厚生労働省は2020年7月21日に子宮頸がんの原因となるヒトパピローマウイルス(HPV)の感染を予防する9価HPVワクチンの製造販売を新たに承認しました。9価ワクチンとは「9つの型」のHPVに有効であることを指し、国内ではすでに2価と4価の2種類のワクチンを接種することができます。
しかしながらHPVワクチンの接種率は低いままです。子宮頸がんを予防する上で、世界的に有効性が認められているにも関わらず、です。そこで今回は、慶應義塾大学名誉教授の吉村泰典先生に子宮頸がんとHPVワクチンについての最新情報をお聞きしました。
日本では子宮頸がんで多くの命が失われています
――最近30代の日本人女性の間で子宮頸がんを発症する人が増えています。まずは子宮頸がんという病気について教えていただけますでしょうか?
吉村先生:子宮頸がんというのは、子宮と腟をつなぐ子宮の入り口(子宮頸部)にできるがんです。発症の原因の90%以上がヒトパピローマウイルス(HPV)への感染で、性行為によって感染すると言われています。
吉村先生:国立がん研究センターが公開している「科学的根拠に基づくがん予防」でも紹介されていますが、日本人女性のがんの要因の1位はウイルスや菌への感染(17.5%)です。男性は1位が喫煙(29.7%)ですが、感染も2位(22.8%)にあげられています。HPVが子宮頸がんの原因になることは 1980年代にドイツのウイルス学者ハラルド・ツア・ハウゼンによって証明されました(彼はこの功績で2008年にノーベル生理学・医学賞を受賞しています)。
――がんは遺伝や生活習慣だけでなく、ウイルスや菌の感染も大きな原因となっていると言うことですね。
吉村先生:はい。生涯のうちにHPVに感染したことのある女性は、海外のデータでは全女性の50~80%(※1)と言われています。基本は性行為で感染すると言いましたが、(ワクチンを接種しなければ)性交経験のある女性の多くが感染するありふれたウイルスです。
――それくらい“メジャー”なウイルスということですね。とはいえHPVの感染=子宮頸がんになる、というわけではないですよね?
吉村先生:はい、HPVの感染はHPV遺伝子の存在を検査で調べることができるのですが、多くの女性は、陽性になってもすぐに陰性化してしまいます。 HPVに持続的に感染している人のうち約10%(※2)が軽度異形成と呼ばれる「前がん病変」になります。この段階で見つかれば治療も難しくありませんし、経過観察をしているうちに自然治癒することもあります。ちなみに子宮頸がんまで進行するのは「前がん病変」を発症した人の約10%と言われています。
――HPV感染者の10%のうちの10%…要するに、HPVに持続的に感染された方の1%が子宮頸がんになると言うことですか?
吉村先生:そうです。1%と聞くと少ないと感じる方もいるかも知れませんが、日本で子宮頸がんにかかる女性は2017年では年間約1万人で、約2,800人が亡くなっています。1975年に子宮頸がんで亡くなった方は約2,000人ですから、増加傾向は顕著です。ワクチン接種を積極的に進めているような先進諸国では、子宮頸がんで亡くなる方は減ってきているけれども、日本では増えているのです。
――その点において日本は世界から遅れを取っていると。
吉村先生:それが紛れもない事実です。もうひとつの気がかりは、発症する人の年齢が下がってきているという事です。日本では、44歳以下に限れば、2017年に年間約300人が子宮頸がんで命を落としておられます(※2)。数十年前まで子宮頸がんは、50歳すぎの女性の病気でした。ところが最近は30代、40代が多くなっているのです。この世代はちょうど妊娠・出産の時期とも重なります。子宮頸がんで妊娠前に子宮を失うのは女性にとって受け入れがたいことですし、妊娠してから見つかったり、子育て中に入院や手術ということになれば、女性のからだへの負担ばかりでなく、家族への影響も計り知れません。