青年コミック誌『モーニング』で連載中の『コウノドリ』。いま、出産を控えるプレママやその夫であるプレパパのほか、子どもをもつ親、将来親になるであろう人など、さまざまな人たちに注目されています。
主人公は、産婦人科医でジャズピアニストの鴻鳥(こうのとり)サクラ。「未受診妊婦」「切迫流産」「無脳症」など、あまり語られることのなかった妊娠、出産の現実まで描いていることが特徴で、「毎回ハッとさせられる」「読んでいると涙が自然とあふれる」という読者も多い作品です。今回は作者の鈴ノ木ユウさんに、本作を描くきっかけから、男性が妻の妊娠、出産時に“できること”まで、いろいろとお話を聞きました。
思いがけず出産に立会い“武者震い”
5年前に奥さんが出産したのですが、最初はぜんぜん立ち会う気がなくて。「僕はダメなダンナで、こういうことは苦手だから」と断っていたんですが、助産師さんから「何言ってんの、あんたコレ着なさい」と服を渡されて、なんとなく立ち会うことになってしまいました。分娩室の隅っこのほうで、遠くから眺めていました。
古風な人間なので、出産は“自分の立ち入ってはいけない場所”かなと思っていたんです。夫は妻の出産を廊下で待っていて、子どもの泣き声がして「あー、生まれた」みたいなことを勝手に想像していました。
出産の現場は、戦場みたいでした。分娩台から3メートルくらい離れたところから見ていたんですが、ドラマの回想シーンみたいでしたね。目の前のことが止まって見えるような。お産の最後はお医者さんたちが、バッと奥さんに集まって、「切るよ」という声のあと、「パチン!」と音がしたんです。想像もしていませんでした(笑)。
初めて見たわが子の印象は、「わ、きたねーな」(笑)。イメージの中ではもっときれいなものだったのですが、実際は白い膜がついていたり、血がついていたりして、すごくきたなくて。その後も、ただぼーっと見ていて、きれいになってから顔をよく見たら、今度はうちの父親に似ていて、ガッツ石松みたいだった(笑)。赤ちゃんってガッツ石松か、笑福亭鶴瓶の2パターンに分かれてるじゃないですか。それで「こっちかよ」と思って、自分が悪いような気になって、「ごめん」と思いました。
それから抱っこしたんですが、しゃべっている気がないのに「こんなうれしかったことないな」と口から出て、これが一生のうちでいちばんうれしいことだと直感しました。本当にブルブル体が震えて、武者震いがして、そのとき貧乏だったんですけど、がんばろうって思いました。
産科医療の知られざる現実に「俺、描かなきゃ!」
僕は漫画家になる前は、ロックミュージシャンでした。友だちの漫画家の手伝いをしたことがきっかけで、初めて1本の漫画作品を描いて、それが運よく賞をもらいました。それで浮かれていたら、まだ結婚していなかった今の奥さんに、妊娠検査薬の結果を見せられて…。じゃあ漫画なんかやっている場合じゃないと、バイトを2つ掛け持ちする生活になりました。
子どもが生まれたあと、「このままお父さんになったら、すごく疲れるな」と思い、バイトを一つに減らして漫画を描くことを決意しました。次回作は何にしようかと考えていたときに、奥さんと食事をしていたら、出産のときにお世話になった先生がピアニストだったという話になったんです。ピアニストで産婦人科医で“ゴールドフィンガー”。奥さんと二人で「いいじゃん」「おもしろいね」と言って、先生をモデルにした話を描きはじめました。
このとき、出産から3年が経っていました。奥さんの幼なじみに産婦人科の先生がいて、いろいろ話を聞いていたことも、影響しています。たとえば、いつ呼び出されるかわからないから、銭湯に行くときもポケベルをビニールに入れて、お風呂に入っているとか。