古代ギリシャの哲学者アリストテレスは「人は賢きものゆえに手を有す」という言葉を残しています。また「手は外にあらわれた脳髄である」と言ったのは、ドイツ人で近代哲学の祖と呼ばれるカント。偉大な哲学者たちの言葉は、「手」の存在意義をもっと深いところから見つめているようです。幼児教育の世界でも手を使うことの重要性は注目されていて、手の動きをうながす遊びが盛んに取り入れられています。「高橋たかお先生のなんでも相談室」、今回のテーマは《手の働きと子どもの成長・発達》です。
手は「出力」と「入力」、どちらにとっても“要”です
担当編集I(以下、I):幼児教育から認知症予防まで、手を使うことがよいとされていますよね。そこで今回は、成長・発達段階の小さな子どもにとって、なぜ手を使うことがよいとされているのか、その重要性について教えていただきたいと思います。
高橋先生:手の働きが子どもの発達にどう結びついているのかという質問ですね。それでは人のからだの機能には「出力系」と「入力系」のふたつがあるというお話しからはじめましょう。まず出力系というのは、座る、歩く、呼吸する、しゃべるといった動き、行為などです。子どもが育つとともに、歩いたりしゃべったりできるようになりますが、それらはいずれも出力系の発達ということになります。手が行う“出力”としては、乳児期では、もの掴んだり(生後6か月ころ)、つまんだりすること(生後12か月ころ)が大事なポイントです。
I :なんらかのアクションを取ることが出力系ということですね。では入力系とは?
高橋先生:環境から必要な情報を取り込んでいくことです。手、特に指先の触覚は特に敏感です。あるものに触れることによって、それがどのような特性(固さ、温度、表面の様子など)を持っているかを瞬時に感じ取ることができます。指先の触覚を介して正しい情報が入力されて初めて、それをつかんだり、折りたたんだりという動作を正しく行うこと、つまり適切な出力が可能になるのです。成長とともに経験を積んでいくと、デリケートで壊れやすいものであればそっとつまんでみるなど、無意識のうちに出力を適切に調整できるようになっていくんです。皆さんがふだん何気なく使っている手というものは、入力系と出力系の両方の機能が集中したすごい器官なんですよ。
I :手が情報を取り込むための機能を持ってることなんて、普段意識することはないですけど、言われてみれば手を使って様々なことを感じ取ってますね。手によっていろいろな情報の入力ができているから、正しい出力の仕方を判断・選択できると。
高橋先生:そう、手の入力機能はすごいんですよ。僕は以前、小指の骨を折ったことがあるのですが、その時、どうにも肩が凝って仕方なかったんです。整形外科の先生に相談したら、「人間はモノを持った時に、小指でその重さや表面の滑り具合を感知して無意識に握る力を調整しているんです。だから、小指が使えないと余計な力が入ってしまって肩が凝るんですよ」と教えてくれました。小指というセンサーが“壊れた”ことで、出力系にも影響して肩が凝ってしまったというわけですね。
I : それは興味深いお話ですね。入力がうまく機能していないと、出力がぎこちなくなるということですね。
高橋先生:そういうことです。手に限らず入力系は出力系以上に重要だと思います。最近子どもの教育現場で良く聞かれるようになった考える力=非認知的能力も、入力系を研ぎ澄ますことで育つのではないでしょうか。親は子どもの能力を、走るのが速いとか、3+3=6が分かるとか、目に見える結果(=出力)で評価しがちだけれど、本当に大切なのは、良いことも悪いことも含めていろんな情報を取り入れて、それらを評価し、判断したりしながら「これにしよう」と選ぶ力を持つこと。そのためには入力系(センサー)の敏感さが大事になってくるんですね。ですから、子育てでも大切にしたいのは、入力系を発達させることではないでしょうか。