――話は変わりますが、幼児期の睡眠についての質問です。2009年にOECD(経済協力開発機構)がまとめた「睡眠時間の国際比較」(※1)によると、働く日本人の睡眠時間は平均で約7.7時間。イギリス、フランス、ドイツなどヨーロッパ7か国と比較すると一番短くなっています。ママ・パパの睡眠時間が短いということは、子どもにも影響があるのかなと思っていて、実際わが家でも毎晩子どもを寝かしつけるのが遅くなってしまうのが気になっているのですが…。
高橋先生:睡眠はたしかに大事ですが、実際どれくらい必要かは個人差が大きいんです。厚生労働省のHPにも子どもたちの睡眠時間の調査結果(※2)が出ていますけれど、あれは平均的な子どもたちはこれくらい寝ていますよという現状を示したもので、これ以上短くなると病気になるとか、成長に影響があるというものではありません。
大人でも“ショートスリーパー”と呼ばれる短い睡眠でも元気に活動している人がいますよね。長く眠るから仕事ができるとか、幸福だとか、一概に言えないのでは。睡眠時間と幸福度や知能の関係についての子どもを対象としたデータも非常に限られていると思います。
――「寝る子は育つ」ということわざがあるように、充分な睡眠は成長に不可欠かと思っていました。
高橋先生:それもまた真実です。脳の奥深くには、睡眠に関わるメラトニンというホルモンを分泌している松果体(しょうかたい)や全身の感覚を脳に伝える視床(ししょう)、食欲や性欲など原始的な感情をコントロールする視床下部(ししょうかぶ)などがあり、生命活動に必要な多くのホルモンを分泌する脳下垂体もすぐそばにあります。
こうした脳の働きを阻害し、からだの自然のリズムを大きく乱すような睡眠のとり方は、やはり避けなければなりません。子どもにとっても同様で、個人差があるとはいえ、平均的な子どもの睡眠時間より極端に短かったり、昼寝が必要な年齢なのに昼寝をしない場合は注意が必要です。
――やっぱり、睡眠は大切ですよね。
高橋先生:その通りです。でも、僕がここでお伝えしたいことは、「睡眠が大切だ」という言葉にがんじがらめにならないで、ということ。子どもを早く寝かせるためにと、ひとりで晩御飯を済ませてひとりで入浴させるぐらいなら、ちょっと遅くなっても家族でご飯を食べ、お母さん、お父さんとお風呂の時間を楽しんだ方がいいと僕は思うんです。もちろん、子どもの生活リズムは親が作るものですから、無理のない範囲で早目に寝かせたりすることも大切だとは思います。
――これもネット上の“与太記事”だと一刀両断されるかもしれませんが、「東大生は、就学前は夜9時頃には寝ていた」みたいな話が、まことしやかに語られていたりします。このあたりについての高橋先生の見解をお聞きしたいのですが。
高橋先生:う~ん、相関関係と因果関係は違うんですよね。今の例は(たまたま調べた少数の人々については)就学前の就寝時刻と東大進学の間に“相関関係”があるかも知れない、といいたいのだと思います。だからといって「早く寝かせる→勉強ができるようになる」という“因果関係”を述べることはできないんです。僕が言えるのはそれくらいです(笑)。
睡眠は長さだけではなく質も大事なことは専門家も指摘しているところですよね。たとえば睡眠の質は、昼間のすごし方に左右されると言われます。子どもには早く寝て欲しいし、充分寝て欲しいですけれど、日中よく遊んで(仮に遅寝であっても)ぐっすり眠るようであれば、あまり心配はないでしょう。子どもの場合、早寝早起きではなくて、早起き早寝と言いたいですね。早く起き、存分に遊んで、楽しく食事をとれば、早い時間に眠くなるものでは。
――たしかにそうですね! 昨日は夜遅かったからと遅くまで寝かせておかないで、決まった時間に起こして、その代わり早めにお昼寝をさせてもいいかもしれません。そうすると一日のスタートが早くなって夜は早く寝てくれそうです。 本日もいいお話、ありがとうございました!
食についても睡眠についても、乳幼児期は生活習慣を確立する大切な時期。それと同時に、家族の絆を強くする愛着形成期ということも忘れずにいたいものです。こうすべき、こうあるべき、という「理想」に縛られることなく、わが子と向き合って、ママ・パパなりの「良い食事」「良い食卓」「良い睡眠」を探してみてください。そこにちゃんと愛があれば、それがきっとママ・パパ、そして子どもにとっての“正解”になりそうですよ。
- <参考資料>
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※1平成26年度版厚生労働白書~健康・予防白書~(厚生労働省)
https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/kousei/14/backdata/1-2-3-22.html -
※2第4回21世紀出生児縦断調査(平成22年出生児)(厚生労働省/平成29年)
https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/syusseiji/16/dl/h22_kekka_02.pdf
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※1平成26年度版厚生労働白書~健康・予防白書~(厚生労働省)