【専門家監修】 乳幼児教育 本当に大切な「学び」とは〈前編〉

【専門家監修】
乳幼児教育 本当に大切な「学び」とは〈前編〉

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ママ・パパは「将来のために」と、小さなわが子に習い事をさせたり、知識を教えたりするもの。しかし、自身が教えていること、用意している習い事は、本当に乳幼児期の子どもにとって大切な能力を育てているのでしょうか?

今回お話を伺ったのは、お茶の水女子大学人間文化創成科学研究科で「子ども学」を教える浜口順子教授。記事は2回に分けてお届けします。

 

浜口 順子(はまぐち・じゅんこ)先生

<プロフィール>
浜口 順子(はまぐち・じゅんこ)
お茶の水女子大学家政学部児童学科卒 お茶の水女子大学大学院 家政学研究科修了 博士(人文科学)。研究キーワードは乳幼児期、保育、子ども観、倉橋惣三。雑誌「幼児の教育」(フルーベル館)編集主幹。お茶の水女子大学 基幹研究院(保育・児童学)教授。3児の母。

 

乳幼児期に育てたい、成長の基盤となる能力とは

乳幼児期に育てたい、成長の基盤となる能力とは

――今日は先生に子どもの能力の育て方を教えていただきたいと思います。熱心なご家庭では乳幼児期の早い段階から英語教室やピアノ教室、その他さまざまな習い事をさせていますね。諸説ありますが、「習い事は早ければ早いほどいい」という価値観がある程度、受け入れられている気もします。そこで先生にお聞きしたいのが、子どもが小学校入学前の幼児期に身につけるべき能力についてです。

浜口先生:親御さんは気になるところですよね。基本的には、就学前に読み書きや計算を「人より早くできるようにさせる」ことに、大きな意義はないのではないかと考えています。それよりも、乳幼児期にこそ身につけておくべき、子どもの育ちやその後の人生にも大きな影響を与える能力があります。それは共感力、好奇心、集中力、忍耐力など、感情や心の働きに関する能力。近年、この目に見えにくい能力が、成長の基盤となっているということが解明されて、教育界ばかりでなく経済界、政界など広く社会で注目されるようになっています。

乳幼児期に育てたい、成長の基盤となる能力とは

――乳幼児期に感情や心の働きに関する能力を育てると、その後の人生にも大きく役立つということですか?

浜口先生:ええ。子どもの内面で育つ能力はたくさんありますが、中でもすべての基本になるのは、人との関係を心地良く感じ、相手の気持ちを理解したり、受け止めたりする共感力です。相手が悲しんでいたら自分も悲しい気持ちになり、喜んでいたらうれしいと感じることは人間が成長する上で最も大切な能力。お母さんが困っていたら、赤ちゃんが心配そうな表情を浮かべることもあるぐらいですから、共感力は生まれてすぐに育ち始める能力と言ってもいいと思います。

――共感力を育てましょう、とはよく聞きますよね。

浜口先生:共感力が育って、人の気持ちを汲み取りながら他者に関わっていこうとすると、お友だちがやっていることは何だろう、どうして面白いんだろうという好奇心が湧いてくる。そして「自分もやりたい」という前向きな気持ちが芽生え、夢中になって楽しく遊ぶうちに集中することを覚えるわけです。遊びの中では自律・自制心も養われるし、コミュニケーション能力も育ちます。つまり共感力があるから周りの世界に興味を持ち、それが意欲や思いやりになっていくということです。

――さまざまな感情や心の働きに関する能力は、共感力を起点にそうやって連鎖的に広がっていくんですね。

浜口先生:ベースとなる共感力を育てるためには、一番身近な人と体をくっつけて、その人のそばにいれば安心できるという感情がわいてくる経験が大事。アタッチメントとか愛着形成とも呼ばれる深い関係性が、お母さん・お父さんや近くの人との間に育っていけば、共感力は自然と育ってきます。赤ちゃんを「かわいい」と抱き上げる、泣いていたら「さみしいのかな」と抱っこでなだめるというように、触れ合って、大人も共感性をもって愛情を伝えることがアタッチメントを強くするんです。「抱きすぎかも?」などと心配する必要はまずありません。

経済学者ヘックマン教授が説いた「非認知能力」の重要性

経済学者ヘックマン教授が説いた「非認知能力」の重要性

浜口先生:共感力をもとに内面で育つ思いやりや意欲、好奇心などは、最近「非認知能力」とも呼ばれています。どれくらいあるのか、育ったのかなどを数値で測ることができない、つまり認知できない能力という意味です。

――「非認知能力」は、幼児教育の世界でもよく聞きますね。

浜口先生:それに対して、IQ(知能指数)や学力のようにテストで点数や到達度を数値で表せるものが「認知能力」です。知識やスキルを教える教室や習い事は、基本的には「認知能力」を伸ばす場だと考えられます。

先ほど、「読み書きや計算を『人より早くできるようにさせる』ことに、大きな意義はないのではないか」と申しましたが、それはこうした能力自体は学童期以降でも伸ばすことができるもの、というのが理由のひとつ。もうひとつの理由としては、「非認知能力」を幼児期に十分育てることこそが、学童期以降の「認知能力」(学力など)を確実に根付かせ、その人の基本的な強さになるからです。

経済学者ヘックマン教授が説いた「非認知能力」の重要性

――なるほど! そういう意味では、「非認知能力」は幼児期に伸ばした方がいい、ということですか?

浜口先生:そうですね。「非認知能力」という言葉自体は新しいのですが、幼児教育の現場では以前からそういった能力の重要性に気づき、育てる努力がなされていました。ただ、見えにくい、測れないものですから、客観的な評価が難しかったために、(幼児教育の世界以外では)さほど注目されることはなかったのです。しかし米国シカゴ大学の教授で、2000年にノーベル経済学賞を受賞したジェームズ・ヘックマン教授が「非認知能力」の重要性を解いたことで、一躍脚光を浴びることになりました。

――ヘックマン教授は経済学者ですよね。どうして経済学者が幼児教育の「非認知能力」について発信したのでしょうか?

浜口先生:そこはとても経済学者らしいというか、ある意味ドライな視点なのですが、ヘックマン教授は効率の良い教育投資によって社会的適応力のある人間を育て、よりよい納税者を増やして社会を豊かにするための研究をしていたと言えると思います。

乳幼児期に幼稚園などで「非認知能力」が育った人は、その後の勉強や仕事、社会生活に必要な能力を備えていること、「非認知能力」は「認知能力」の習得にも影響を与えることを説き、「非認知能力」の重要性を経済学的に主張したのです。それまでの教育的投資は、勉強を教えること、つまり「認知能力」を育てることだけを目的に行われていましたから、「非認知能力」を育てなければ教育の(費用対)効果は期待できないことを説いたヘックマン教授の研究は世の中に大きな衝撃を与えたんです。

――「非認知能力」が測れないものであるなら、ヘックマン教授はどうやって世間に「非認知能力」の重要性を証明したのでしょう?

浜口先生:ヘックマン教授が使ったのは、アメリカのミシガン州で1960年代から行われた、幼児教育プログラムを受けた人と受けなかった人を長期的に追跡した比較調査です。同調査では、幼児教育を受けた人は40歳時点で、受けなかった人より収入が多く、持ち家率が高く、生活保護受給率や犯罪率は低いことがわかりました。そこで教授は、幼児期に育った「非認知能力」が教育の成果や生き方に影響を与えると結論づけたのです。

――「認知能力」を上げるためではなく、「非認知能力」を豊かにするための幼児教育の有無がポイントなのですね。

浜口先生:社会が経済優先の度合いを深め、情報化が進んだ20世紀末ぐらいから、欧米の研究者はそれまでの「認知能力」を育てる教育が効果を上げていないことに気づき始めていました。そうした背景もヘックマン教授の研究が世の中に受け入れられた下地になったのだろうと思います。デジタル化、グローバル化などの急激な変化の一方で、環境破壊により持続可能性が問われるようになった社会の中で求められる21世紀型の知力には、乳幼児期に育まれる「非認知能力」が不可欠だろうと思いますよ。

感性を働かせて「今何をしてあげればいいか」を考えましょう

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――「非認知能力」をしっかり育てれば、その後に「認知能力」を高めることができるという点について、もう少し詳しく知りたいです。それはどういうメカニズムなんでしょうか?

浜口先生:赤ちゃんの頃は、自分のペースで心地よくいられること、興味の湧くことに手をだしたりすることを、親や保育者などに肯定的に受け止められると、子どもは自己信頼感をもてるようになり、安心して外の世界に関心を広げていくようになります。1~2歳は、自我が育つ時期ですから、大人に反抗することも多くなりますが、その中でも、信頼している親や保育者が望むことに応えようという気持ちはいっぱいあります。

3歳~5歳頃になると、友だちと協調して楽しむことや周りの世界への探求心が大きく育ってきて、「友だちが頑張っているから自分も頑張ろう」とか「もっとやりたい、やり抜きたい」と思えるようになるんですね。そうした“基礎”がある上で小学校に入学し、学習やスキルの習得を始めるにあたり、学習に対して幼児期に培ってきた体験や好奇心の枠組みを活かすことができる――大雑把に説明すると、そういうメカニズムになるかと思います。

――なるほど。でも学習能力については、個人差が大きいですよね?

浜口先生:それはそうですね。もともとの資質で早くから学習能力の高さが現れる子はいます。でも10歳未満の子どもたちの早い遅いは、長い人生の中で何の意味があるのでしょうか。「非認知能力」がちゃんと育っているとその差は縮まっていって、追いつき追い越すこともあるでしょう。

逆に、「非認知能力」を伸ばす機会が奪われた子どもの「認知能力」は、数値的に高く出たとしても、その子の人生を豊かにするためにその「認知能力」を使えるかどうか、私は心配になります。乳幼児期にしっかりとした「非認知能力」の基盤ができていれば、学びの力だけではなくて、豊かな人間関係の中で逆境に耐える力も身につけているでしょうから、日常生活の中で起きる問題も自分なりの解決方法を見つけて乗り越えていけるんだと思います。

――ありがとうございました。習い事や教材など、世の中には「学び」に関するコンテンツが溢れていますが、そうしたことを早くマスターさせて「賢く」することより、人として大切な感情や気持ちをいかに育んでいくかが大切なことがよくわかりました。ママ・パパはどのようにわが子の「非認知能力」を育むことができるのかなど、このお話の続きは〈後編〉で詳しく伺いたいと思います。先生、引き続きよろしくお願いいたします。

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