吉村先生:自分のからだの中で新しい命が芽生え育っていくという “命の神秘”を日々実感している妊婦さんは、食べる物や環境に敏感になりがちです。でも妊娠は自然の営みのひとつですから、あまり神経質になる必要はありませんよ。水分と栄養と睡眠が十分であれば、それほど心配することはありません。
――暑い日が続くと食欲がなくなりがちなプレママも多いようですが、食事はきちんと食べなくてはいけないんですね。
吉村先生:妊娠中は、細胞の新陳代謝を促す葉酸や赤ちゃんの骨や歯になるカルシウム、血液となって赤ちゃんに栄養と酸素を届ける鉄分などの栄養が特に必要です。暑くて食欲がないからと、極端に食事の量を減らしたり、好きなものだけを食べていると、からだに必要な栄養素が不足してしまい、疲れやだるさなど不調があらわれることもあります。
――食べられないからとバランスの悪い食事をしていると、それがからだの不調につながって、悪循環を起こしてしまうということですか?
吉村先生:そうです。葉酸は妊娠中の必要量を食事から摂るのは難しい栄養素ですから、サプリを服用するとか、鉄分はタンパク質やビタミンCと一緒に摂ると吸収が良くなるとか、乳製品を多めに食べるようにするとか、ちょっと意識すればバランスの良い食事は難しくありません。産後の体型を気にして妊娠中からエネルギー源となる炭水化物の摂取を控える妊婦さんもいますが、赤ちゃんの成長を考えると出産時の体重は、妊娠前より10~12kgぐらい増加しているのが理想です。
――出生時体重が2500g以下の赤ちゃんは生活習慣病になる可能性があるというDOHaD(ドーハッド)仮説(※3)が最近の医学界では主流になっているそうですね。
吉村先生:栄養状態を改善するためには、かかりつけの産院など医療機関などで食事指導を受けるのも有効です。少しずつ何回かに分けて食べる方法などを教えてもらってもいいし、妊娠初期につわりがひどく、どうしても食べられなくて栄養不良になりそうなら、点滴で栄養補給をすることもあります。妊娠中からバランスの良い食事を摂ることは、生まれてくる赤ちゃんの健やかな成長のために必要です。暑い季節ですから、水分を摂ることも忘れずに。先ほどもお話しましたが、マスクをしていると喉の乾きを感じにくいので、外出時はこまめな水分摂取を心がけましょう。寝苦しいほど暑い夜はエアコンなどで室温調節をして、ぐっすり眠れる環境を作るのもいいでしょう。
――他にこの夏、妊婦さんが気をつけるべきことはありますか?
吉村先生:先に公開した「専門医が語るwithコロナ時代の妊娠と出産」でも紹介した通り、妊婦さんが新型コロナ感染症にかかっても、他の人より重症化しやすいとか、おなかの赤ちゃんに悪影響があるとかいう報告は今のところありません。ただし一般的に妊婦さんが肺炎にかかると重症化する傾向があるというのも事実です。三密を避け、しっかりと手洗いをして、人混みではマスクを付けるといった「新しい生活様式」を実行していただきたいですね。
――要は暑さ対策をしながら、感染症予防も手を抜かないようにということですね。
吉村先生:今は唾液を用いたPCR検査や抗原検査なども承認され、医療体制も充実しています。厚生労働省の接触確認アプリ(COCOA)に登録(Android/iOS)しておくのも、陽性者との濃厚接触をいち早く知り、対策を講じるために有効でしょう。職場や家庭で疑わしい症状のある人がいたり、ご自身の体調で気になる事があれば、かかりつけの産院に電話して相談してみることをおすすめします。
「新型コロナウイルス感染症」という言葉をはじめて聞いてから半年がすぎました。感染者の増加を心配しつつも、社会は元の姿を取り戻しつつあります。これからが本格的なwithコロナの時代の始まりです。暑い日の感染症対策は大変ですが、元気な赤ちゃんの誕生を楽しみに、この夏を乗り越えていきましょう。
- <参考資料>
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※1〈「新しい行動様式」の実践例〉(厚生労働省/2020年5月)
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000121431_newlifestyle.html -
※2〈「新しい生活様式」における熱中症予防行動のポイント〉(厚生労働省/2020年5月)
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000121431_coronanettyuu.html -
※3日本DOHaD学会声明文(日本DOHaD学会/平成30年12月)
http://square.umin.ac.jp/Jp-DOHaD/_src/302/93fa967bdohad8aw89ef2090ba96be20201820.pdf?v=1577008480369
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※1〈「新しい行動様式」の実践例〉(厚生労働省/2020年5月)
1949年生まれ。日本産科婦人科学会理事長、日本生殖医学会理事長を歴任した不妊治療のスペシャリスト。これまで2000人以上の不妊症、3000人以上の分娩など、数多くの患者の治療にあたる一方、第2次~第4次安倍内閣では、少子化対策・子育て支援担当として、内閣官房参与も務める。「一般社団法人 吉村やすのり 生命の環境研究所」を主宰。