1500g以下で生まれた赤ちゃんを守る母乳バンク」という命のインフラ

2020.02.13

ミキハウス編集部

早産で小さく生まれた赤ちゃんのために母乳からドナーミルクを作り、保存するための施設を「母乳バンク」と呼びます。欧米では数年前から普及している母乳バンクですが、日本でも今年夏頃までにふたつ目の大規模バンクが稼働するというニュースが昨年末に報道され、新生児医療に携わる医療関係者の方々に大きな喜びを持って迎えられました。施設の設立に尽力してきた昭和大学医学部教授で小児科医の水野克己先生に、母乳バンクの意義とその活動について伺いました。

 

ドナーミルクは、体重1500g以下で生まれた赤ちゃんのためのもの

新生児

――まず母乳バンクがどのようなものか、教えていただけますでしょうか。

水野先生:母乳バンクは、ドナー(母乳提供者)の方にいただいた母乳を低温殺菌処理してドナーミルクとして保存し、要請に応じて提供する施設です。日本では妊娠28週以内に体重1500g以下で生まれる超低出生体重児が年間7000人いるのですが、そんな赤ちゃんのほとんどがドナーミルクを必要としているのです。

――1500g以下とは小さいですね。そもそも日本では早産で生まれる赤ちゃんが増えているんでしょうか?

水野先生:割合的に早産が増えているわけではありませんが、今までは助けられなかった小さな命が助かるようになった結果、ドナーミルクが必要になった、という説明の方が正確だと思います。世界でも最高水準の新生児医療が受けられる日本では、妊娠22週、23週で体重が300gぐらいで生まれてきた赤ちゃんでも命をつなぐことができるのです。その場合ももちろんドナーミルクを与えることになります。

――どうして1500g以下で生まれた超低出生体重児にはドナーミルクが必要なのですか?

水野先生:突然早産になったために、赤ちゃんのからだもお母さんのからだも出産に向けた準備が整っていないので、お母さんはなかなか母乳が出ない場合も少なくありません。40週で通常分娩したママに比べると、早産の場合は母乳が出にくいものなのです。母親の疾患のために母乳を与えられないこともあります。ところが赤ちゃんの方は全く違う。たとえ早産で未熟な消化器官であっても、生まれた後はなるべく早く腸を使ったほうがいいということは、すでに国際的にも常識とされています(※1)。ですから(点滴などではなく)口から栄養を補給しなくてはいけないんですね。そのためドナーミルクが必要なのです。

――ドナーミルク=母乳ですよね。粉ミルクで代用することはできないんですか?

水野先生:それは望ましくないですね。過去に米国では早産の赤ちゃんにすぐに粉ミルクを与えることもあったようですが、その後重篤な疾患が増えるなど問題が起きがちでした。また母乳に含まれているオリゴ糖は腸管透過性を下げて、腸の発達を促します。低温殺菌処理をしたドナーミルクも、オリゴ糖がそのまま含まれていて、(超早産児にとっては)粉ミルクより圧倒的にいいんです(※2)。欧米で母乳バンクの整備が進んだのは、粉ミルクで育てる人が少なくないため、いざ母乳(ドナーミルク)が必要な局面になっても手に入りづらい――そういう背景もあったようです。

――いざ母乳(ドナーミルク)が必要な局面というのは、早産で小さく生まれたけど、なんらかの理由でママのおっぱいが出ない、または出ても与えられない。だけれども、粉ミルクではなく母乳を飲ませて疾患を予防したい。そんな場合ですね。

水野先生:そのとおりです。しかし日本では、そうした局面でも、生後72時間ぐらいは点滴で栄養を補給して、お母さんの母乳が出るようになるのを待つことが珍しくありません。

――それは「初乳はママの母乳にしよう」という考えからですか?

水野先生:そのとおりです。生まれたばかりの赤ちゃんに必要な免疫ブログリンなどの免疫物質や腸の常在細菌(腸内フローラ)は母乳にしか含まれていませんから、ママの初乳は非常に重要です。ただ先ほども申しあげたように、早産で未熟な消化器官であっても、生まれた後はなるべく早く腸を使ったほうがいいわけです。つまり赤ちゃんの腸は使わないと傷んでしまうので、早く「なにか」を飲ませないといけない。ただ、その時のセカンドチョイスが粉ミルクだと危険を伴うことがあるんですね。超未熟児に粉ミルクを与えると、腸の機能の一部が壊れてしまい壊死(えし)性腸炎となってしまう可能性があるからです。

――そうなんですか?

水野先生:はい。ですから、ママの母乳が出ない、じゃあ粉ミルクを与えよう…というのではなく、そのときにドナーミルクがあれば、そうしたリスクから赤ちゃんを守ることができるわけです。ちなみに1500g以下で生まれた赤ちゃんには、72時間も“ママの初乳”を待つより、生後12時間ぐらいでドナーミルクを与えた方がその後の成長が順調なんです。すでに私たちがドナーミルクの導入を始めた昭和大学病院と江東豊洲病院では、ほとんどの場合、生後20時間以内に与えるようにしています。

――早産のママは搾乳支援をしても、なかなか出るようにはならないんですか?

水野先生:いえ。例外はありますけど、早産でも適切な搾乳支援があれば、1日か2日で母乳が出るママが大多数です。なので生まれてから母乳が出るようになるまでの間、ほんの少しでいいからドナーミルクをあげられればいい。ちなみにすでに導入をしている2つの病院でドナーミルクを与えた赤ちゃんのデータを見ると、その利用量は、約半数が50ml未満。ドナーミルクを少し使うだけで、お母さんの母乳を待つことなく早い時期から腸を使って栄養を与えられるのです。

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