1500g以下で生まれた赤ちゃんを守る 「母乳バンク」という命のインフラ

1500g以下で生まれた赤ちゃんを守る
「母乳バンク」という命のインフラ

妊娠・出産インフォ

早産で小さく生まれた赤ちゃんのために母乳からドナーミルクを作り、保存するための施設を「母乳バンク」と呼びます。欧米では数年前から普及している母乳バンクですが、日本でも今年夏頃までにふたつ目の大規模バンクが稼働するというニュースが昨年末に報道され、新生児医療に携わる医療関係者の方々に大きな喜びを持って迎えられました。施設の設立に尽力してきた昭和大学医学部教授で小児科医の水野克己先生に、母乳バンクの意義とその活動について伺いました。

 

ドナーミルクは、体重1500g以下で生まれた赤ちゃんのためのもの

新生児

――まず母乳バンクがどのようなものか、教えていただけますでしょうか。

水野先生:母乳バンクは、ドナー(母乳提供者)の方にいただいた母乳を低温殺菌処理してドナーミルクとして保存し、要請に応じて提供する施設です。日本では妊娠28週以内に体重1500g以下で生まれる超低出生体重児が年間7000人いるのですが、そんな赤ちゃんのほとんどがドナーミルクを必要としているのです。

――1500g以下とは小さいですね。そもそも日本では早産で生まれる赤ちゃんが増えているんでしょうか?

水野先生:割合的に早産が増えているわけではありませんが、今までは助けられなかった小さな命が助かるようになった結果、ドナーミルクが必要になった、という説明の方が正確だと思います。世界でも最高水準の新生児医療が受けられる日本では、妊娠22週、23週で体重が300gぐらいで生まれてきた赤ちゃんでも命をつなぐことができるのです。その場合ももちろんドナーミルクを与えることになります。

――どうして1500g以下で生まれた超低出生体重児にはドナーミルクが必要なのですか?

水野先生:突然早産になったために、赤ちゃんのからだもお母さんのからだも出産に向けた準備が整っていないので、お母さんはなかなか母乳が出ない場合も少なくありません。40週で通常分娩したママに比べると、早産の場合は母乳が出にくいものなのです。母親の疾患のために母乳を与えられないこともあります。ところが赤ちゃんの方は全く違う。たとえ早産で未熟な消化器官であっても、生まれた後はなるべく早く腸を使ったほうがいいということは、すでに国際的にも常識とされています(※1)。ですから(点滴などではなく)口から栄養を補給しなくてはいけないんですね。そのためドナーミルクが必要なのです。

――ドナーミルク=母乳ですよね。粉ミルクで代用することはできないんですか?

水野先生:それは望ましくないですね。過去に米国では早産の赤ちゃんにすぐに粉ミルクを与えることもあったようですが、その後重篤な疾患が増えるなど問題が起きがちでした。また母乳に含まれているオリゴ糖は腸管透過性を下げて、腸の発達を促します。低温殺菌処理をしたドナーミルクも、オリゴ糖がそのまま含まれていて、(超早産児にとっては)粉ミルクより圧倒的にいいんです(※2)。欧米で母乳バンクの整備が進んだのは、粉ミルクで育てる人が少なくないため、いざ母乳(ドナーミルク)が必要な局面になっても手に入りづらい――そういう背景もあったようです。

――いざ母乳(ドナーミルク)が必要な局面というのは、早産で小さく生まれたけど、なんらかの理由でママのおっぱいが出ない、または出ても与えられない。だけれども、粉ミルクではなく母乳を飲ませて疾患を予防したい。そんな場合ですね。

水野先生:そのとおりです。しかし日本では、そうした局面でも、生後72時間ぐらいは点滴で栄養を補給して、お母さんの母乳が出るようになるのを待つことが珍しくありません。

――それは「初乳はママの母乳にしよう」という考えからですか?

水野先生:そのとおりです。生まれたばかりの赤ちゃんに必要な免疫ブログリンなどの免疫物質や腸の常在細菌(腸内フローラ)は母乳にしか含まれていませんから、ママの初乳は非常に重要です。ただ先ほども申しあげたように、早産で未熟な消化器官であっても、生まれた後はなるべく早く腸を使ったほうがいいわけです。つまり赤ちゃんの腸は使わないと傷んでしまうので、早く「なにか」を飲ませないといけない。ただ、その時のセカンドチョイスが粉ミルクだと危険を伴うことがあるんですね。超未熟児に粉ミルクを与えると、腸の機能の一部が壊れてしまい壊死(えし)性腸炎となってしまう可能性があるからです。

――そうなんですか?

水野先生:はい。ですから、ママの母乳が出ない、じゃあ粉ミルクを与えよう…というのではなく、そのときにドナーミルクがあれば、そうしたリスクから赤ちゃんを守ることができるわけです。ちなみに1500g以下で生まれた赤ちゃんには、72時間も“ママの初乳”を待つより、生後12時間ぐらいでドナーミルクを与えた方がその後の成長が順調なんです。すでに私たちがドナーミルクの導入を始めた昭和大学病院と江東豊洲病院では、ほとんどの場合、生後20時間以内に与えるようにしています。

――早産のママは搾乳支援をしても、なかなか出るようにはならないんですか?

水野先生:いえ。例外はありますけど、早産でも適切な搾乳支援があれば、1日か2日で母乳が出るママが大多数です。なので生まれてから母乳が出るようになるまでの間、ほんの少しでいいからドナーミルクをあげられればいい。ちなみにすでに導入をしている2つの病院でドナーミルクを与えた赤ちゃんのデータを見ると、その利用量は、約半数が50ml未満。ドナーミルクを少し使うだけで、お母さんの母乳を待つことなく早い時期から腸を使って栄養を与えられるのです。

“もらい乳”には感染症リスクも…?

おっぱいを飲む赤ちゃん

――ドナーミルク以前は、日本では“もらい乳”の文化がありましたよね?

水野先生:そうですね。日本の新生児医療の現場では、昔から行われてきました。NICU(新生児集中治療室)に赤ちゃんがいる他のお母さんに母乳を融通してもらうんです。日本の医療機関では今でもそれが続いているところがあるのですよ。

――“もらい乳”では不都合があるんですか?

水野先生:ええ。最近になって母乳からの感染症の危険があることがわかってきました。母乳は体液ですから、そのリスクを避けることは難しい。実際、2016年に周産期新生児医学界で、“もらい乳”から多剤耐性菌が見つかった事例が報告されました。

――多剤耐性菌、つまり抗生物質が効かない菌のことですね。ちょっと怖いですね…。

水野先生:問題はそればかりではありませんでした。“もらい乳”は危険だということになって、その医療機関では1500g以下で生まれた赤ちゃんに粉ミルクを与えることにしたのです。ところがそれが壊死性腸炎を引き起こした。赤ちゃんの成長にとっては深刻な事態になってしまいました。

――母乳に低温殺菌処理をして感染症の危険を排除したドナーミルクでなくては、赤ちゃんへの負担が大きいということになりますね。

水野先生:そうです。だから日本にもドナーミルクを安定的に供給できる母乳バンクを整備しなくてはならなかったんです。北欧のスウェーデンやノルウェーではNICUと母乳バンクがセットで作られていて、生後3時間からドナーミルクを与えています。米国でも多くのNICUで生後12時間から始めるようになったと聞いています。つまり先進国では、超早産児にはママの初乳が出るのを待たずに、ドナーミルクをあげるようにしているんですね。日本でも早くそうしたことができるように、体制を整えていく必要があると考えています。

すべての赤ちゃんが健康に育って欲しいという願いを込めて

赤ちゃんの足

――第2号の母乳バンクは6月から東京で稼働を始めるそうですね。

水野先生:はい。第2の母乳バンクでは年間1000人の赤ちゃんに提供することを目指しています。今までは供給できる量が多くなかったので、できる範囲でやっていくしかなかったのですが、第2の母乳バンクで成果が出れば、他の地域にも拠点を増やすことがでるでしょう。将来はドナーミルクを必要としている日本全国の赤ちゃんに届けられる体制を作りあげていきたいと思っています。

――いつもは元気いっぱいのママでも、妊娠期間中は無事に出産までこぎつけるだろうかと不安な気持ちになることもあります。母乳バンクができると、赤ちゃんとママ・パパにとって安心できるインフラが整うということになりますね。

水野先生:そうですね。1500g以下の赤ちゃんを出産されたお母さんでも、自分の母乳が出るまではドナーミルクを使える、という選択ができることは大変な安心にもつながります。

――先生の活動を知って、ドナー登録をしたいというママもいるのではないかと思います。

水野先生:この活動は母乳を提供してくださるお母さん方のご協力がなくては成り立ちません。産後に母乳がよく出るというお母さんには、ドナーミルクを必要としている子どもたちがたくさんいることを思い出して提供していただけると助かります。ただ申し訳ないことに、今は母乳をいただいても処理能力がないというのが現実です。第2の母乳バンクが稼働を始める今年6月頃から日本母乳バンク協会のHP(https://jhmba.or.jp/)で新規のドナーさんの募集が始まりますので、それまでお待ちいただけますでしょうか。母乳バンクへのご理解とご協力をよろしくお願いいたします。

 

※          ※          ※

子どもたちみんなが元気で成長するように願い、日々努力を重ねておられる水野先生のご活躍には頭が下がります。2020年2月12日の衆議院予算委員会でも、国をあげて母乳バンクの活動を推進していくことが確認されました。子育て世代に優しい社会を実現するためにも、みんなで母乳バンクの活動を見守り、応援していきたいものですね。

〈参考文献〉
(※1)The Association of Nil Per Os (NPO)Days with Necrotizing Enterocolitis(Gastroenterology Research and Practice/ 2018年10月)
https://www.hindawi.com/journals/grp/2018/2795468/

(※2)第2回母乳バンクカンファレンスを開催(母乳バンク協会/2019年) 
https://jhmba.or.jp/detail_7.php

水野克己先生

【プロフィール】
水野克己(みずの・かつみ)
昭和大学医学部 小児科学講座 小児科学部門 教授 医学博士。小児科専門医、新生児専門医、インフェクションコントロールドクター(ICD)、公益社団法人日本小児科学会 理事、一般社団法人日本母乳保育学会 理事長。
2017年に未熟児を支援する一般社団法人 日本母乳バンク協会の代表理事として、全ての子どもたちの健康と幸せを見守る活動を続けている。

妊娠・出産インフォ トップに戻る