立されました。2018年に日本で生まれた赤ちゃん91万8千人あまりのうち、約5万7千人が特定不妊治療の結果誕生しています(※3)。不妊治療はもはや特別なことではありません。保険適用により、必要な時にはためらわずに生殖補助医療の力を借りることができるようになっていくのは大いに歓迎すべきことでしょう。この制度や、制度をめぐる社会的議論が、子を望むすべての人にとって「福音」となることを願っています。
- <参考資料>
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※1令和元年度倫理委員会 登録・調査小委員会報告(日本産科婦人科学会/2020年10月)
http://fa.kyorin.co.jp/jsog/readPDF.php?file=72/10/072101229.pdf -
※2不妊に悩む夫婦への支援について(厚生労働省)
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000047270.html -
※3子ども・子育て支援について(不妊関係)(厚生労働省/令和2年10月)
https://www.mhlw.go.jp/content/12401000/000682591.pdf
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※1令和元年度倫理委員会 登録・調査小委員会報告(日本産科婦人科学会/2020年10月)