「出産するなら、家の方がいい。自分のベッドだし、リラックスできる」とオランダのママは口を揃えて言います。自宅出産はなにかとリスクを伴いますが、オランダの場合、産科の病院も多く、「いざという時には病院に駆け込めばいい」と考えている人も多いそうです。
また、オランダでは出産後に母親をできるだけスムーズに健康な状態に戻すことが“国益”と考えられていて、「kraamverzorgster(クラームゾルフ)」と呼ばれる産褥(さんじょく)看護師が、生後8~10日間(医療サポートが必要なときにはそれ以上)すべての家庭に派遣されます。
こうしてママはリラックスできる自宅で、万全の産後ケアとサポートを受けながら、パパとともに子育てについて学んでいくのだそうです。
吉見さんも自身の体験を振り返って、こう語ります。
「私は高齢出産でリスクがあったため、病院で産まなければいけなかったのですが、それでも出産して6時間後には家に帰されました。『ママも赤ちゃんも元気だから、自分のベッドでゆっくりしてください』って。正直、まだ全然回復しておらず、(家は2階だったので)階段を這うようにして登っていきましたね(苦笑)。ただ自宅に帰ると産褥看護婦さんがすぐに来てくれて、赤ちゃんのベッドのつくり方から、おむつ替えやお風呂の入れ方まで教えてくれて、家事も全部やってくれたので、とても助かりました」(吉見さん)
子どもはママとパパが協力して育てるのが常識というオランダでは、パパにも2日程度の出産休暇があります。赤ちゃんが生まれてから1か月間ぐらいは、パパの職場でも「大変だから、早く帰ったら」と周りが気を遣い、サポートしてくれることが多いそうです。また、日本の里帰り出産のような習慣はありません。吉見さんのオランダ人のご主人は里帰り出産について「パパが赤ちゃんと一緒にいられないなんて考えられない。ママと赤ちゃんを引き離したら誰でもひどいと思うのに、パパならいいの?」と、とても驚いていたとか。
なお吉見さんとご主人は、家事、育児について、特に分担は決めてはいないものの、子どもが赤ちゃんの頃は、朝・昼はママがお世話をして、夜はパパが面倒をみていたそう。吉見さん夫婦に限らず、オランダでは子育てや家事はママもパパもどちらもやれる方がやるというのが基本。
ここで素朴な疑問。そもそもオランダのパパって、そんなに誰でも家事ができるものなのでしょうか?
「もちろん得意、不得意はあるでしょうが、日本に比べると家事ができる男性は多いと思います。オランダでは、男の子も女の子も18歳になったら家を出て、一人暮らしをするのが普通。我が家も夫がすでに決めているのですが、娘が18歳になったら自立させることになっています。正直、私はもう少し家にいてもいいんじゃないと思うのですけれども……(笑)。そうやってある種、自立が強いられる社会なので、オランダでは男女を問わず“大人”は家事をする……自分のことは自分でやるが基本になっています」(吉見さん)
かつてのように「家のことは女性がやるもの」との意識は薄れてきたとはいえ、いまだに「ワンオペ育児」なんて言葉も耳にする日本。それと比べると、オランダはかなり進歩的なようです。オランダのこうした子育てや家事についての考え方や方法を自分たちの生活に取り入れていくと、わたしたちの子育てのしかたも少し変わっていくのかもしれません。後編では、子どもが自立できるように赤ちゃんの頃から1人の人間として扱うオランダ流の子育て法について、もっと詳しくご紹介していきましょう。
〈参考文献〉
ユニセフ イノチェンティ研究所・阿部彩・竹沢純子(2013)
『イノチェンティレポートカード 11 先進国における子どもの幸福度―日本 との比較 特別編集版』、公益財団法人 日本ユニセフ協会(東京)
https://www.unicef.or.jp/library/pdf/labo_rc11ja.pdf
【プロフィール】
吉見・ホフストラ・真紀子
翻訳家・通訳
大学でフランス語文学言語学を専攻。インターネットを使ったコミュニケーションに興味を持ち、大手通信会社に入社。フランスでMBA取得後、フランス・オランダ・日本の国際企業でIT通信関連の商品開発マーケティング・ビジネス戦略に携わる。結婚を機に2003年、オランダへ移住。現在は多岐にわたる企業通訳および翻訳を本業とするかたわら、難民に対するオランダ語支援やフェアトレードビジネスなどNGO団体でのボランティア活動にも従事し、忙しい日々を送っている。翻訳を手がけた「世界一幸せな子どもに親がしていること」(リナ・マエ・アコスタ&ミッシェル・ハッチソン 日経BP社 https://www.amazon.co.jp/dp/4822255530)が今年1月に日本で出版された。