日本が「子育てしづらい」のは、育児負担が親にかかりすぎているから?

2021.08.19

ミキハウス編集部

「子育ては母親がするもの」は、比較的新しい概念です

「子育ては母親がするもの」は、比較的新しい概念です

――日本の子育て支援制度が整いつつあるのは事実ですが、子連れの外出は気を使うし、不便なことも多いですよね。冒頭に紹介した調査でも北欧・スウェーデンと比べたときの、日本の子育てのしづらさは際立っています。

石井先生:35歳から49歳の女性の就労率が90%を超えるスウェーデン(※3)では、保育サービスや子育て世代への所得保障が充実している上に、何より社会全体で子どもを育てようという人々の意識の中が生活の中に根付いていると思います。パパが3年間の育休を取るケースは珍しくないし、保育園のお迎えも4時半には行ける。その上、地域のサポート体制も整備されている。日本に比べると、余裕を持って子育てを楽しめるのではないでしょうか。

――制度としても充実しているだけではなく、社会全体で子育てをしていくんだ、という意識があるから制度が上手に運用されているのかもしれないですね。日本の子育ては、社会というよりも、やはりママ・パパに「責任」を課している風潮が強い。

石井先生:そうですね、特にまだまだお母さんの負担が大きいと思います。そもそも日本の場合、高度経済成長期以前は多くが農村に住んでいて、“お嫁さん”も大切な労働力だったから、赤ちゃんは年寄り、つまりは祖父母が世話をするものだったんです。でも男性が都会で会社勤めをするようになって、夫婦と子どもだけの核家族が増え、母親は家庭で子どもを育てるのが役目になっていった。だから「子育ては母親がするもの」は、この半世紀ぐらいに出来上がった比較的新しい概念なのに、この数十年で日本の常識のようになってしまっています。

――なるほど。高度経済成長期以前は3世代、4世代の同居が当たり前だったから、子育ても家族みんなが関わり合いながらやってきた。それが今はママ・パパだけの役割になっていると。

石井先生:最近は、日本でも女性の就業率は急激に上昇しています。2019年の統計(※4)では25~44歳の女性の就業率は77.7%です。それに伴って保育園に通う4、5歳児の数は、幼稚園に通う子より多くなっています。この数十年で家族の形態は大きく変わったし、女性の生き方も変化しているのに、“子育ては母親もしくは家族の役割”という社会の意識はあまり変わっていない。そこに大きな矛盾があるから、「子どもを生み育てにくい国」と感じてしまうのかも知れません。

“子育ては母親もしくは家族の役割”という社会の意識はあまり変わっていない

石井先生:核家族化が社会問題となって半世紀以上経過していますが、かつての核家族同士は地域の中でつながっているものでした。ところが現在は、ご近所づきあいも消滅して、家族は地域社会から孤立してしまっています。

――つまり昔の核家族と今の核家族では、状況が全然違っていて、現在の方が子育てする上でもより親御さんへの負担が増える社会構造となっているわけですね。

石井先生:そう思います。少し話は脱線してしまいますが、地域から子育て世帯が孤立したことで、子育てはしづらくなった側面がある一方で、子どものコミュニケーション能力にも影響を及ぼしているのではないかと考えられます。

――どういうことですか?

石井先生:かつて、地域でのつながりが密な時代は「今日お母さんの帰りが遅いなら、うちでご飯食べていきなよ」なんてことも珍しくなかったし、お正月とお盆には親戚が集まることもあったから、子どもたちはいろんな人と関わり合いながら育ったんですね。友だちのお母さんは自分のお母さんとは違う叱り方をするとか、このおじさんは、見た目は怖いけど実は優しいとか、人間の多様性や本質的な部分に自然と触れることができたんですね。

――生活の中で自然と「世の中にはいろいろな人がいる」ことを知ることができたということですね。

石井先生:今ではすべて小さな家庭の中で完結してしまうから、子どもたちは他の世界を知らずに育ってしまうように見えます。そうなると多様性に対する寛容さとか他人とのコミュニケーション力とか、社会の一員として大切なものがちゃんと身につくんだろうか…とか、いろいろ心配になることはあります。

――東京オリンピックの大会ビジョンの中にも“多様性と調和の重要性”という言葉がありました。グローバル化が進み、人権意識が高まっている現代社会では、お互いの違いを認め合い、意思疎通をすることはすごく大切ですよね。

石井先生:そういうことは、小さい頃から親以外のいろいろな人が子育てに関わる環境があれば、自然と身につくことも多いと思います。心理学で周りの大人たちがよその家庭の子育てに関わっていくことを「アロペアレンティング」というのですが、これはチンパンジーのような霊長類でも見られる行動で、離乳後は年上のチンパンジーが群れの中のよその子を世話するのは珍しくありません。つまり人類も長い歴史の中でそうやって子どもを育ててきたのではないかと考えられます。それがこの数十年ですっかり変わってしまった。

――人間が育つ上で多様な人との関わりは大切な経験だったのに、社会の変化の中で、減ってしまっているんですね。

石井先生:昔は親戚にちょっと変わったおばさんやおじさんがいても、その人たちだってちゃんとやっていける、認めてもらえると子どもながらに実感できたんです。それはすごく大事なことだった。一方、親子だけで暮らしているような環境では、親と同じようでなければいけないと思ってしまう。そこから外れたと感じた時に、「もうダメなんじゃないか」と考えてしまう。親が大変に立派で、自分が親のようでないと思った時に、大きく自己肯定感が損なわれるようなことにもなるわけです。

石井先生: アメリカの心理学者ジュディス・ハリス・リッチは『子育ての大誤解』という本の中で「親が愛情をかけて育てれば良い子に育ち、育ち方を間違えると道を踏み外すという『子育て神話』は間違っていて、子どもの生活と将来は家庭以外の環境の影響が大きい」と言っています。

親が子どもの将来に関与できることは思いのほか少ないというのは事実で、子どもは周りの人とのあらゆる人間関係や環境から多くのことを学ぶんです。だから子育ては親だけの責任ではなく、地域や周りの大人たちの支えがあってはじめてうまくいくと言えます。子育てを社会の役割と考え、多様な人間性、多様なサポートが身近に得られる、それが「生み育てやすい国」なのかもしれませんよ。

――そうかもしれませんね。さて今回は、日本人が「生み育てやすい国」と考えることができないことについて考察いただきました。私たち現役の子育て世代がさまざまな問題点を認識して、しっかりと向き合い、次の世代のために社会を変えていくことが必要ではないかと思いました。今日は貴重なお話をありがとうございました。

<参考資料>

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