吉村先生は不妊治療を受ける時の問題点として、「経済的な負担」と「仕事と両立する難しさ」のふたつが大きいと指摘します。
「なによりまずは経済的負担ですよね。特定不妊治療費助成制度はできるだけ使いやすくなるように施行後も実情に合わせて度々変更してきましたが、未だにふたり合わせて年間730万円までの所得制限があり、病院によっては9割の人が助成の対象にならないという実情もあります」(吉村先生)
こうした実情もあり、不妊治療のために年間数十万円の費用を自費で捻出している30~40代の夫婦は珍しくありません。
また施術のタイミングが重要な生殖補助医療では、女性の体の様子を見ながら次の予定を立てることが多いために、仕事との両立が難しくなります。
「体外受精の場合、月に5〜6回は病院に行くことになります。たとえば木曜日に診察を受けて次の月曜日が採卵に最適な日となると、月曜日に突然仕事を休まなくてはなりません。そんな事を繰り返しているうちに、職場に迷惑をかけてしまうからと仕事を辞めてしまう女性も多いんです。なぜ、子どもを持とうと望むことで仕事を辞めなければいけないのか。この時代に、そんなことが“仕方のないこと”となっていることに、私は大きな問題意識を持っています」(吉村先生)
2018年に行われた生殖補助医療約45万件のうち、出産に至ったのは55,499人。成功する確率は、おおよそ12.2%(※2)です。この数字を高いと見るか、低いと見るかは人それぞれだと思いますが、吉村先生はこう言います。
「約12%も可能性があることに希望を持たれること、前向きになれることは素晴らしいと思います。ただ、9割近くは出産に至らないのも事実。いくらがんばってもうまくいかないこともあるのです。ですから、私は常々、不妊治療を望む女性に仕事を辞めないようにアドバイスしています。気持ちを切り替えなければいけない時に打ち込める仕事があるのは大事なことですし、仕事を辞めたからといって妊娠しやすくなるわけではないと思います。職場の理解が得られないのであれば、それは職場の問題であってご自身の問題ではない。職場に迷惑をかけてしまうなどと思う必要はまったくありません。それが迷惑だと感じてしまう職場、ひいてはそんな社会が変わっていかないといけない」(吉村先生)
医療技術の進歩とともに、不可能だった不妊治療が可能になってきた面もありますが、それでも必ず赤ちゃんに恵まれるという保証はありません。最後に吉村先生に不妊治療の「止め時」についてお聞きしました。
「過去のデータから年齢である程度、線を引くことはできますが、個人差もあります。ただ不妊治療は少しでも早くはじめた方が、妊娠・出産の可能性が高いことだけは間違いありません。妊孕性(にんようせい=妊娠する能力)は年齢とともに下がります。結局のところ“止め時”はカップルで十分に話し合って決めるしかありません。もちろん、その場合に医師も相談に乗ってくれるでしょう。ただ、最終的にはふたりが決めることなのです」(吉村先生)
厚生労働省では、全国に設置されている「不妊専門相談センター」の実態調査を2017年に実施し、その報告書(※3)の中で、不妊で生じる悩みとして身体面や精神面、経済面の負担感、パートナー間の関係性の変化、治療の休息や集結の決断の難しさをあげて、不妊治療は個人の人生に関わる問題であると言及しています。
今、まさに不妊に悩まれている方はもちろんのこと、将来子どもを望むすべての人にとって他人事ではない不妊、及び不妊治療。それだけに現在、進められている保険適用拡大の議論の行方は注意して見守っていきたいところです。さて、次回はその注目の保険適用の拡大について、吉村先生にお話をお聞きしたいと思います。
※特定不妊治療費助成の所得制限は2021年の1月より撤廃されます。一回の助成額も増え、二人目の不妊治療において回数はリセットされます。
- <参考資料>
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※1不妊治療の主な治療法の概要(内閣府/2020年)
https://www5.cao.go.jp/keizai2/keizai-syakai/future2/20200327/shiryou1.pdf -
※2不妊治療に関するデータブック(日本産科婦人科学会/2018年)
https://plaza.umin.ac.jp/~jsog-art/2018data_20201001.pdf -
※3不妊のこと、ひとりで悩まないで 「不妊専門相談センター」の相談対応を中心とした取組に関する調査(厚生労働省/平成30年)
https://www.mhlw.go.jp/iken/after-service-20180119/dl/after-service-20180119_houkoku.pdf
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※1不妊治療の主な治療法の概要(内閣府/2020年)