実際にあった話をしますね。夏休みに夫の実家に里帰りしたときのこと、みんなで映画を見に行くことになりました。夫は家でやらなくてはいけないことがあったので、夫の両親と息子、私の4人がショッピングセンターの映画館へ。夫が車で送ってくれて、降りるときに「帰りも迎えにきてあげるね」と言ってくれました。私は「わかった、ありがとう」と答えました。
映画を見終わって「楽しかったね」と息子と話しながら、ちょっとショッピングセンターを回って、じゃあ帰ろうかとなったときに、私は夫を呼ばなくちゃいけないなと思ったんです。そしたら、義母が「タクシーで帰らない? 待っている時間が暑いし、わざわざ呼びつけるのも悪いし」と。じゃあ、そうしましょうかと、タクシーで帰ることにしました。
タクシーに乗りこんで、夫に迎えにこなくていいよと電話しようと思ったら、ちょうど夫から着信が。「もしもし、いまどこ?」というので、「いまタクシーに乗って交差点を曲がったところだから、あと5、6分で着くよ」と答えたんです。すると夫は「待ってるんですけど……」と。私は「もう出ちゃったから、戻ってもお金かかるし、もうすぐ家に着くから、すぐに帰ってきてね、よろしく!」と電話をきりました。
先に家に着いた私たちがのんびりしていると、夫が登場。ものすごい形相で、今までの結婚生活で見たこともないぐらい激昂して「いい加減にしろ!」と一言。「迎えにいくっていったんだから、タクシー乗るならなんで乗る前に電話の1本くらいできなかったんだ? 常識的な大人として!」といわれたのです。
では、問題です。これは誰が悪いと思いますか?
こういうことってどんな夫婦の間でもよくあることだと思うのですが、答えは「誰も悪くない」ですよね。なぜかというと、私たちはふだん自分の世界で生きていて、その中で当たり前で正しいと思う行動しかしていません。私は夫を不機嫌にさせるつもりはまったくありませんでした。いつもパートナーのことを陥れようと思っている人なんていないでしょ?(笑)
迎えにきてもらうことはお互いに認識していたけれど、それぞれの解釈があった。私は、「そろそろ帰るから迎えにきて」と連絡して、来てもらうつもりだった。けれど、夫にとっては、迎えにいくっていったのだから待っているものだという認識だったのです。自分は用事があって一緒に行けないからと彼なりに気をつかって、終了時間をネットで調べて迎えにきてくれていました。これも彼の気づかいだし、優しさ。けっしてケンカをしようと思って、先回りしていたわけではなかったのです。
つい「なんで?」という言葉が口から出ますよね。でも、みんな悪気なく、良かれと思ったことしかしていません。夫婦の間でいらいらすることがあるかもしれないけど、相手はそれなりに気をつかっていて、その人なりの世界があるなっていう視点で見てあげてほしい。「なんで?」という言葉は、過去に向かってできなかった原因を追求するもの。これって、あんまり意味がないのです。自分と未来は変えられるけど、過去と他人は変えられないから。
ただし「なんで?」の例外的な使い方があります。それは、ポジティブな結果に対して。「なんでそんなにうまくいったの?」「なんでいつも、そんなにテキパキできるの?」というときの「なんで?」は効果的で、コミュニケーションが弾みますよ!