子ども時代は“コア”部分を育てることが大切
今回のテーマは幼児教育。親は幼い子どもにどんな学びを与えるべきか、子どもはどんなことを学んでおくと、その後の人生がより豊かになるのか。名門私立幼稚園・小学校受験に特化した幼児教室「慶楓会」を運営する株式会社CH kidsの松原智子代表取締役と松下健太執行役員と一緒に考えていきます。
「私たちが大切にしていることは、子どもに自信と希望を育むことです」
そう語るのは「慶楓会」で小学校受験コースの主任を務める松下健太さん。大学で教育学を修めたのち、複数の有名私立小学校において10年以上に渡り勤務した経験を持つ教育者です。曰く、幼児期にペーパー試験で問われる“学力”にこだわったり、受験を突破するためのノウハウに注力しても、その子どものコアとなる部分が育っていかない。子ども時代に育てるべきは“枝葉”ではなくて“幹”である――そう言います。
「何かができるようになったとか、知識が増えたとか、そうしたことも一面では大切ではありますが、それだけを求めていては本質的な学びにつながっていかないように思っています。それより大事なことは、さまざまな体験を通じて、子どもたちが自分の人生に主体的に向き合っていく力を養うこと。それがなにより大切だと考えています」(松下さん)
子どもたちの“幹”を太くすることで、子どもの人生そのものを豊かにしたいと松下さん。「私たちは受験合格だけを目的にした幼児教育はしていない」と強調します。
「子どもはこれからの長い人生で、さまざまな状況に身を置くことになります。それはもしかしたら非常に困難な状況かもしれません。私たち教育者がすべきことは、子どもがどんな場合でも自分の力を発揮できるよう、足腰の強さを身につけさせることだと思っています。
そうすればどんな風が吹こうが、叩きつけるような雨が降ろうが、その場に立っていることができる。自分に襲いかかるプレッシャーに負けない、もしくは上手に受け流すことができる。強くてしなやかな子どもに育てるための教育を施すことが、特に幼児期の教育には大切なことだと私たちは考えています」(松下さん)
受験を通じて様々な悩みを抱えがちなたくさんの保護者に寄り添い、心の支えとなって来た松原代表は「そもそも受験対策のために無理やり身につけさせたところでその“メッキ”はすぐに剥がれてしまいます」と指摘します。
「慶楓会は〈名門小学校・幼稚園を目指すための幼児教室〉という看板を掲げていますが、合格はあくまで通過点であり、もっと先のことを見据えて子どもたちと向き合っています。もちろん受験を突破するためのノウハウも教えますが、それは最後の“剪定作業”のようなもの。それよりも大切なこと、本当に身につけてもらいたいことを、親御さんと一緒になって教えていくことを心がけています」(松原代表)
受験塾が「キャンプ」を取り入れる理由
それでは、小さな子どもの“幹”を太くするための学びとはどんなものなのでしょうか? その一つの手段として「キャンプ」があると松下さんは言います。
子どもは遊びや体験から多くのことを学ぶとはよく聞く話。たしかにキャンプのような自然体験を通じての学びは身につくことが多そうではあります。そう問いかけると、松下さんは「ただキャンプをして自然に触れ合っているから、なにかを学べるわけではありません」と首を横に振ります。
「キャンプというと自然あふれる場所で野外にテント泊をして、カレーをつくり、キャンプファイヤーをする…そのようなイメージを持たれるかと思いますが、私たちの『キャンプ』は、自然体験にとどまらず、演劇鑑賞などの文化体験や宿泊を伴わない各種の体験活動も含め、『キャンプ』と捉えているんです。
共通するのは、目的を達成するために十分な準備と計画されたプログラムを持ち、創造的でかつ教育的な体験の機会を提供していることです。いずれも熟練の指導者が帯同し、身体的、精神的、社会的成長に寄与するために指導します。
とりわけ私たちのキャンプ活動は、年齢の違う子たちの集団活動を重視しており、実際、下は2歳から上は小学6年生まで、さらには活動によっては親も巻き込み、幅広い年齢層で構成されています。そこが非常に重要なポイントになってきます。
異年齢だからこそ、お互いに思いやる心が必要になります。上の子は小さな子のことを考えて言葉をかけなければいけないし、行動しないといけません。また下の子もわがままばかりを言ってはいられません。そもそも大人がお膳立てをして楽しい場を提供するプログラムにはなっていないので、自分たちが自発的に動くことで、楽しい時間をみずから創り出すように働きかけています。もちろん安全面には細心の注意を払っていますが、主体はあくまで子どもたちです」(松下さん)
「キャンプでは大学生を中心に、高校生から30歳くらいまでの社会人の方にリーダーの役割を務めていただくのですが、その時々で静かで落ち着いたタイプのリーダーになることもあれば、明るくて元気なリーダーになる場合もあります。また幼少期を海外ですごしたバイリンガル高校生や、最先端のIT企業のエンジニア、医師など、様々な背景をもつ方がリーダーになることも。いろいろな資質や個性を持つリーダーや仲間との生活の中で、それぞれ年齢の違う子どもたちが関わり合い、プログラムをこなしていくことで、たくさんのことを学んでいくのです」(松下さん)
子どもたちはキャンプを通じて他者との“ややこしい関わり”を体験します。そこで自立心や社会性を育んでいくといいます。
たとえばテントを張るとき。年長者は小さい子たちの動きに注意を払いつつ、また小さい子たちがわかる言葉で指示をしていく必要があります。大人相手、もしくは同級生同士だったら簡単に済む作業でも、なかなかスムーズにはいきません。そんな時、年長者はどうやったら小さな子たちに言葉が伝わるか、協力して動いてもらえるかを考えるようになるのだそうです。
「キャンプの目的は自然の中でたくましく生き抜く力を養うことでもなく、いわんやテントを張る能力や、カレーをつくるスキルを高めることでもありません。集団活動の中でひとつの目的を達成するために、自分たちで考えて行動することを重視しているんです。
そして自分が動いたこと、自分の力が集団や他者のために役立てることに喜びを感じるようになることも非常に大切です。その喜びを知ると、人を助けたり、お手伝いすることに積極的になれる。キャンプでは幼児期に必要なあらゆることが学べると思っています」(松下さん)
今やっていることがいつか実を結ぶと信じるのみ
“お受験”を希望する世帯は増加傾向にあります。特に競争の激しい首都圏(1都3県)では、2022年度の小学校受験の合計志願者数はのべ2万4287人。これは5年前の18年度(のべ1万8965人)から3割近くも増えています。
お稽古ごとや幼児教室の需要も高まる中、慶楓会にも「噂」を聞きつけた保護者からの問い合わせも多いそうです。
「本当にキャンプをすることで名門校に合格できるんですか、と聞かれることもしばしばあります。そのようにお聞きになる方はおそらく心の中で『そんなことはいいから合格するために必要なことだけを教えてほしい』と思われているように感じています。要は名門校に入ることが目的化している親御さんが少なくないんです。私たちの教育は、名門校に入ることだけを目的にしていません」
「もちろん伝統校に入り、その文化圏に身を置き、素晴らしい教育環境で学べることは子どもにとって幸せなことだと思います。しかし、それ以外の選択肢が失敗なわけではないですし、私自身、地方出身で、名門小学校で学んでいたわけでもありませんが、むしろ田舎の自然豊かな環境で育ったことが、現在の教育観に活きています。なにに価値を置くかは人それぞれだと思いますが、受験合格がすべてではありません。
それよりも大切なことはたくさんあります。もしお子さんがとても集中してダンゴムシをつついていたら…。親からすると『そんなことをさせても何も価値を生まないのでは?』と思ってしまうかもしれませんが、そこにあるのは自分の興味関心を追求したい子どもの姿。それはとてもかけがえないないものであり、その自発的な姿勢を支えてあげることが大切なのではないでしょうか」(松下さん)
子どもの人生を幸せにしたいと願うのはすべての親に共通していること。幸せな人生を歩んでもらいたいから、熱心に教育をし、可能性を広げたいと思うのでしょう。事実、調査会社レポートオーシャンによると、初等・中等教育の13年間にあたる「K12教育市場」は、2021年~2027年の予測期間において、全世界で26.7%以上の成長率が見込まれています。
子どもの教育市場が世界的に拡大成長していくことが予測される中、日本でもこれから、高額なものから無料で受けられるものまで、また国内の老舗企業のものから、海外のスタートアップのものまで、さまざまな幼児教育サービスが乱立することになることは想像に難くありません。選択肢の多様化が加速する中、どんな教育が自分の子に合うのか、それらがどのような教育効果をもたらすのか、保護者はより悩むことになるのかもしれません。
「私から言えることは、どの教育が望ましいのか、これをやったらこれだけできるようになります、と明確に保証することは誰にもできないということです。
思想家の内田樹さんも仰っていますが、教育を消費者モデルで捉えることはできません。たとえば今持っているスマートフォンは10万円で手に入れることができたけれども、教育は払った金額がそのまま何かしらの成果や対価として返ってくるとは限らないのです。
また、費用対効果で教育を捉えると、なるべくコストをかけずに最大の成果を得ようという考えに陥りがちですが、特に幼児期の教育においてそれはむしろ真逆の発想と言えるでしょう。一見無駄とも思える手間や労力を惜しまず、どれだけたくさんの可能性を信じて、面倒がらずに時間をかけたか。子どもが示す興味や関心に向き合い、適時適切な働きかけを繰り返し行うことができたか。これらの地道な毎日を大切にする、丁寧な暮らしを積み重ねていくことのみが、子どもたちを育てていくと考えます。
私たちはそのための視点を保護者の皆様にお示ししながら、ご家庭では取り組むことが難しい異年齢集団での体験活動を設定し、同時に初等教育に接続していく教育内容を専門の観点からご教示することを通じて、本質的な成長を促す学びの場を提供しています」(松下さん)
〈将来をあらかじめ見据えて、点と点をつなぎあわせることなどできません。できるのは、後からつなぎ合わせることだけ〉
これは、アップルの創業者スティーブ・ジョブズが2005年のスタンフォード大学卒業式で行った有名なスピーチの一節。誰にも未来はわからないから、いまやっていることがいずれ人生のどこかでつながり、実を結ぶだろうと信じるしかないとジョブズは学生に語りかけました。同様に、幼い子どもが今学んでいることがどのような実を結ぶかは誰にもわかりません。親も、そしてどんなに優秀な教育者であっても。
「だからこそ今やっていることが子どもの未来を豊かにすることを信じて、私たちは日々子どもたちに向き合い、教育に携わっています。これだけは言えるのですが、キャンプを通じた体験活動で、子どもたちは本当に見違えるように成長していきます。様々なことに気づき、人の話に耳を傾け、相手の気持ちに立って考えられるようになるんです。それらはもちろん受験突破に必要な力にもなるのですが、それ以上に、その子の人生に多くの可能性をもたらしうる能力を育むものだと確信しているんです」(松原代表)
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