「フェムテックの本丸は“月経問題”」 産婦人科の権威がそう語る理由

「フェムテックの本丸は“月経問題”」 
産婦人科の権威がそう語る理由

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フェムテックとは、Female(女性)とTechnology(科学技術)を掛け合わせた造語で、月経をはじめとする女性特有の健康問題をテクノロジーで解決することを指します。「ほとんどの女性特有の健康問題は月経に起因するもの」――そう語るのは慶應義塾大学名誉教授で産婦人科医の吉村泰典先生。そんな吉村先生に、「フェムテックと月経」をテーマに語っていただきました。

 

進歩するテクノロジーで女性のからだの悩みを解消

進歩するテクノロジーで女性のからだの悩みを解消

担当編集I(以下、I):この1年、2年で「フェムテック」という言葉を見聞きするようになりました。さまざまな企業、スタートアップが新しいデバイスやサービスをリリースしており、2025年までにフェムテック市場は日本で2兆円、北米では5兆円規模にまで膨れ上がると言われています。自民党内に「フェムテック振興議員連盟」が立ち上がるなど、政治側での動きもありますが、吉村先生はこの潮流についてどう捉えられていますでしょうか?

吉村先生:もちろん歓迎していますし、もっともっと推進していかなければならないと考えています。これだけ急速にフェムテックが盛り上がっているのは、やはり女性が言いたいことを言えるようになったことが大きいと思いますね。

かつて女性は自らの健康問題について口を閉ざしていました。特に月経の辛さは医者に相談したり、“仲間内”で共有して慰め合うことはあっても、「男性」や「社会」に訴えることはなかったんですね。

I:たしかに。

吉村先生:それがついに、堂々と訴えられるようになってきたことが、このムーブメントの根底にあるのではないかと思っています。つまり女性だけが抱えていた大問題が可視化され、社会としてそれを放置することは許されない、というわけですね。そのために新しいテクノロジーを駆使して、女性の健康問題を解決しよう、女性を楽にしよう、より輝ける人生にしよう、というのがフェムテックの本質だと思うんです。

I:女性がもっと快適にすごせる社会に変えていこうとすること――フェムテックの精神はそこにあると。

吉村先生:そうですね。僕はフェムテックにはライフステージ別に3つの役割があると思っています。つまり1「性成熟期」、2「不妊と妊娠」、3「生涯を通しての健康」とそれぞれに役割が分かれているのかなと。

まず性成熟期、つまり月経のある女性たちを対象とするフェムテックです。僕はフェムテックの“本丸”は月経問題をいかに解決するか、にあると思っています。

I:女性特有の健康問題にとって、月経は最重要課題であるというわけですね。

吉村先生:はい。下のグラフは経済産業省が2018年にまとめた報告書(※1)を基に作ったものです。6割の女性が「仕事をする上で月経や女性特有の体調の変化で困った経験がある」と答えています。特に月経痛やPMS(月経前の不調のこと。頭痛、気分の落ち込み、むくみなど)に苦しむ女性が多いことがわかります。

女性特有の健康課題や女性に多く現れる症状により、勤務先で困った経験をしたことはありますか?

吉村先生:多くの女性が苦痛を経験しているわけですね。それを緩和するため、解放するためのテクノロジーやサービスがフェムテックに求められる役割のひとつ。

I:「女性に生まれたからには仕方ない」と諦めたり、「私は“重い”から」と受け入れていたけれども、そんな必要はないわけですよね。

吉村先生:そうなんです。これだけ医療や技術が進んでいる社会で、なぜそのようなことを我慢しなければいけないのか。女性に生まれたから当然だとか、“重い”人は仕方ないよね、ではなく、そういう女性たちを救うことが求められているわけですよ。

吉村先生:ふたつ目は、子どもが欲しい女性の希望の実現です。健康な赤ちゃんを出産するための妊活アプリや(広義では)葉酸などのサプリメントもこれに当てはまるし、不妊を乗り越えるための体外受精や顕微授精など生殖補助医療もフェムテックのひとつですね。

3番目のカテゴリーは、全ライフステージにおける女性の健康維持と社会的活動のための環境の整備です。例えば思春期からの月経コントロール、更年期障害に対して行うホルモン補充療養、乳がんや子宮頸がんを予防する啓発活動、さらにはパーソナル休暇などもフェムテックに該当します。

I:あらゆるステージの女性の健康課題をフェムテックで解決しようというわけですね。

吉村先生:そうそう。その結果として、女性がからだの不調に悩まされることなく能力を発揮できる社会を実現していこうとしているのだと、僕は理解しています。

ほとんどの女性が月経にストレスを感じています

ほとんどの女性が月経にストレスを感じています

吉村先生:まず、こちらのグラフを御覧ください。日本政策医療機構が2018年に全国の2000人の働く女性を対象に行った「女性の健康増進に関する調査」(※2)の中で、「PMS(月経前症候群)や月経随伴症状によって、あなたの仕事のパフォーマンスは普段と比べてどれくらい変わりますか?」の問いに対する回答をグラフにしたものです。

PMS(月経前症候群)や月経に伴う症状によるパフォーマンスの変化

吉村先生: 元気な状態の仕事の出来を10点とした場合、最も当てはまる数字を選択してもらった結果なのですが、75%がパフォーマンス低下を訴えており、5点以下が45%もいるんです。要は半分近くの人が、月経に伴い仕事に大きな障害が出ると感じているんですね。10点は6%しかいないので、ほとんどの女性が多かれ少なかれ体調の変化でパフォーマンスが低下していると実感しているわけです。

I:これを見ると、先生が先ほどおっしゃった「フェムテックの“本丸”は月経問題をいかに解決するか」という言葉の重みが増しますね…。

吉村先生:多くの女性にとって月経は本当にやっかいなものなんです。できればなくしたい。でも、女性だから月経があるのは当たり前だと。ただ、以前の記事でも言わせてもらったように、妊娠を望んでいないのであれば、低用量ピルを正しく服用して月経を止めてしまうという選択肢もあります。

吉村先生:産婦人科医として責任を持って言いますが、この問題を解決するには低用量ピルが一番です。つまりは、月経の悩みを解決してくれる最高のフェムテックは低用量ピルだと考えます。現状、これを超えるテクノロジーはないと僕は思っています。

I:以前の記事でも紹介しましたが、欧米では女性の生活の質を向上させるために低用量ピルで月経を止めてしまうのは今や常識になっているけれども、日本ではそうなっていないことを嘆いておられましたね。

吉村先生:ええ。欧米では長年にわたって多くの女性が服用していて、安全性や効果は実証ずみだし、副作用のリスクも極めて低いとされています。でも日本での服用率はいまだにせいぜい3~5%。医師としては、女性を月経の痛みや苦しみから解放するため、または月経を起因とする多くの女性特有の病気を予防するためのフェムテックとして、もっと普及することを願っているのですが。

I:ピルに対するある種の「偏見」も普及の妨げになっているのかもしれないですね。排卵をなくしてしまうと、不妊症になってしまうのではないか、とか。

吉村先生:全くそんなことはないのですけどね。不妊症になることはないですし、むしろ子宮内膜症などの不妊につながる病気も予防できますから。ご指摘のように「ピルは避妊のためのもの」という固定観念が邪魔をしているのは否めません。

フェムテックの浸透は教育から

フェムテックの浸透は教育から

吉村先生:フェムテックには期待しています。しかし新たに生まれたテクノロジーを生かすも殺すも「教育」次第だなと感じています。

I:どういう意味でしょうか?

吉村先生:たとえばピルが浸透しないのも、それがどういう役割を持ち、女性のからだやライフスタイルにどんな効果をもたらすか、という正しい知識を持っていないから、当事者はピルを使用しようとも思わないし、社会もそれをサポートしようとしないのかなと思っています。

日本では思春期を迎える子どもたちに性や生殖についての教育をする機会がほとんどありません。正しい知識を身につけていないから、偏見や間違ったタブーから抜け出せていない。これは大きな問題であり、僕も長く産婦人科医をしてきて、この状況に責任を感じてもいます。

I:「知る」ことは何事においても大切ですが、それは性や生殖に関することについても同じであると。

吉村先生:そうなんです。そして知るべきは女性だけでなく、男性も同様です。むしろ男性がもっと知らなければいけない。男性も、たとえば月経に関する知識を学んでいれば、パートナーとの絆はもっと深まるだろうし、一緒に働いている女性に対しても自然と思いやりが生まれるでしょう。

そういう意味では、男性側に理解がないと、フェムテックは生きてこないとも言えます。女性が自分のからだについて話し始めた今だからこそ、男性も変わらなくてはいけないでしょうね。

I:急速に変化するテクノロジーに追いついていくだけの「意識の変革」が男性には必要かもしれませんね。変革というと大げさに聞こえますけど…。

吉村先生:いや、それくらいの意志がないと変わらないのではないでしょうか。医療もめざましく進化しています。昔は低用量ピルで月経をコントロールすれば子宮内膜症だけでなく、子宮体癌や糖尿病の発症までを抑えることができるなんて誰も考えていませんでした。思春期や性成熟期の女性の月経を管理することが、更年期、老年期に至る女性の一生の健康の維持につながってくることが分かってきて、医療は変わってきたんです。その変化を男性も知ってほしいし、知らなければならないと思います。

I:今回、お話を聞く前は、フェムテックは、どこかの「誰か」が新しいガジェットやサービスを開発して、それらが女性を幸せにしてくれるものだとなんとなく思っていましたが、それじゃ全然ダメですね(苦笑)。

吉村先生:ダメです(笑)。繰り返しになりますけど、フェムテックを活用するために重要なのは、男女問わず性と生殖に関する正しい教育です。自分のからだ、異性のからだについて知ることは人間の基本について知ること。フェムテックは素晴らしい進歩だけれど、基本的な知識がなければ十分に生かすことはできないのではないかなと思っています。教育の大切さは、これからの大人になっていく子どもたちのためにも考えていたいですね。

I:フェムテックは女性の“宿命的な悩み”の宿命を書き換えることができる可能性を持ったもの。だからこそ女性の未来のために、上手に活用していきたいですね。今日もいいお話をありがとうございました。

 

dr_yoshimura

【プロフィール】
吉村泰典(よしむら・やすのり)
1949年生まれ。慶應義塾大学名誉教授 産婦人科医。日本産科婦人科学会理事長、日本生殖医学会理事長を歴任した不妊治療のスペシャリスト。これまで2000人以上の不妊症、3000人以上の分娩など、数多くの患者の治療にあたる一方、第2次~第4次安倍内閣では、少子化対策・子育て支援担当として、内閣官房参与も務める。「一般社団法人 吉村やすのり 生命の環境研究所」を主宰。

〈参考資料〉
※1次世代ヘルスケア産業協議会「アクションプラン2017」の進捗について(経済産業省/平成30年4月18日)
https://www.meti.go.jp/committee/kenkyukai/shoujo/jisedai_healthcare/pdf/007_03_00.pdf

※2 働く女性の健康増進調査(日本医療政策機構/2018年3月22日)
https://hgpi.org/wp-content/uploads/1b0a5e05061baa3441756a25b2a4786c.pdf

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