吉村先生:以前から違和感があったのですが、男性妊活の話をするとき精巣機能の問題点を指摘して、それを改善する方法、治療方法を説明することが一般的でした。つまり「男性妊活とは精子の質と量を向上することである」という一元的な話が本筋からずれているように思っていたんです。もちろん精巣機能が低下しないように精巣を温めないなど、男性が当事者として自覚することは大切なことですよ。そうなのですけど、現状を知る医師として、今伝えるべきことはそこなのだろうかという疑問もあったんです。
I:妊娠を望んでいる世の中の男性にもっと知ってもらいたいことがあると?
吉村先生:はい。妊活を考える男性は、まずは女性のからだの仕組み、妊娠のメカニズムをちゃんと理解し、妊活の「リアル」を認識することから始めなければならないと考えています。それが男性妊活の第一歩だと思います。
I:女性のからだや妊娠のメカニズムを理解することからはじまる男性妊活。たしかに、今までの男性妊活の文脈にはない考え方ですね。
吉村先生:本来あるべき男性妊活は、男性が女性のからだの仕組みを理解して、妊娠しようとする女性に全面的に協力すること。語弊を恐れずに言うと、妊娠・出産に関して男性ができることは、精子を提供するぐらいしかありません。もし精子の質が悪かったとしても、体外受精や顕微授精などで「望み」をつなぐことができます。
吉村先生:でも女性はそうではないんです。妊娠が可能なのは排卵日とその前後2日の5日間しかありません。精子は子宮の中で2~3日は生きているけれど、卵子の寿命は12時間程度と短い。その限られた“妊娠しやすい時期”を知らずに、性交しても妊娠できませんから、妊活にはなりません。
I:妊活における男性の「役割」を、男性自身がわかっていないといけない、というお話ですよね。それはそのとおりかと思いますが…あえてお聞きしますが、男性の立場からすると、この時期がいいと分かっていても、心もからだもついていかず性交がままならない、という場合もあると思うんです。ご存知のように、男性も結構ナイーブな生き物でして。
吉村先生:おっしゃりたいことはよくわかります。でも赤ちゃんを望むなら、妊娠可能な非常に限られた時期にタイミングを合わせなくてはならないのは厳然たる事実です。そこは気持ちがついていかないとか、気持ちが乗らないとか、仕事でそれどころじゃないとかは言い訳にもならないということも、男性が自覚しなければならないとも思うのです。
吉村先生:残念ながら赤ちゃんはコウノトリが運んで来てくれるわけではないんです。医師として、現実の話をしています。だからこそ現実と向き合うために、女性のからだの仕組みを知り、どうすれば妊娠できるのか、そのために男性として取るべき行動はなんなのかを考えることが、妊活の第一歩目だと思うのです。
I:妊娠を望む男性として取るべき行動とは、仕事も早く終えて家に帰る、同僚らとの飲みニケーションも控える、健康管理もしっかりする、ということですよね。どれも当たり前のことなのかもしれませんが、そうなると男性だけではなく、職場の人たちの理解も必要になってきます。妊活の意思を示せば、サポートしてもらえるルールや体制が必要というか。
吉村先生:妊活はカップルだけの問題ではなく社会として、どうサポートしていくかは大事な観点だと思いますね。2022年の1月から国家公務員には不妊治療のための通院に使える「出産サポート休暇」(※2)ができました。不妊治療をしているなら年間5日、それが生殖医療だとプラス5日で10日間の休暇が取れるという制度です。しかも時間単位で取ることが出来ます。
これでどれくらい変わるかはわかりませんが、日本でも少しずつ“風向き”が変わりつつあるのは間違いありません。仕事が忙しすぎて妊活もままならない、なんてまったく健全な社会ではありません。カップルが望んだタイミングで、妊活ができる世の中の仕組みになっている必要はあると思いますよ。