――コロナ禍で妊産婦さんのメンタルヘルスの問題はより深刻になったともいわれています。特に2020年春からしばらくは人と会うこともままならない時期が続き、子育てについて相談できる仲間もできない状況でした。
吉村先生: 「コロナ禍だから問題が起きたというよりも、もともとこの社会にあった問題を浮き彫りにした結果、“孤育て”に悩む人を増やしたのだと見ています。事実、コロナが落ち着いたから問題がなくなるかというと、そんなこともなく、今年の出生数は70万人台前半と8年連続で過去最少。来年はさらに下回るのではないかと見られています。もはや日本の少子化は、危険水域を越えて取り返しが付かないレベル。それは『こんな社会では子どもを産み、育てていくことなんてできない』という女性の気持ちの表れではないでしょうか」
――子どもを産みたいと思えない国になっていると。
吉村先生: 「ええ。だから産後にメンタルヘルスに不調をきたす人が増えているのです。産後うつは、どこか個人の問題だと思われている方も多いけど、決してそうじゃありません。以前うつになったことのある人はハイリスクとされていますが、産後うつは“特別な人”がかかる病気ではなく、心身ともに健康な方でも発症する可能性が十分にあります。つまり産後うつになる女性が弱いわけじゃないんです。コロナ禍が可視化したのは社会の歪みであり構造上の欠陥。それが産前産後の女性にのしかかった結果、妊産婦のメンタルヘルスの問題がより深刻化したのだと思っています」
現代女性にとって産後のメンタルケアが必要な理由
――そもそも妊産婦さんのメンタルヘルスは不調をきたしやすい。
吉村先生: 「おっしゃる通りです。産後うつの要因となるのは社会的背景、生活環境、人間関係などさまざまです。それらが、産後のホルモンバランスの乱れや大きなからだの変化がトリガーとなり発症するといわれています。
周産期は、女性にとっては母親として新たな一歩を踏み出す時期であり、不安なことだらけです。幼い頃、ぼんやりと子どもがほしいなと思っていた女性も、本格的に母になるんだと実感するのは、妊娠が判明した時でしょう。そして妊娠期間中に自分のからだの中で起こる変化にとまどいながら、わが子に出会える期待とちゃんと産めるのかという不安の狭間で心が揺れ動くわけですね」
吉村先生: 「出産という人生最大の難関を乗り越えることで、母親としての自覚が芽生えます。同時に、私はこの子のママなんだ、絶対に守っていかないといけない――そう強く心に誓われるのではないでしょうか。
しかし産後はそれまでの“常識”が通用しないことばかり。生活は一変し、言葉の通じない子どもは予測不能。思うどおりにいくことはなく、心も休まらない。子どもを守るのは自分しかいないという強い本能と、その気持ちに母親としての能力が追いつかない…苦しいですよね」
――そういう苦しさを1人で抱え込まないことが大切ですよね。
吉村先生: 「そうなんです。産後に気分が落ち込んだり、産後うつになるのは、本人が悪いわけでもなんでもないので、決して遠慮することなく、また恥ずべきことなどとは思わず、周りにSOSを出してください。
そしてパートナーを含めて周りの人は、現代の女性にとって、通常の社会生活を営みながら、子どもを産み、育てることがいかに大変なのかをもっと認識されたた方がいいと思っています。
上の世代は男女問わず、『自分たちはそれでもやってきた』と言いがちだけど、あきらかに環境設定が違います。また同世代の男性の多くも『大変だね』と言葉では共感を示しつつも、行動にまで移されている方は少ない印象です。現代女性の大変さをもっと多くの方に知ってもらう必要が、まずあると思います」
1949年生まれ。日本産科婦人科学会理事長、日本生殖医学会理事長を歴任した不妊治療のスペシャリスト。これまで2000人以上の不妊症、3000人以上の分娩など、数多くの患者の治療にあたる一方、第2次~第4次安倍内閣では、少子化対策・子育て支援担当として、内閣官房参与も務める。「一般社団法人 吉村やすのり 生命の環境研究所」を主宰。