風しんが胎児に及ぼす影響
――大人がやるべきことは抗体検査とワクチン接種です。

ミキハウス編集部

「それ」はいつ来るかはわかりません。しかし、今の日本の状況では風しんの流行はいずれ起きます――そう語るのは「風しんゼロプロジェクト」の作業部会メンバーで産婦人科医の倉澤健太郎医師です。

この10年で2度(2013年、2018年)の大流行を起こした「風しん」。新型コロナワクチンの大流行もあり感染症対策の意識は高まってはいますが、風しんの撲滅に至っていない日本では、いつ流行してもおかしくない状況だと倉澤医師は指摘します。

欧米の医療先進国では風しんはほぼ排除されていますが、そもそも世界で屈指の医療先進国といわれる日本でなぜ数年起きに流行を繰り返しているのでしょうか? 

主な原因は「抗体を持っていないある世代の男性」の存在。そうした層が感染を繰り返し、無自覚に感染を広めていることが専門家の間では指摘されています。

妊娠初期の妊婦さんが感染すると、おなかの赤ちゃんに難聴や白内障、心疾患などを引き起こす可能性もあり、風しんは妊娠を望むカップルにとっては非常に気になる感染症です。このやっかいな感染症を日本からなくすためにやるべきこととはなんでしょうか?

 

 

風しんについて日本人が知っておくべきこと

風しんについて日本人が知っておきべきこと

風しんは感染しても症状が発症しない「不顕性(ふけんせい)感染」の患者さんが15~30%ほどいると推定されています。また感染してから発症するまでの潜伏期間が約2~3週間と長く、発症の約1週間前から感染力を持つために無自覚なまま他者にうつしてしまう可能性も大きい感染症です。

主な症状は発熱、発疹、リンパ節の腫れなど。重症化するケースは少ないとされており、また一般的には「子どもがかかるもの」というイメージも根強いこともあり、現代日本に暮らす多くの人にとっては、さほど注意を払うべき対象となっていないのも、またひとつの現実です。

ただし忘れてはいけない点があります。それは妊娠20週頃までの妊婦さんが感染すると「先天性風しん症候群」を引き起こす恐れがあるということ。

「先天性風しん症候群」とは、おなかの赤ちゃんに難聴や白内障、心疾患などが起こる先天性の異常。もし感染した当事者が“ただの風邪”のような軽い症状であったとしても、その人を介して、十分な抗体を持たない妊娠初期の妊婦さんにうつした場合、生まれてくる赤ちゃんの心臓や目や耳に大きな疾患をもたらす可能性があります(そのため妊娠を望む女性とそのパートナーは妊娠前に抗体検査と、抗体価が低い場合はワクチン接種が推奨されています)。

日本では撲滅に至っておらず、最近では2013年と2018年に流行していますが、「風しんゼロプロジェクト」メンバーの倉澤健太郎医師はこの状況についてこう解説します。

「2018年に風しんが大流行したとき、アメリカのCDC(疾病対策予防センター)は、予防接種を受けていないなど感染のおそれがある妊婦に対して日本への渡航を自粛するよう勧告しました。しかもそれがいまだに続いています。つまり妊婦さんにとって『日本はリスクの高い国ですよ』とCDCが今なお思っているということです。事実、この数年のうちに再び流行の山が来てもおかしくない状況ではあります」


「数年おきに流行を繰り返してしまう理由は明確で、日本では風しんに対する十分な抗体を持っていない世代が存在しているからです。定期接種制度は長い間、変遷の歴史があるわけですが、その中で昭和37年4月2日から昭和54年4月1日生まれの男性は風しんワクチンの接種を受けるチャンスがありませんでした。そしてこの世代の約2割は風しんに対する十分な抗体を持っておらず、彼らの多くが感染することで流行を引き起こしているのです」(倉澤医師)

ここ10年での流行パターンは、十分な抗体価のない世代の男性が海外の風しん流行エリアに渡航し感染、帰国後に家庭や職場で広めるというもの。海外渡航が大きな感染要因となっていたため、この2年超のコロナ禍、それに伴い海外渡航が極端に控えられたことで、風しんを含めたさまざまな感染症の流行は抑えられてきました。

「しかしながら、また海外との行き来が盛んになってくれば、一定数の方が海外で風しんウイルスに感染し、それを日本に持ち帰ることになります。そして十分な抗体価を持たない世代の男性の間で感染が広がれば、ふたたび大流行を引き起こすことになる。状況が変わっていないわけですから、当然と言えば当然ですが」(倉澤医師)

変わらない状況――風しんゼロプロジェクトはそんな「状況」を変えようと2017年に発足して以来、風しんを撲滅のための啓発活動を行ってきました。また厚生労働省は昭和37年度~昭和53年度生まれの男性に、原則無料で風しんの抗体検査と予防接種を受けられるクーポン券を発行、お住まいの自治体から自宅に発送しています。

このクーポン券を利用すれば、お近くの医療機関で無料の抗体検査が受けられ、抗体価が低い場合は、無料でワクチン接種もできます。実際、対象世代でもある編集部スタッフの自宅にもクーポン券が届いており、スムーズに抗体検査を受けることができました(十分な抗体価を保持しており、ワクチン接種の必要はありませんでした)。


状況を変えるためにさまざまな活動をし、対象世代に無料検査、無料ワクチン接種まで実施しているのですが、検査率は低迷しており「状況は変わっていない」と倉澤医師は繰り返します。

「対象世代のクーポン券による抗体検査率は全国平均で約25%。4人にひとりしか検査をしていません。非常に残念ではありますが、この2年で感染症に対するヘルスリテラシーは向上したはずです。この低検査率は認知されていないことが最大の理由だと考えています。もし知っていただければ、当事者世代のみなさんも積極的に抗体検査やワクチン接種に協力してくれると思っています。

ちなみに風しんワクチンについて誤解があるとすれば、その効果です。インフルエンザや新型コロナと違い、風しんは2回のワクチン接種で十分な抗体価を持つことができ、基本的には一生保持できます。つまり2回接種すれば安心できるワクチンであり、新型コロナのように何度もブースター接種をする必要はありません」(倉澤医師)

 

「たった45人」と見るか「45人もいる」と見るか

「たった45人」と見るか「45人もいる」と見るか

日本では2004年に推計患者数約4万人の爆発的な流行があり、幼児への2回接種が始まり、10代への免疫強化がなされた後の、2012年~13年にも全国で1万5千人以上の感染が報告されていました。この影響を受けたと見られる先天性風しん症候群の赤ちゃんは2012年から2014年に45人生まれています(※1)

45人、この数字をどう見ますか――倉澤医師はそう問いかけます。

ちなみに新型コロナウイルスの国内の感染者数は約1900万人、死亡者数は約4万人(2022年9月2日時点)に上ります。まったく違う感染症でありますが、こうした“甚大”な被害に比べれば、やはり小さくは見えてしまいます。

「でもこれは確実に0にできるんです。45人もいることが異常なことなんです。また感染が原因で生まれてこなかった赤ちゃんはこの数字には含めません。なお2020年も21年も先天性風しん症候群の赤ちゃんがひとりずつ生まれています。この子たちは確実に防げたにも関わらず、先天的な疾患を持ち生まれてきたのです。その責任は、この子にも、もちろん親御さんにもあるわけではなく、この社会にあります」(倉澤医師)


「ワクチンを接種するかしないかは個人の自由であり強制すべきではない。コロナワクチンを巡っては、そんな議論も起こりました。議論の是非は別にして、決して忘れてはならないことは、ワクチンは自分自身のため『だけ』に接種するものではないということです。もっとも自分自身を守ることがワクチンの一義的な目的ではあります。風しんだってそうです。ただし風しんの場合はより利他的な意識がないと予防に目が向かないのだと感じています。

コロナに比べると、大人にとっては重症化リスクも小さく、当人にとってはさほど怖くはない感染症というのは事実です。ただこの感染症の最大の被害者は、妊婦さんであり、おなかの赤ちゃんです。小さな赤ちゃんが、心臓や目や耳に障害を持って生まれてくるのです。

とにかく昭和37年4月2日から昭和54年4月1日生まれの男性は自宅にクーポン券が届いているかどうか確認してください。見つからない場合は、お住いの自治体にお問い合わせください。この社会で新たに生まれてくる命の未来のために、なにをすべきかを考えていただきたいと思います」(倉澤医師)

2022年3月時点におけるクーポンによる風しん抗体検査の全国実施割合は約25%と伸び悩んでいます。本来、この事業は2022年3月が期限となっていましたが、2024年度まで延長して実施されることなっています。

「検査を受けていない理由はそれぞれあるかと思いますが、風しん予防に積極的に取り組むのは、私たち大人に課せられた責任ではないかと考えています」(倉澤医師)

 

風しんが排除できない社会とは

風しんが排除できない社会とは

「風しんゼロプロジェクトもさまざまな活動をしてきていますが、それが当事者に届いていないことも実感しています。このインタビューでもここまで昭和37年4月2日から昭和54年4月1日生まれの男性への自覚を促すようなお話をしてきましたが、自覚のある方はすでに検査を受けたり、接種を済ませたりしているのだと思います。対象世代のうち検査をされた方は4人にひとりの割合。その方々は自覚を持って行動をされたのかなと思います」(倉澤医師)

今、厚生労働省では2022年12月までに、対象世代の男性の抗体保有率を85%に引き上げること、さらに2024年度末までに、対象世代の男性の抗体保有率を90%に引き上げることを目標に掲げています。

「今のままではこの目標は実現できません。間違いなく、やり方を変える必要があるでしょう。そのためには検査やワクチン接種に対するアクセスを改善することは必須です。たとえば企業の健康診断のメニューに追加してもらうこと。標準メニューとして血液検査をされていると思うのですが、採取した血液で抗体価を調べることだって可能です。もちろん少しだけコストは余計にかかりますが、対象世代のみで検査をすればそこまで大きなコストにはならないのではないでしょうか。

また企業側が社員の感染歴について把握してしまうことはプライバシーの侵害に当たるし、その事実が職場に漏れたら差別につながるのでこのような抗体検査はすべきではない、という意見もよく聞きます。しかしそれは、やらないための理由をわざわざ探しているようにも感じます。そのような問題が起きないような配慮はシステム構築により回避できるはずです」(倉澤医師)


なお対象世代は今年(2022年)で43歳〜60歳となります。すでに“妊娠世代”から外れていっており、本質的な課題は解決しないまま(=風しんを排除できないまま)、先天性風しん症候群の発生を抑えられる可能性もあります。

「それはたしかにあります。30年もすれば“解決”するかもしれません。ただそれは感染症対策ができなかったこと、社会として風しんに負けたことを意味します。たとえば妊婦さんが感染を避けるべき感染症としては風しん以外にも、トキソプラズマやサイトメガロウイルスなどがあります。これらも胎内感染により、先天異常を引き起こすのですが、その頻度は先天性風しん症候群よりもはるかに高いです」(倉澤医師)


「つまり、風しん以外にも対処すべき感染症は他にもあるのですが、すべてを一気にはできないからこそ医療が割けるリソースから優先順位を決めて、一つずつ排除していこうとしているのです。風しんはその中でも(本来は)容易に排除できるもの。それすら排除できなければ、次の感染症にも勝つことはできないでしょう。そうなると、日本は妊婦さんにとってはリスクのある社会のままになってしまう。

もちろん感染症のリスクは“割合”としては極めて小さいもの。妊婦さんが極端に怖がる必要もなく、医師の指導に従い、妊娠前にワクチン接種をしておけば十分に予防は可能です。ただ妊婦さんだけが、そうやって自己防衛しなければいけない社会であってほしくないと心から思っています。医療の力で『0』にできるリスクは確実に排除しないといけない。私たちはそう考えています」(倉澤医師)

ほとんどの先天異常の原因は不明で、現代の医学の力を持ってしてもわからないことが多いとされています。しかしながら先天性風しん症候群については別。その要因、メカニズムは医学的に解明されており、それゆえに「防げるもの」だと倉澤医師は唇を噛みます。

とても大切なことなので最後にもう一度。

昭和37年4月2日から昭和54年4月1日生まれの男性は自治体から届く無料クーポンで受けられる抗体検査、ならびにワクチン接種にご協力ください。


 

倉澤 健太郎
くらさわ・けんたろう。
産婦人科医。横浜市立大学大学院医学研究科産科婦人科学講座 周産期医療センター長(兼務)。
2004年、横浜市立大学附属病院にて産婦人科助手としてキャリアをスタート。その後小田原市立病院の産婦人科医長、横浜市立大学附属市民総合医療センター総合周産期母子医療センター講師、厚生労働省雇用均等・児童家庭局母子保健課生殖補助医療対策専門官などを経て、現職に至る。

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