高橋先生:乳児期が終わると、幼児期がやってきます。1 歳から就学前、つまり 5~6 歳頃までを指します。まずは3歳くらいまでの幼児期前期から説明しましょう。
ひとりで歩けるようになったばかりの子どもによくあることですが、トコトコ歩いたと思ったら、すぐに「抱っこ」と戻ってくることありませんか?
あれは疲れたわけじゃないんです。ひとりで歩けることを自覚して、自立しようとする自分の気配を感じている。そこでまた、くるっとお母さん・お父さんの方に向き直って抱っこをねだり、抱きあげたと思ったら、また「降りる」と言う。あれは子どもの成長を象徴するいい場面ですね。
I:「抱っこ」、「降りる」を繰り返すわが子を「ちょっと面倒だな」と思ったこともありましたが、ひとり立ちする前の心の葛藤だったとは…。
高橋先生:生後6か月から12か月ぐらいの月齢では、ほとんどの子が人見知りをするでしょう。それは脳の奥で記憶や感情をコントロールする扁桃核(へんとうかく)という部位が発達するからです。人見知りが終わる幼児期前期になると、自分でできることが増えてきます。その頃には判断力も育ってきます。その後、イヤイヤ期が始まるんです。
I:運動機能と認知機能がそれぞれ発達してきた結果、イヤイヤ期が始まるということですか?
高橋先生:そうです。自己主張ができるようになった証(あかし)ですね。自分の意志を持ってワガママを言えるのは、ちゃんと成長しているからです。何に対しても無関心で、どっちでもいいって感じの子よりも、この時期にはワガママを言える方が安心です。
I: イヤイヤは成長の証…それを頭ではわかっても、親としては度がすぎると、イライラしてしまいますよね。イライラするだけじゃなく、心配事も増える。何でも自分でやりたがるし、どこにでも勝手に行ってしまう。うちの5歳の娘も、2歳半になった息子も、当時は目が離せなくて大変でしたよ。
高橋先生:それもわかります(笑)。でも、イヤイヤがひどくても、それは健やかな成長の結果なんだと実感していただきたいです。成長とともに「自分で歩ける」、「自分で言葉を発することができる」、「自分で行動できる」、「自分には自分の意見というものがある」と気付いた時に、生まれてからずっと親に守られながら愛着を形成してきたからこそ、安心してイヤイヤ行動が取れるんだと思ってみてはいかがでしょうか。
乳児期の人見知りは本能的な行動ですが、幼児期前期に前頭葉が急速に発達し、思考力や判断力、行動を制御する能力が身についてくると、自分というものを意識するようになり、自己主張に目覚め、意思決定力が発揮されるようになるんです。ただ表現が未熟なので、まずは「イヤ!」から始まるわけです。
I:うまく伝えられなくて「イヤ!」と言うんですね。
高橋先生:はい。「イヤ!」は自分で考えて行動するための訓練です。「危ないわよ!」と言われたのに、はしゃいで走り回っていたら椅子にぶつかったとか。やってみて覚えていくわけです。ですから、やりたがることは思う存分やらせたらいい。成長するために試行錯誤し、学習していると考えれば、子どもの「イヤ!」もかわいく見えてきませんか?
I:かわいく見えるうちはいいんですけどね(苦笑)。親の基本姿勢としては、イヤイヤがひどくても、子どもを「自由」にさせたほうがいいんでしょうか?
高橋先生:怪我しない・させない、人に迷惑をかけないという範囲で、やらせてみるといいでしょう。その中で転んだら痛いし、汚れた手ではご飯は食べられないという経験を積む。そこで子どもが自分の行動を修正し、コントロールできるようになっていければいいんです。
I:親が教えるのではなくて、子どもが自分で習得するのを待つということですね。
高橋先生:そういうことです。僕らの日常って、大人になっても失敗だらけじゃないですか。幼い時から、小さい失敗を積み重ねていれば、大きな失敗にも耐えられる人間になると思います。親が先回りして口出しすると、子どもは失敗から学ぶチャンスを失います。また、親の先回りにも限界があって、いつまでも守ってやれるわけではありませんよね。いずれは失敗する日が来るでしょうが、後になればなるほど、失敗が及ぼす影響は大きくなるものです。年齢にふさわしい、ちょうどいい塩梅(あんばい)の失敗を積み重ねながら、子どもは成長していくものです。
I:イヤイヤ期は子どもにとって自立への助走期間。そこで「イヤ!」と自己主張して、失敗を重ねることで成長していく。ママ・パパは我慢が必要ですが、できるだけ口出しをしないで、おおらかな気持ちで見守ってやるべきなのですね。