【相談2】
3歳の男の子がいます。今年から幼稚園に通っていますが、
なかなか言葉が上手に喋れず、心配です。
言いたいことを伝えられないと、突然噛み付くので、お迎えの時に同じクラスの子に「噛まれた」と
歯型のついた手や腕を見せられ、何度も何度もお詫びする日々です。
5歳年上で小学生の兄とはとてもいい関係で、たいてい言うことを聞いていますし、兄の友だちとなら諍いもなく楽しそうに遊んでいます。
発達障害を疑ってお医者様にも行きましたが「様子を見ましょう」とのこと。
もうすぐ年中クラスというのに、言葉数もあまり増えず、噛みつきグセは止みません。
幼稚園でトラブルを起こさないように噛み付くことだけは止めさせたいのですが、どう教えたらいいのでしょうか。(ひろみ)
高橋先生:ご心配事がいくつかあるようですね。一つ目が、言葉の遅れというご心配ですね。もう一つは噛みついてしまうというご苦労ですね。三つ目が、関連しますが、噛み付くという行為をやめさせるにはどうしたらいいか、ということだと思います。対象は3歳の男の子…こういうタイプのお子さんは意外に多く病院に来られます。このご質問から想像するに、お子さんはおそらく相手の言っている言葉を十分に理解することができていて、また相手の表情からも感情を読み取れていて、それに対して自分の頭の中では答えが用意できるんだけれども、その答えを言葉にして自分の口から突いて出す、ということができないんだと思うんです。
I:なるほど。言葉の遅れと一口に言っても、このケースではおそらくアウトプットができていないだけで、インプット、つまり相手の言っている言葉は十分理解できているだろうと。
高橋先生:そう思います。言語によるコミュニケーションには三つのステップ、つまり「聞いて理解する段階」、そして「考える段階」、「考えたことを言葉に出す段階」があります。考えたことを言葉にして出すところだけが問題、出口が狭いというか、それを「表出言語の発達」が遅れていると表現しますが、意外に多いですよ。3、4歳になっても意味のある言葉が一つか二つしか出ない…そのような場合には、言葉の出口が狭いだけで、その子の知能は正常だということを確認する必要があります。相談者さんのお子さんは、お兄ちゃんとはとても仲が良くて、お兄ちゃんの友だちとも楽しそうに遊ぶことができる、と。親子のコミュニケーションもしっかりとれていると思いますから、そういう意味では間違いなく、表出言語だけが遅れているパターンだと思われます。そういう場合には、小学校に上がる前ギリギリまで待っていると、ワーッと言葉が出てくる子も多いですね。逆に言うと、そのタイミングで小学校が始まるという教育制度はなかなかよく出来ているなと思います。
I:小学校入学の直前まで言葉が出ないと親も焦るかもしれませんが、そんな子が実は少なくないと聞くと少し安心しますね。
高橋先生:以前、4歳くらいの男の子で、全く同じようなケースで相談に来られた方がいました。お母さんは大変に心配していたんですが、横についていたお父さんのお母さん(おばあちゃん)が「うちの息子も5歳まで、口がきけないのかと思っていた」と一言ポロリと言ったんです。その男の子、今では大変なおしゃべりです。すなわちちょっと遺伝的な背景もあって親子そろって言葉が遅い場合もあるわけです。いずれにしても相談者さんのお子さんも言葉はそのうち出るタイプと思います。ただ、人の言っていることは全部理解できていて、頭の中ではいろんなことを考えていて、ところがそれをうまくお友だちに口で伝えることができない。それが相当なストレスになっているんではないかなと思います。その結果として、顔をひっかいちゃうっていう子も多いんですが、この子は噛み付くんですね。この子も辛いんだな、と思います。噛み付く、ひっかくというのは、ある意味、自然な行為なわけで、せめて親だけでも、そしてできれば園の先生にも、この子が噛んでしまうことについては、ただ責めるのではなく、温かい気持ちを持って接してあげてほしいなという風に思います。その上で、考えていること、感じていることを、お母さんやお父さん、幼稚園の先生が、「こうこうこうなんだね」と代弁して、外に出してあげる。そういうことでストレスを和らげてあげてほしいですね。
I:親であれば日々のコミュニケーションから、仮にまだ言葉は喋れなかったとしても、こういうことを言いたいんだろうなっていうのは想像できたりしますよね。それで、ちょっと言ってあげると、本人が「うん」と納得したりする事って、1歳2歳ぐらいの時はあると思います。それがちょっとゆっくりな子もいて、そういう子には、1歳や2歳の子に接するように、気持ちに寄り添って、言葉を外に出してあげる作業が必要であるというわけですね。
高橋先生:そうですね。ただ、たとえば赤い人形と青い人形があって、「青い方を友だちが先に取っちゃったから怒っているんだよね」のように、そこまで具体的に言う必要はないですね。「欲しいものが手に入らないと悔しいよね」とか、その程度でいいと思うんです。悔しいという気持ちを「悔しい」という言葉で代弁してあげると良いんじゃないかな。
I:ちなみに注意の仕方として「噛みついちゃ駄目よ」というのは効果的ではないですか?
高橋先生:噛み付いてしまった時に言うのは、必要なことだと思います。叱るのはその場で、というのが原則です。それから少し落ち着いた時にもう一度言ってみること。このお母さんは多分やっておられると思いますが、「お友だちに噛み付いたら良くないってわかっているよね」、とお話しするのはいいと思います。ただそのことは、この子は百も承知だと思うんですね。そこが切ないところだなと思います。僕の知る限り、言葉が遅れていることでお子さんを病院に連れこられたお母さんに「お子さん、ひっかいたりしませんか? 友だちに手が出ませんか?」ってたずねると、大抵のお母さんは頷きます。こうした問題が、お母さんの重荷になっていることも、よくあることなんです。ですから、自身にもお子さんにも少し寛容になってあげたらいかがですかと言いたいですね。たとえば、我慢を強いられているから、その分、我慢強い子かもしれない。大人になって、自由に言葉を使いこなせるようになったら、他の人々よりもっと寛容で、もっと穏やかな人になるかもしれません。こういう子の困った行動に対しては少し多めに見てあげたいな、というのが私の個人的な意見です。
I:そのスタンスは大事ですよね。一方ここで難しいのが、ひっかくとか噛み付いてしまう子の親は、そのスタンスで良いかもしれないですが、噛みつかれた子のお父さんお母さんというのは、モヤモヤが残ってしまうと思います。そこは噛んだ当事者側だけではなくて、子育てをしている人達が、そういう理由があって噛んでしまうんだ、引っ掻いてしまうんだ、ということを理解し、認識することが非常に大事なのかなと思いました。
高橋:そうです、そのとおりですね。
「いま、日本一相談したい小児科医高橋孝雄先生の〈子育てアレコレ相談室〉」のレポート記事第二弾、いかがでしたでしょうか? 集団生活が苦手、お友だちに乱暴をしてしまう等々、他者との関わりが増えてくるといろいろと気になることも増えてくるものです。
しかし、多くのケースは親やまわりの大人が、少し心にゆとりを持って、寛容な気持ちで見守っておくことで解決することが多いのでは…と先生のお話をお聞きしていると思い、同時に心がフッと軽くなりました。さて次回も、他のテーマについての回答をまとめていきます!お楽しみに!